蜀犬 日に吠ゆ

2011-05-29

[][][][][]夏のうた を読む(その20) 19:34 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その20) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 理(ことわり)の通れる愚痴(ぐち)ととこころ寄り果(は)てはうとまし愚痴といふもの

                    窪田章一郎(くぼたしょういちろう)


 『六月の海』(昭三〇)所収。故窪田空穂は作者の父。人が愚痴を言ってくる。なるほど、もっともだと同情しながら聞いているが、しだいにうっとうしくなり、果てはうんざりする。だれにも経験のある心理だ。「こころ寄り果てはうとまし」がいい。一見ささいな日常生活の心理の揺れも、こうして詠みこまれると、興味深い人間性の断面図となる。空穂はこの種の歌の第一人者だったが、作者にそれがしっかり受け継がれた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 


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 杏(あんず)あまさうな人は睡(ね)むさうな

           室生犀星(むろうさいせい)


 『遠野集』(昭三四)所収。詩人・小説家の犀星は、少年時代まず俳句を学び、やがて詩作に没頭したが、親友芥川龍之介の影響で再び俳句に復帰、芭蕉、凡兆、丈草ら蕉門の句に傾倒した。「鯛の骨たたみにひろふ夜寒(よさむ)かな」「ゆきふるといっひしばかりのひとしづか」など古格の句が有名だが、熟した杏の感触をみごとにとらえた右の句にただよう官能性もまた、犀星ならではの世界である。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 中切れで自由律のようですが、十六文字でそんなにおかしなわけでもない。睡むさうな、って、いいですね。


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)