蜀犬 日に吠ゆ

2011-05-22

[][][][][]夏のうた を読む(その13) 12:43 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 松浦川(まつらがは)川の瀬(せ)光り鮎釣ると立たせる妹(いも)が 裳(も)の裾(すそ)濡れぬ

                  大伴旅人(おおとものたびと)


 『万葉集』巻五。山上憶良の作とする説もある。奈良朝初期、九州太宰府の長官だった旅人は、下僚の憶良とともに、中国思想の影響が明らかに感じられる、当時における新風の作品を同地で作った。神仙思想に関心があり、右の歌を含む「松浦川に遊ぶ」連作にもそれが出ている。川で鮎を釣る仙女のような乙女らと旅の男との歌の贈答という設定の歌物語だが、きらきらと明るい歌いぶりに、和歌の青春期が感じられる。

大岡信『折々のうた』岩波新書

日本人の中国への憧れについて

 『遊仙窟』は万葉の歌人たちに愛好された。山上憶良の「沈痾自哀文」に「遊仙窟に曰はく、九泉の下の人は、一銭だに直(あたひ)せじといふ」とその名が引かれているのをはじめとして、大伴家持の「坂上大嬢(おおいらつめ)に贈る歌十五首」や「松浦川に遊ぶ序」などに、そのいちじるしい影響が見られる。一例を挙げてみよう。

 暮(ゆふ)さらば屋戸開け設(ま)けてわれ待たむ

    夢(いめ)に相見に来むとふ人を

 この歌が『遊仙窟』の「今宵莫閉戸 夢裏向渠辺」(今宵は戸を閉めずにいてください、夢のなかであなたのお傍へ行きますから)に拠っていることはいうまでもなかろう。

 『遊仙窟』は一例に過ぎない。王朝時代から江戸時代まで、中国の文物のすべては日本人にとっての「憧れ」だったのである。

駒田信二『対の思想』岩波書店同時代ライブラリー
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 ただひとり岩をめぐりて

 この岸に愁(うれひ)を繋(つな)ぐ       島崎藤村(しまざきとうそん)


 『落梅集』(明三四)所収「千曲川旅情のうた」の最終二行。この詩はのち同集の「小諸なる古城のほとり」と合わせて「千曲川旅情のうた」一・二番となり、その二をなす。四行四連、藤村詩中最も有名な作だろう。千曲川の古城跡にたたずみ、戦国武将の栄枯のあとを回想し、「嗚呼(ああ)古城なにをか語り 岸の波なにをか答ふ」と嘆じつつ、一人岸辺をさまよう近代の旅人の愁いをうたう。

大岡信『折々のうた』岩波新書
折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

新編 対の思想―中国文学と日本文学 (同時代ライブラリー)

新編 対の思想―中国文学と日本文学 (同時代ライブラリー)