蜀犬 日に吠ゆ

2011-05-26

[][][][][]夏のうた を読む(その17) 18:43 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その17) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 放課後の暗き階段を上りゐし一人の学生はいづこに行かむ

             柴生田稔(しばうたみのる)


 『入野』(昭四〇)所収。斎藤茂吉に師事したアララギ派歌人。多年大学教授をつとめた。ふとつぶやくように生まれた作かと思われるが、不思議な味わいがある。作者は夕暮れの階段をおりる途中、一人の学生とすれちがった。放課後なのに、この学生はどこへ上がってゆくのか。結句には「どの教室へ」と問うだけでなく、もっと広い意味で「どこへ」と問う心が響いていて、そこに愁いあるひろがりが生じた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「のぼりゐる」というのは「のぼってゆく」でいいのでしょうか。「ゐる」なのですから、座っているのではないのか? わたしが思い描いたのは廊下を歩いてゆくと、ふと、階段の上に学生が上って座り込んだ。その下を通った短い時間に盗み見ると、学生はあてどない顔つき。ということなのではないでしょうか。

 つぶやくように歌を作る、というのはすごいですよね。私はつぶやくことすらままならないのに。ハイクに戻ろうかしら?


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 軍歌集かもみて歌ひ居るそばを大学の転落かと呟(つぶや)きて過ぎにし一人

                 近藤芳美(こんどうよしみ)


 第一歌集『早春歌』(昭二三)。同歌集は作者が大学生だった昭和十一年当時から終戦までの作をおさめる。右は学生時代の歌で、戦火の拡大につれ軍国主義におおわれていく学園のある日の情景。当時の歌に「国論の統制されて行くさまが水際(みづぎは)立てりと語り合うのみ」という批評と諦念の交錯する青年の心情を歌った作もある。四十年以上前の歌だが、過去のものとばかりは言えない内容の歌である。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 国論は統制されたがっているんですよ。大学生だから高い知性を持っているとか、学問は自由を欲するとか、嘘っぱちです。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)