蜀犬 日に吠ゆ

2011-05-24

[][][][][]夏のうた を読む(その15) 20:00 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その15) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 また本(ほん)か。恋しいな、

 気障(きざ)な奴等(やつら)の居ないとこ       上田敏(うえだびん)訳、ラフォルグ


 詩集『牧羊神』(大九)所収。フランス十九世紀末の詩人ジュール・ラフォルグの詩「ピエロオの詞」の一節。右に続く行にいわく、「銭(ぜに)やお辞儀の無いとこや、無駄な議論の無いとこが」。敏は訳詩集『海潮音』(明三八)で明治の新詩に一大転機をもたらしたが、没後刊行された『牧羊神』のラフォルグ、グールモン、フォールらの訳詩は、ぐっとくだけた語調に清新な魅力が溢れている。敏といえば『海潮音』だけをあげるのは片手落ちというべきだろう。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 詩歌の、この日本における退潮ぶりはなんなのでしょうね。海外の現代詩歌の状況なんて、よっぽどマニアしかしらないでしょう。日本大好きな人びとの、言葉に対する鈍感さが日本を、本当に駄目にしていると思います。


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 ぬぎすてし自分の着物たよりなくつぶれてをりぬ かうなるだらう

                     福田栄一(福田栄一)


 『きさらぎやよひ』(昭四三)所収。『新風十人』(昭一五)の参加者の一人、昭和五十年六十六歳で没。昭和初年代に短歌会に登場した世代の歌には、時世の激変を反映してか屈折した内向性の歌が多い。作者は戦後もそういう歌境を固守して独自の歌をうたった。唐突な結句「かうなるだらう」は、わがなれのはての予感として発せられている一語だろうが、底流する憤りが歌を生かしている。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)