蜀犬 日に吠ゆ

2011-05-19

[][]西条真二『鬼の作左』1 メディアファクトリー 20:24 はてなブックマーク - 西条真二『鬼の作左』1 メディアファクトリー - 蜀犬 日に吠ゆ

 『キガタガキタ』(恐怖新聞のリメイク漫画)が面白くないのでむしゃくしゃして買った。

 三河武士が「忠義は一枚岩!」「忠義は知恵!」「忠義はコテコテ!」と張り合うマンガ。三つ目は嘘。

 本多忠勝とか、井伊直政とか、この本多重次とか、結局天下統一補正がかかってはいるのでしょうけれども、エピソードはすげえ面白い。

 本多重次(作左)って、あんまり知らないのですが、一つだけ知っていたのが日本一短い手紙。

「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」

本多重次:Wikipedia

 鬼作左と知ったのは隆慶一郎。

鬼作左

 魁偉な容貌という言葉があるが、この老人の顔を形容するには不足だった。むしろ怪異と書く方が近い。それも顔だけではなかった。躰全体がそうなのである。気の弱い子供が見たら忽ちひきつけを起しかねない。それほどの凄まじさだった。

 大男ではない。当時としても背は低い方である。海坊主に較べたら、頭一つ違いそうだった。そのくせ小男という感じが微塵もしないのは、その凄まじいまでの肉づきが理由である。

 とにかく肥えている。現代風にいうならビヤ樽のような躰だった。坂道など、走るより転がった方が早いのではないかと思わせる肉の厚みだった。そのくせ脂肪質ではない。肥っているのは筋肉のためなのである。首の太さといい、胸板の厚みといい、常人の数倍はあろうか。腕の太さも女の腿なみだった。槍で突いてもはね返しそうな恐ろしい筋肉である。

 それだけなら別に怪異とは云えまい。

 実はその岩のように頑丈を極めた躰も顔も、無数の傷跡で覆われていたのだ。槍傷、刀傷、鉄砲傷。おまけに右目が失われている。眼帯でも掛ければいいものをこの老人は平然と無残に潰された眼をさらしものにしたいた。

 恐らく十代から、無数の戦場をかけめぐってに違いなかった。それだけの重みが、全身にみなぎっている。

隆慶一郎『見知らぬ海へ』講談社文庫

 おなじみ鬼の作左だよーん。という雰囲気ではないので、やはりマイナーな存在と見るべきではないか。(西条先生の漫画ではつぶれているのは左目。)

 で、このマンガになるわけですよ。西条氏にふさわしいキャラではあります。や~いや~い脂肪肝的な意味ではなく。

 完全に、「シグルイ」リスペクト漫画でしょう? これ。山口先生が、南條先生の作品「御前試合」を山本先生の「葉隠」で再解釈し直してあたらしい伝説を作り上げたように、西条先生は、南條先生の助けなしに(方角的になにかあるのかしら)「忠義」を定義しようとしています。

 西条先生の代表作である「ジャン」はもちろん、「料理ってなに?」という疑問を、「食べる人の都合は二の次で、作る人のものだ」と結論づけた未来型料理漫画で、テレビのクッキング教室がエコ(省エネ)だの手間なしだのという「食べる人はどーせ「おいしー」っていうお約束でしょ」的な状況を皮肉った漫画です。「料理って、何?」ということをはっきりとは言わないで突き詰めていきました。鬼の作左はまだわかりませんが、「忠義」が、誰によってどう定義されるのかを愛でる作品であると感じました。


 隆慶一郎の文庫を読み返すともっとあるな。

鬼作左

 本多作左衛門重次といえば『鬼の作左』の異名でこのあたりでは聞こえた名前だった。なにしろ遠い昔から、駿・遠・三の地域を駆けめぐって、合戦という合戦を戦ってきた男なのである。享禄二年(一五二九)に生れ、松平広忠、徳川家康父子二代に仕え、この二人が戦った合戦のほとんどすべてに参加している。功名手柄も数知れないが、受けた傷も数しれない。とにかく気性が激しく、年譜に、

『性剛邁ニシテ怒オホシ』

 と書かれたほどだ。よほど怒りっぽかったと見える。

隆慶一郎『見知らぬ海へ』講談社文庫

 あー結構重要キャラでしたねえ。だったら向井水軍ももっとリスペクトしてほしかった。のは、別な作品に任せるべきか。

鬼作左

 この男の気力の激しさを物語る挿話がある。家康が織田信長の手先のような同盟軍だった頃、陣内で家康の家臣と信長の家臣が争論したことがある。それぞれの云い分に理があり、にわかに決着つけがたく、遂に争いは信長のところまでいってしまった。信長は争論などという無用な軋轢を嫌う。即座に乱暴極まる決定を下した。双方代表者を一人ずつ出し、八幡宮の神前で鉄火、つまり火で焼いた鉄片を握れ、というのだ。火傷しない方の理屈を勝ちとせよ。無茶苦茶な話である。焼けた鉄を握って火傷しない人間がいるわけがない。結局双方ともに火傷し、争論などというものの空しさを知るだろう。ということだったのであろうか。家康はこの代表に作左衛門を撰んだ。いよいよ勝負となり、伊賀八幡宮の神前で、二人の代表者は同時に真赤に焼けた鉄片を握った。即座に棄てて掌を判定人に差出す。織田代表の掌が焼けただれてるのに対して、驚くべきことに作左衛門の掌には傷一つなかったと云う。

 格別の仕掛けがあったわけではない。火傷をまぬがれる秘術があったわけでもない。ただ山岳修験者たちの言を信じれば、気力横溢した者は奇蹟のように傷を負わないと云う。本多作左衛門の凄まじい気力が、この奇蹟を生んだと考えてはいけないか。とにかくこれで争論は徳川方の勝利に帰した。合理主義者信長はさぞかし呆れ返ったことだろうと思うが、家康は深く感じるところがあったと云う。

隆慶一郎『見知らぬ海へ』講談社文庫

 向井正綱と作左の話は隆先生がしてくれていますので、このあと出てきても想定の範囲内ですが、作左って、そんなに活躍したかなあ……というのがあるので、西条先生のホラに期待です。

鬼の作左? (MFコミックス フラッパーシリーズ)

鬼の作左? (MFコミックス フラッパーシリーズ)

見知らぬ海へ (講談社文庫)

見知らぬ海へ (講談社文庫)