蜀犬 日に吠ゆ

2011-05-20

[][][][][]夏のうた を読む(その12) 19:09 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 黄泉(よみ)に来てまだ髪(かみ)梳(す)くは寂(さび)しけれ

                  中村苑子(なかむらそのこ)


 第一句集『水妖詞館』(昭五〇)所収。現代に女流俳人は多いが、この作者の句は中での異風といえよう。季や写生の有無にこだわらない。

現実世界のみならず、黄泉の国、すなわち死後の冥界の消息をも句にする。しかし、いわゆる幻想的な作のおちいりやすい独善性や甘ったれた自己満足はない。人生の哀しみから妖艶な美をしぼりとることの、愉楽とそして寂しさを知っている人とみえる。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「地獄の底でもオシャレでいたい!」一瞬、「小悪魔系ファッション」という単語が思い浮かびました。


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 蟻地獄(ありじごく)松風を聞くばかりなり

           高野素十(たかのすじゅう)


 大正末期から昭和初期に「ホトトギス」で活躍した四S(秋桜子・素十・青畝・誓子)の一人。昭和二年、三十四歳の時の作。松風を聞いているのは作者である。海辺の松林。砂地には蟻地獄の穴。空には松風。人はその松風にじっと耳を傾ける。ただそれだけ。それだけなのに、句にふしぎな虚空のひろがりがあるのは、聞く主体が蟻地獄と松風だけの世界に没入して消えてしまったからか。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 4sな! いったい誰が、そういう名称をつけるのでしょうねえ。こういう、文壇がアイドルだった時代と現代では、文芸の扱いがかわって当然でしょう。いま、「俳諧四天王」とかいっても冗談以上のものにはならないと思います。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)