蜀犬 日に吠ゆ

2011-05-19

[][][][][]夏のうた を読む(その11) 19:19 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その11) - 蜀犬 日に吠ゆ

21

 あやにくに煩(わづら)ふ妹(いも)が夕ながめ    越人

     あの雲はたがなみだつゝむぞ         芭蕉


 『芭蕉七部集』中『曠野』の「かりがねの巻」より。前回掲出の古歌の世界は、いわばこんな形で近世連句によみがえったともいえる。「あやにくに」は折りあしく。「煩ふ」は病気だが、ここでは恋わずらいの含みがある。「夕ながめ」は夕暮れの空をうちながめてうつろに嘆く心。この越人の前句に対する芭蕉の付句は、女の嘆きを酌みつつ、あの夕空にかかる雲はだれの涙を包んでいるのか、と風景を大きくつかみ、劇的な色をそえた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 こないだ引用した『芭蕉七部集』ですが、速攻所在不明になりました。ばかみたい。

 雲は涙が集まってできているのかぁ。入道雲→雷雨は、嫉妬に狂った結果なのかしらん。


22

 とがもない尺八(しゃくはち)を枕にかたりとなげあててもさびしや独り寝

                     閑吟集


 思うように恋する相手に逢えずにいる悩みをもった男。尺八を吹いて気をまぎらせようとしても、かえってさびしさはつのるだけ。何の罪もない尺八を、腹はらだちまぎれに木枕にかたりと投げあててみたりもするが、鬱はいっこうに散じない。独り寝のさびしさをうたう和歌や歌謡は数多いが、この作は尺八や枕の音に現実感がある上、泣き笑いに似たおかしみも添うていて、印象的である。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 室町時代から尺八って今の形だったのかしらん。まあ「尺八」って竹を一尺八寸に切ったものだから、そんなに大きく変わりようがないか。西洋音楽だとルネッサンス期と古典・バロックで楽器や楽団の構成が大きく変化した、とかいう話は有名ですが邦楽は、あんまり進歩しなかったのでしょうか。よく知らない。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)