蜀犬 日に吠ゆ

2011-06-25

[][][][][]夏のうた を読む(その47) 19:37 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その47) - 蜀犬 日に吠ゆ

93

 験(しるし)なき物を思はずは一坏(ひとつき)の濁(にご)れる酒を飲むべくあるらし

                         大伴旅人


 『万葉集』巻三。「酒を讃(ほ)む歌十三首」の第一首。「思はずは」は思わずに。役立たずな物思いにふけるよりも、そうだ、一杯の濁り酒を飲んだ方がいい。この有名な連作、思想と表現に中国思想の影響が強いが、作歌の動機は愛妻に先だたれた悲しみを遣(や)るためだったらしい。ちなみに、旅人没後数年の天平九年、奈良の都に禁酒令がしかれ、親族同士の飲楽しか許されなくなった事がある。飲酒による不祥事の弊害が目立つほどになったものかと思われる。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 しかしアルコールに依存して(自分や他人の)人生を破壊するのは、社会の荒廃の方が先んじているので、「禁酒令」が長続きしないこと、ご存じの通り。

万葉神事語辞典

なお、『続日本紀』によれば、737(天平9)年5月と758(天平宝字2)年2月には禁酒の詔勅が出されている。万葉集にも、都内村里の住民に対し集って飲宴することを禁じるが、近親同士1人2人で楽飲することは許可する、という記述が見える(8-1657左注)。

國學院デジタルミュージアム

 ま、天平九年の禁酒は、天平十三年に牛馬の殺生を禁じたりする、「仏教国家」建設のノリでやらかしただけのような気もしますね。


94

 あけびの実(み)は汝の霊魂の如く

 夏中ぶらさがつてゐる     西脇順三郎(にしわきじゅんざぶろう)


 詩集『アムバルワリア』(昭八)所収。八行の詩「旅人」の終二行。「汝カンシヤクもちの旅人よ」と意表をつく一行から始まる詩には、古代欧州を放浪する現代の旅人の歌という体裁の詩で、「汝は汝のムラへ帰れ/郷里の崖を祝福せよ/その裸の土は汝の夜明だ」の呼びかけの後に右の詩句がくる。薄紫のアケビの実が、山あいに、「汝の霊魂の如くぶらさがつうてゐる」ふしぎになまめかしい幻影。永遠的なるものへの郷愁。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 変わり続けるものしか、永遠を獲得することはできない。だから自然はつねに刻一刻と形を変え続ける。


 以上で「夏のうた」を終わる。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-24

[][][]大災後に藤子・F・不二雄『ドラえもん』小学館 を読む。 19:25 はてなブックマーク - 大震災後に藤子・F・不二雄『ドラえもん』小学館 を読む。 - 蜀犬 日に吠ゆ

 台風の直撃やら観測記録更新の猛暑日報道に、またしても気力を奪われます。実際、汗だくで肘に紙はくっつくし、水性ペンはにじむので普段余り使わない油性ペンを出してきたりして大変は大変。

 みんなはどうしているのでしょう。

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[][]一回休み~~あずまきよひこ『よつばと!』10 電撃コミックス かんそう 21:42 はてなブックマーク - 一回休み~~あずまきよひこ『よつばと!』10 電撃コミックス かんそう - 蜀犬 日に吠ゆ

よつばと! 10 (電撃コミックス)

よつばと! 10 (電撃コミックス)

 休み。

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[][][][][]夏のうた を読む(その46) 21:42 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その46) - 蜀犬 日に吠ゆ

91

 ひとをいかる日/われも/屍(しかばね)のごとく寝入るなり

             八木重吉(やぎじゅうきち)


 『定本八木重吉詩集』(昭三三)所収。昭和二年二十九歳で結核のため死んだ。生前には詩集『秋の瞳』一冊を出しただけだが、とみ子夫人に残された大量の遺稿が、後年彼女と再婚した歌人吉野秀雄らの尽力で公刊され、今では多くの愛読者を持っている。英語教師で熱烈な無教会主義のキリスト者だった。詩は短詩が多い。単刀直入に真実を言う。詩の原質たる心の燃焼だけで成り立っている詩だ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 ひとをいかるは、人の行いではない。ひとにいかるはぎりぎり有りだけど、ほめられた行いではない、ということでしょうか。


92

 かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒のゆふぐれ

                 若山牧水


 『死か芸術か』(大一)所収。牧水は恋と旅と酒の歌でこよなく愛誦される。ふつふつと湧きあがる思いがそのまま三十一音の歌となって、作者の孤独な心をあめつちの間に舞わせ、読者をも招き寄せた。それにしても、牧水歌集を読んでいると、彼の酒の歌が早くから老成していたことに今さらながら驚く。二十代半ばすぎでもうこんな歌があり、また「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」があった。みな独酌好みの歌だ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 独酌サイコー。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-23

[][]凝ってる~~あずまきよひこ『よつばと!』10 電撃コミックス かんそう(その2) 18:55 はてなブックマーク - 凝ってる~~あずまきよひこ『よつばと!』10 電撃コミックス かんそう(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

よつばと! 10 (電撃コミックス)

よつばと! 10 (電撃コミックス)

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[][][][][]夏のうた を読む(その45) 18:55 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その45) - 蜀犬 日に吠ゆ

89

 なんと今日の暑さはと石の塵を吹く

           上島鬼貫(うえじまおにつら)


 摂津国(兵庫県)伊丹の人。芭蕉より十数年の後輩。「まことの外に俳諧なし」とする誠の説で有名である。自然界の見たままを平明率直に詠むことが物の本質に達する本道だと考えた。口語調の句が多いのもその現れだろう。しかし、たえがたい暑さをいうのに「石の塵」を持ってきたのは、単なる平明な描写などということでは説明がつかない非凡さである。「そよりともせいで秋立つ事かいの」「冬はまた夏がましじゃといひにけり」なども著名。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「「石の塵」を持ってきたのは、単なる平明な描写」だと思います。これで私が思い浮かべた情景は、炎天下を歩いてきた旅人が、木陰にちょうど座るくらいの石をみつけて、やれやれここらで一息つくかとしているさま。つい暑さへの愚痴が口をつくのはご愛敬でしょう。おざなりに、石の上をふっと吹いてどっかと腰を下ろしたんじゃござんせんかね。


90

 中年や遠くみのれる夜の桃

      西東三鬼(さいとうさんき)


 『夜の桃』(昭二三)所収。昭和新興俳句の花も実もあるスターだった。作者四十六歳、戦後昭和二十一年に作られた代表作。「中年」という複雑な曲折と成熟の時期への詠嘆と、「遠くみのれる夜の桃」への遠望と。「夜の桃」にはエロスの感触があるが、かといってそれに固執するのは俗解。遠く刻々に実っている夜の桃を、一人思いえがいている「中年」の、郷愁とも悔恨ともつかぬ、ほのかな微笑。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「俗解」とかいいますけれど、「おそろしき 君らの乳房 夏来る 西東三鬼」とかああいうのと総合的に解釈すると、このおっさんはいっつも卑俗な妄想をふくらませていたと解釈する方がよさそうなんですけれども。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-22

[][]よつばと! という宝箱~~あずまきよひこ『よつばと!』10 電撃コミックス かんそう(その1) 19:49 はてなブックマーク - よつばと! という宝箱~~あずまきよひこ『よつばと!』10 電撃コミックス かんそう(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

よつばと! 10 (電撃コミックス)

よつばと! 10 (電撃コミックス)

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[][][][][]夏のうた を読む(その44) 19:38 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その44) - 蜀犬 日に吠ゆ

87

 空(くう)をはさむ蟹死にをるや雲の峰(みね)

            河東碧梧桐(かわひがしへきごどう)


 『続春夏秋冬』(明三九)所収。虚子と共に子規門の双璧。子規没後、新傾向俳句の王者として君臨したが、運動はやがて四分五裂、碧梧桐自身の句も、多様な試みを重ねつつ孤立していった。ほめて言えば純粋、けなして言えば独善というような行き方をした、悲劇的な、ただし強い魅力をもった先駆者だった。右は新傾向初期の代表作。雄大な雲の峰の下にちっぽけなカニがはさみをかかげて死んでいる。ただ空をつかんで。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「かわひがしへきごとう」じゃないかと思ってwikipedia を確認したところ「へきごとう」でした。私のAtok だとどちらを打ち込んでも一発変換するので、どちらもありなのでしょう。

 大岡先生の鑑賞「雄大な雲の峰の下にちっぽけなカニがはさみをかかげて死んでいる。ただ空をつかんで。」……本文に目を凝らしても返り点は見受けられませんでした。しかしまあ、普通説明するならこういう風になるんでしょうね。ただ、この作品の素晴らしさは普通と逆の構造で展開していく部分にあると思います。とくに最後の下五「雲の峰」へと視点を持ち上げていく部分の「切れ」が、「これぞ俳句」という醍醐味を味わわせてくれる逸品です。こういう作品、好きなんですよね。


 上五「空をはさむ」は、六音ですがまあそこは新傾向(無季自由律の前段階)だから、それでいいとして、意味はまだ不明ですよね。中七の頭二音である「蟹」がでて初めて意味が分かります。つまり、音はともかく、「空をはさむ蟹」で意味としては「中切れ」の構成になっているわけです。「およ、蟹がいるぞ、鋏をかかげて」と。そこから視点はズームアップしていきます。「よく見たらこの蟹死んでるなあ」→「だから鋏が何もつかんでいないのにつかんでるみたいに動いてないのか」。と、新しい情報を得ることで上五の意味不明が解決される。

 そして、蟹のつかんでいる空とはなにか、見あげれば入道雲! 感動ですよ! 「あの月をとってくれろ」とか他人任せではなくて、自分の鋏で空を目指した蟹(オトコ)ですよ。ピンクスパイダーのようないいわけもなく、あっさり死んだ蟹だけど、夏の空の下で、とにかくなにかをしようとしていたんですね。それが、こういうドラマティックな構成によって作品となった時に、私(だけかな)たちの感動をよぶんです。

 もう一度言いますけど、こういう作品、好きなんですよ。



88

 てんと虫一兵われの死なざりし

          安住 敦(あずみあつし)


 『古暦』(昭二九)所収。日野草城の新興俳句運動を経て久保田万太郎の門に入った。庶民生活の哀歓を微細にとらえ、情をこめてうたう作風。右は終戦時の作で代表作の一つとされる。作者は米軍上陸にそなえ対戦車攻撃自爆隊の一員として房総で猛訓練を受けていた。助かるはずのない命が助かった、その言うに言われぬ思いを短い一句にこめる。天道虫は作者の持つ銃の銃身に、ふと舞ってきてとまったのだと作者は後に書いている。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 こういう風に、国家によって「死ね」と平然と言われた世代と、そうでない世代では見えている風景が違っていて当然だと思います。貧弱な想像力で必死に考えても。


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-21

[][]Twitter~~あずまきよひこ『よつばと!』10 電撃コミックス かんそう(その0) 19:49 はてなブックマーク - Twitter~~あずまきよひこ『よつばと!』10 電撃コミックス かんそう(その0) - 蜀犬 日に吠ゆ

 あずま先生、めっちゃTwitter しとる……。ブログの時とは段違い。こういう相性って、あるものですねえ。中川翔子さんはTwitter だめでブログの更新頻度が半端無い、とか、そういうの。

よつばと! 10 (電撃コミックス)

よつばと! 10 (電撃コミックス)

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[][]絶望の世紀~~久米田康治『さよなら絶望先生』第二五集 講談社 19:06 はてなブックマーク - 絶望の世紀~~久米田康治『さよなら絶望先生』第二五集 講談社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 第五集くらいまで買っていて、そのあとはなんか飽きて距離をおいていた漫画。久しぶりに読んだけど、「こんな漫画だったっけ?」。正直微妙。

 もちろん、「紙ブログ」が目当てですから全然かまわないのですけれども。

さよなら絶望先生(25) (講談社コミックス)

さよなら絶望先生(25) (講談社コミックス)

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[][][][][]夏のうた を読む(その43) 18:51 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その43) - 蜀犬 日に吠ゆ

85

 逸(はや)りきてきやき大樹(たいじゅ)にこもるかぜ非命(ひめい)の魂(たま)の万の鈴音(すずおと)

                            山田(やまだ)あき


 『山河無限』(昭五二)所収。この女流詩人はたやすい調べの歌を作らない。八十歳になんなんとして、なお息を詰め胸中の鬱塊を吐きだすていの、きびしい顔つきの歌が多い。近作歌集中の盛夏の歌。さつさつと吹き寄せる風がけやきの大樹にこもる時、その葉ずれのざわめきに、戦火にむなしく散った魂、すなわち「非命の」魂の鳴らすおびただしい鈴音を聴きつけている。歌人坪野哲久夫人。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 その戦火での死を「むなしい」「非命の」死にしてしまうのは、後に続く我々世代の不甲斐なさだよなあ。ご先祖さますみません。


86

 辛(から)くして我が生き得しは彼等より狡猾(こうかつう)なりし故にあらじか

                    岡野弘彦(おかのひろひこ)


 『冬の家族』(昭四二)所収。釈迢空(折口信夫)の愛弟子だった歌人。右は昭和二十八年の作だが、内容は敗戦直後の内省。学徒兵として軍務に服したが、自分は運良く生還した。だが友人の中には死者も出た。自分自身もかろうじて生き得たには違いなかったが、思えばそれは彼らよりもずる賢かったためではないのか。「神のごと彼等死にきとたはやすく言ふ人にむきて怒り湧きくる」とも歌う。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 感動をありがとう的な小咄のネタになるために死んだわけではないですものね。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-20

[][][][][]夏のうた を読む(その42) 20:44 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その42) - 蜀犬 日に吠ゆ

83

 ほとんどに面変(おもがは)りしつつわが部隊(ぶたい)屍馬(しば)ありて腐(くさ)れし磧(かはら)も越ゆ

                    宮 柊二(みや しゅうじ)


 『山西省』(昭二四)所収。同歌集は過ぐる大戦時の詩歌界における最高の戦争文学作品集だろう。昭和十四年夏召集、中国の河北省、山西省に兵士として転戦した。「死(しに)すればやすき生命(いのち)と友は言ふわれもしかおもふ兵は安しも」という作があるが、一兵卒としての立場から、戦闘と戦場の日夜をきびしい表現で仮借なく歌った。「ねむりをる体の上を夜の獣(けもの)穢(けが)れてとほれり通らしめつつ」のごとき作もある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 夜の獣は慰安所帰りでしょうね。日本の言論統制には吐き気がする。宮柊二は歌人というよりジャーナリストだと思う。


84

 大臣(おほおみ)が事に携(たづさ)はり茲に至り四月(よつき)がほどに国荒(あ)らびたり

                       尾山篤二郎(おやまとくじろう)

 『とふのすがごも』(昭二一)所収。西行や大伴家持研究で知られた大正・昭和期の歌人。敗戦時の歌だが、ポツダム宣言受諾の詔勅に、茫然としてなす所を知らずに涙するのみだった歌人たちとは違っていた。「曲事(まがごと)の大横しまとかねて知る軍(いくさ)は遂に国を破りつ」。詔勅の内容についても、「吾大君いかがやおぼせ大御身に創(きず)なき事を宣(の)らせまししか」と率直な疑問を歌にしている。

大岡信『折々のうた』岩波新書

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-19

[][][][][]夏のうた を読む(その41) 19:12 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その41) - 蜀犬 日に吠ゆ

81

 独房のおかわの上に/いきみおる/かかるおちつきも署にはなかりし。

                 大塚金之助(おおつかきんのすけ)


 『人民』(昭五四)所収。昭和五十二年八十四歳で死去したマルクス経済学者。「アララギ」、のち自由律短歌の「まるめら」に出詠した歌人だった。東京商大教授となったが、昭和八年一月治安維持法で検挙され、十一月出獄。以後十三年間失職した。右は警察の留置場から刑務所の独房に移った時の感懐だが、歌の調子は明るい。作者は刑務所を自己鍛錬の「学校」として逆利用し、さかんに勉強した。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 自由律と言うけど、五七五八七 だから若干の字余り程度。改行は啄木もよくしたし、句点を打つあたりがその面影かしら。

 刑務所よりも拘置所のほうが、トイレの監視は厳しいんですよね。証拠物件を流しちゃうかもしれないので。所持品検査済みの刑務所は、ゆっくり「かわや」を使える、ってことでしょう。

 平気で人間の内面を裁く治安維持法はろくでもないのですけれども、犯罪の予防という点で精神の自由が無制限に認められてよいものか、ファシストとしては悩ましいところです。


82

 知らず 兵禍(へいか)何(いずれ)の時にか止(や)まん

 垂死(すいし)の閑人(かんじん) 万里(ばんり)の情(じょう)    河上 肇(かわかみはじめ)


 『河上肇詩集』(昭四一)所収。『貧乏物語』の著者、マルクス経済学者、詩人、また歌人。前出の大塚金之助と同じく、昭和八年治安維持法で検挙されたが、そのころからかねて好んだ漢詩の実作に手を染めはじめた。右は昭和十九年六十六歳時の七言絶句の転結部。早朝、地虫の声を聞きつつ戦火の行くえを憂えて歌う。死期も近いひま人の私は、万里のはて、戦場の若者を思って暗然たるのみ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 憂国の情。しかし、反体制者は「売国奴」とののしられる。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-18

[][][][][]夏のうた を読む(その40) 19:58 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その40) - 蜀犬 日に吠ゆ

79

 秋来(き)ぬと目にさや豆のふとりかな

         大伴大江丸(おおともおおえまる)


 江戸時代後期の俳人。本名安井政胤(まさたね)。大坂で飛脚問屋を業とした。職業柄旅をよくし交友も広かった。古典詩歌のパロディに長じ、この句もそれである。前出の『古今集』秋の歌、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる」を踏む。「さやか」にかけて「さや豆」をよび出し、「ふとりかな」で、「風だけではないよ。畑を見ればさや豆が、ほらふっくらとふくらんで、ここにも秋が……」と俳諧に一転した。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 滑稽ですね。滑稽滑稽。俳号も「大伴家持」や「大伴旅人」あたりと「大江匡房」をもじっているわけで、ふざけの本気度が高い。しかし、飛脚問屋の経営者って、旅に出るものなのかしら。

 パロディには批評性が大事だよ、というはなしがありますが、それが「「風だけではないよ。」云々なのでしょう。


80

 戦争が廊下の奥に立つてゐた

          渡辺白泉(わたなべはくせん)


 『白泉句集』(昭五〇)所収。昭和四十四年五十五歳で死去。社会的現実を俳句形式によって内面化し、端的にその本質を表現しようと努めた昭和十年代前半の新興無季俳句運動の代表俳人。戦火が拡大しつつあった昭和十四年の作である。わが家の薄暗い廊下の奥に、戦争がとつぜん立っていたという。ささやかな日常への凶悪な現実の侵入、その不安をブラック・ユーモア風にとらえ、言いとめた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 昭和十四年? →脳内で1939年に置きかえて日支事変の混迷続く中で同盟国ドイツ軍がポーランドに侵攻し英仏に宣戦布告というイメージがようやくうかぶあたりが、学力の低下なのでしょうなあ。

 廊下の奥、というのはぐっと身につまされる状況ですよ。えーっ、世界大戦になっちゃうの、日本がよそで暴れるって話じゃ無かったの? という感覚。

 あーイライラする。実際には戦争だったのに「事変だ」「事変だ」と言いつのって国際社会の批判をかわせていたつもりになっている政府と、馬鹿だからそれを信じていた国民が、ヒトラーの宣戦布告で戦争だったことを思い知らされる。「戦争大好き朝日新聞」から全然変わってない。立憲君主制でも駄目、国民主権でも駄目、ってのはなんでなんだ?


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-17

[][][][][]夏のうた を読む(その39) 19:22 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その39) - 蜀犬 日に吠ゆ

77

 天(あま)の河(がは)霧(きり)立ち渡り彦星(ひこぼし)の楫(かぢ)の音(と)聞(きこ)ゆ夜の更(ふ)けゆけば

               よみ人しらず


 『万葉集』巻十秋の雑歌「七夕」。天帝の怒りにふれ、年に一度、七月七日の夜しか会えなくされた織女(しょくじょ)と牽牛(けんぎゅう)をめぐる中国の伝説は、日本に伝えられると古代の知識層に大いに好まれ、『万葉集』以下歴代歌集に大量のタナバタの歌を留める。男が女のもとへ通う日本の古い婚姻形態からも親しめる話だったのか。陰暦七月七日は陽暦では八月半ば。初秋だから、七夕の歌には秋の季感が漂う。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 えっ。歌を引き写していて「七夕って秋じゃなかったかなあ……」と思っていたら、解説にもうどうどうと「秋の雑歌」とあります。大岡先生どうなっているのでしょう。

 実際の新聞紙面で七月七日に掲載した、と考えるのが普通です。

あとがき

 『折々のうた』で私が試みたことについては、年の初めにこの新書の予告が新聞広告に出た時、もとめっられて広告用に書いた「これから出る私の新書」という一文を引いておくのが便利だと思う。

 (自家宣伝めくことを思いきって言わせてもらえば、『折々のうた』で私が企てているのは「日本詩歌の常識」づくり。和歌も漢詩も、歌謡も俳諧も、今日の詩歌も、ひっくるめてわれわれの詩、万人に開かれた言葉の宝庫。この常識を、わけても若い人々に語りたい。手軽な本で。新聞連載は続くが、まず一年分をまとめる。)

大岡信『折々のうた』岩波新書

 ですから。そして、グレゴリ歴の七月七日を七夕として祝う人たちの神経を逆なでしないように配慮して、こういう事になってしまったのでしょうね。しかしそれでは、異なる基準に基づくカレンダーと有職故実のズレをきっちり説明しないで現状にすり寄る態度では、「日本詩歌の常識」はつくれないのではないか、と心配です。少なくとも万葉集の頃から積み重ねてきた七夕の季節感は、「夏のうた」の章に配置されることで踏みにじられてしまったのですから。



78

 秋来(き)ぬと眼にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる

                   藤原敏行(ふじわらのとしゆき)


 『古今集』秋歌巻頭の立秋の歌。「おどろく」はにわかに気づく。まだ目にはありありと見えないが、ああもう風の音が秋をつげている。目に見えるものより先に、「風」という「気配」によって秋の到来を知るという発見が、この有名な歌のかなめである。つまり「時」の移り行きを目ではなく耳で聴き取る行き方で、より内面的な感じ方である。これが後世の美学にも影響を与えたのだった。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 もうすっかり秋だよ。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-16

[][][][][]夏のうた を読む(その38) 18:41 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その38) - 蜀犬 日に吠ゆ

75

 青うみにまかゞやく日や。とほ\/゛し 妣(ハハ)が国べゆ 舟かへるらし

               釈 迢空(しゃくちょうくう)


 『海やまのあひだ』(大一四)所収。迢空は独創的な研究で古代学に貢献した国文学者・民俗学者折口信夫の、歌人としての筆名。しばしば離島や山間を探訪し、村人の民俗を調査して歩いた。旅中詠に秀作が多いのは、そこに迢空の時間・空間両面にまたがる旅ごころが最も深く息づいたからだろう。右は大正元年八月、教え子の中学生二人を連れての奥熊野の旅の作。南海のはてに日本人の原郷を夢見る朗々たる歌。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 まあ、夢見てろ。柳田→宮本の民俗学は、いわゆる民族学といつ袂をわかったのでしょうね。とにかく、「科学」であることを否定したわけでしょう。レヴィ=ストロースの民族学を受け入れるなら、こないだの国会の「今上は125th」は科学的に証明されてないけど、「史学」「法学」「文化人類学」「民俗学」あたりは全滅ってことでいいのかなあ。

 人文学でいうなら125thは、、、まあいいか。「大日本帝国」は主導部がキチガイです、「日本国」は主導部も国民も、市民権のない「住所不定無職」もキチガイです。


76

 何処(いづく)にか船泊(ふなは)てすれむ安礼(あれ)の崎(さき)漕(こ)ぎみるきし棚無(たなな)し小舟(をぶね)

                高市連黒人(たけちのむらじくろひと)


 『万葉集』巻一雑歌。黒人は柿本人麻呂より少し後の宮廷詩人。『万葉集』に十数首の旅の歌を残すのみだが、そのわずかな歌により「キ旅」の歌人としての名声をもつ。横板もない粗末な小舟が安札の崎の漕ぎめぐっていったが、今ごろどこで一夜の泊まをしているのかしら。昼間海上ですれちがったか、あるいは海辺から見かけたのか、その危うげな小舟と舟人を、ゆくりなく夜の闇に思い出している旅人の孤(ひと)り心。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 なんでかシラネーけど、日本は海軍より陸軍が偉そうで、実際強いよなあ。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-15

[][][][][]夏のうた を読む(その37) 22:33 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その37) - 蜀犬 日に吠ゆ

73

 鳳仙花(ほうせんか)散りて落つれば小(ち)さき蟹(かに)鋏(はさみ)ささげて驚(おどろ)き走る

                      窪田空穂


 『鏡葉(かがみは)』(大十五)所収。夏の海岸でふと目撃した情景。鳳仙花の赤い小さな花が散り落ちた時、その下にいた小ガニがあわてて逃げた。「鋏ささげて驚き走る」という観察が歌の中心だが、なかんずく「ささげて」の一語がかなめである。小ガニの動作を描写しながら、同時に作者が興じているその気分と理由をも、この語で言いとめている。たとえば「かかげて」では、そうはいかない。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 蟹にとって鋏は商売道具ですからね。たとい逃げる時でも大事に運ばねば。

 全然関係ないのですが、鳳仙花の実は熟するとはじけるって、その音を聞いたこと無いなあ。NHK 教育の理科とかで映像を見た記憶もありません。


74

 夏深み入江のはちすさきにけり浪にうたひてぐる舟人

             藤原良経(ふじわらのよしつね)


 家集『秋篠月清集』所収。『新古今集』撰者の一人。年若くして太政大臣となった博学多才の貴公子。和歌を藤原俊成・定家父子に学び、彼らの御子左家(みこひだりけ)の有力な支援者だった。後鳥羽天皇の信任厚く、新古今歌壇を隆盛にみちびいたが、三十八歳で急逝した。歌には孤愁の影がある。しかし右の舟人の描き方にもみられるように、生得の澄明感、のびやかさをもった歌人だった。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「入り江の蓮」って、海にも咲くのか、近江あたりの入り江なのでしょうか。


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-14

[][][][][]夏のうた を読む(その36) 21:48 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その36) - 蜀犬 日に吠ゆ

71

 瀧の上に水現れて落ちにけり

      後藤夜半(ごとうやはん)


 『翠黛(すいたい)』(昭一五)所収。滝を仰ぎ見る時、滝水はたしかにこの句のような落ち方をする。ただ落ちるのではなく、限りなく「現れて」、限りなく落ちる。大坂の箕面(みのお)自然公園の滝を詠んだという。虚子選の新日本名勝俳句の一つに選ばれ、客観写生句の代表的なものとされた。「上」は「エ」でなく「ウエ」と読まねばならないという。「現れて」で平凡な事象が一回限り成仏した。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 字余りとは知らなかった。「タキノエニ」で十分美しい句だろうと思うけど。

 これぞ写生! という句であると思います。だって、そのまんまやん! でも、同じ心象風景を共有できない人には、写生は通用しない気もする。ミレーは分かるけど、モネは分からん。

 あと、「虚子選の新日本名勝俳句」から、強烈な金の臭いを感じた。これが大正期なら、まだわたしも純情だったのに。ホントにこれ、日本の言葉の聖典(カノン)になりうるの?


72

 天(あめ)の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕(こ)ぎ隠(かく)る見ゆ

                        柿本人麻呂歌集


 『万葉集』巻七雑歌冒頭。広大な天の海。そこに浮かぶ雲は、立つ白波だ。月の舟がそこを渡って、星の林を渡って、星の林に隠れてゆく。『万葉集』にはすぐれた叙景歌が多いが、中での異色作。「星の林」という見立てかたが面白い。原文の万葉仮名は「天海丹 雲之波立 月舟 星之林丹 榜隠所見」。天海を漕ぎ渡る月舟を見ながら、他の星からくるUFOのごとき物体を夢みた古代人もいたかもしれない。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 何かの譬喩かと思っていたのですが。SF妄想在りなら、「月面基地が電離層を操作して敵機から所在を隠匿した」って話になりますよね。艦隊が月面に侵攻を始めたのか、超々々々距離砲が月面を狙ったのかは知りませんが。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-13

[][][][][]夏のうた を読む(その35) 21:20 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その35) - 蜀犬 日に吠ゆ

69

 夏の女のそりと坂に立っていて肉透(す)けるまで人恋うらしき

                   佐佐木幸綱(ささきゆきつな)


 『群黎(ぐんれい)』(昭四五)所収。佐佐木信綱の孫で、一九六〇年代に歌界に登場した。特に初期の歌は、疾走するラガーのように短歌表現の世界を蹂躙(じゅうりん)せんとする意気ごみを示して、新進世代の先頭走者となった。「のそりと」坂に立つ女が、「肉透けるまで」人を恋うているらしいというこの歌、ふしぎななまめかしさがあるが、そのなまめかしさは女からというより、多分に、作者自身である青年の空想からきているものだろう。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 巻末の作者略歴によれば佐佐木幸綱は1938年(昭一三)生まれ。四五年なら満年齢で三二歳でしょ? 「青年の空想」をいうのは無理があり、「オッサンの妄想」のほうがいいように思いますケド。


70

 金粉(きんぷん)をこぼして火蛾(かが)やすさまじき

             松本(まつもと)たかし


 『松本たかし句集』(昭一〇)所収。宝生流能役者の家に生まれたが病身でその道を断念し、虚子門に俳人となった。火に慕い寄り、焼かれつつ舞いつつける蛾。「金粉」をこぼして乱舞するsの「すさまじき」姿に、命の不可解な力と美がある。画家速水御舟の名作「炎舞」や、ゲーテ晩年の詩「浄福的な憧れ」が、死して無限の生命を得ようとする火蛾を一方は描き、他方は歌っていたのも思い合わされる。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 ケツに火がつかないと本気を出せない、ってことかもしれないけどね?

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-12

[][][][][]夏のうた を読む(その34) 19:26 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その34) - 蜀犬 日に吠ゆ

67

 金を得てビルを出でしが四五分(しごふん)の後(のち)するすると飲屋(のみや)に在りつ

                      吉野秀雄(よしのひでお)


 『吉尾秀雄歌集』(昭三三)所収。会津八一に師事し、『万葉集』と良寛に傾倒した。幼時から虚弱、青年期以降六十五歳で死ぬまで、結核、ぜんそく、糖尿病、リューマチなど病気の巣のようだった。定職はほとんどなく、貧しい原稿暮らしだったが、歌は生の真髄に直到すべく率直な詠風に終始し、そこから独特のユーモアも生じた。「原稿が百一枚となる途端我は麦酒(ビール)を喇叭(らっぱ)飲みにす」も有名。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 貧乏はイヤだけど、このいきかたはあこがれる。


68

 市中(いちなか)は物のにほひや夏の月      凡兆

   あつし\/と門(かど)\/の声       芭蕉


 『芭蕉七部集』中『猿蓑』発句と脇句。凡兆は『猿蓑』時代の蕉門の逸材だった人。湿気の多い日本の夏の都会の夕暮れ。煮物、焼き物などのにおいが流れる中、夏のやや赤みがかったような月が空にかかる。ナ行音がねばりつくような効果を出している。脇句は発句に寄り添いつつ、夕涼みにでた人びとの声の中にア音とカ行音を反復させ、市中の夏の活気を見事にとらえた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 市場から下町長屋への場面転換がうまい。音声までは分かりませんでした。


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-11

[][]石黒正数『木曜日のフルット』1 秋田書店 21:59 はてなブックマーク - 石黒正数『木曜日のフルット』1 秋田書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

 週刊少年チャンピオンを立ち読みするとき一番楽しみにしている、藤子成分を摂取できる2ページ漫画。

木曜日のフルット 1 (少年チャンピオン・コミックス)

木曜日のフルット 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 しかし、これは石黒作品としてはA の成分が強い。というか、間違った解釈でイメージづけられた『まんが道』っぽい。

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[][][][][]夏のうた を読む(その33) 21:21 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その33) - 蜀犬 日に吠ゆ

65

 祖母山(そぼさん)も傾山(かたむくさん)も夕立(ゆだち)かな

                     山口青邨(やまぐちせいそん)


 『雑草園』(昭九)所収。虚子門から出た俳壇長老の一人。句は代表作として名高い。祖母山は大分・熊本・宮崎三県の境にどっしりそびえる。傾山はその東側に前山として立ち、やや傾いた形をしている。この二つの山をすっぽり包むようにして降る沛然たる夕立。山の名はいずれも印象的で、音の響きもいい。その二つの名を「ユダチかな」が勢いよく受けとめる。地名をほめる句中の秀逸。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「傾山はその東側に前山として立ち、やや傾いた形をしている。」さっぱり意味が分からない。しかしこういうのって、現地に行くと「なるほど傾いてるわあ~~」という感覚になることも多く、言葉では説明しづらいものです。文字数に限りがあるとよけいに。

 たしかに下五の「夕立かな」が効いていていい。山の情景が浮かび、そこに夕立が降ってくるさままで表現したような展開です。


66

 杜子美(としみ) 山谷(さんこく) 李太白(りたいはく)にも 酒を飲むなと詩の候(さふらふ)か

                 隆達小歌


 十六世紀から十七世紀にかけて流行した隆達節の一つ。杜子美、李太白は唐代の詩人杜甫と李白。山谷は宋代の詩人・名筆家黄山谷(黄庭堅)。室町時代愛読され敬慕された中国の大詩人たち。あのえらい詩人さんたちの詩に、酒を飲むなという詩があったっけかね、ありゃしませんよね、という。酒をたたえる歌にもいろいろあるが、これは乙にすまして大きく出たおかしみがミソである。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 以前、デカンショ節の話題を書きました。酒を飲むな。山谷は詳しくないので略。李白は完全にアル中ですから酒をほめるに決まっている。杜甫は無職時代に地方の名士の宴会に紛れこんで栄養を摂取し、その宴会に箔を付ける詩をささげて生計を立てていたくらいですから、禁酒断酒をうたうわけはありません。

 しかし中国文明の、食のタブーのなさは世界でも類を見ないように思えます。仏教なんて、伝来当初は話通じなかったのでしょうねえ。「喫菜事魔」なんてのもあって、「ねえ、マニ教徒ってお肉を食べないで野菜ばっかりだそうよ」「げええ、なんて奴等だ、悪魔のようだ」「ほーんと、怖いわよねえ」って感覚ですからねえ。お酒ぐらいで驚いてはいけないと思う。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

本が好き、悪口言うのはもっと好き (文春文庫)

本が好き、悪口言うのはもっと好き (文春文庫)

諸怪志異 (3) 鬼市 (アクションコミックス)

諸怪志異 (3) 鬼市 (アクションコミックス)

2011-06-10

[][][][][]夏のうた を読む(その32) 20:12 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その32) - 蜀犬 日に吠ゆ

63

 めん鶏(どり)ら砂あび居(ゐ)たりひつそりと剃刀(かみそり)研人(とぎ)は過ぎに行きけり

                           斎藤茂吉(さいとうもきち)



 『赤光』(大二)所収。「七月二十三日」と作歌日付をそのまま題とした五首の一つで大正二年作。日ざかりの庭でめんどりどもがしきりに砂をあびている。かたわらを剃刀とぎ師(とぎ屋とよばれた)がひっそり透っていった。ただそれだかの光景なのに、不気味に張りつめた静けさがある。ゴッホの絵が与えるある種の不安な感じに似ているところがある。「ひつそりと」の一語、千鈞(せんきん)の重みがある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 で、「堂々と」通る時代にしちゃったのだよなあ、戦後。路地を「ひつそり」通るのは、空き巣の下見だからなあ。決して、昔がよかったとはいいませんよ。大正時代の方が犯罪多かったわけですし。でも、ひつそり通る空き巣の下見をぼんやりながめて成り立つ社会ではなくなったわけですよねえ。


64

 勝地(しょうち)はもとより定(さだ)まれる主(ぬし)なし おほむね山は山を愛する人に属(しょく)す

                         白居易



 『和漢朗詠集』巻下「山」。勝地は風光すぐれた地、名勝。そのような土地は、もともと特定の人間の所有物ではない。だいたい山は、山を愛する人の持ち物なのだ。朗詠集に抄された白楽天の詩句は群を抜いて多く、平安時代人の趣味に深く影響した。この詩句には現代人もまたううなづくだろう。しかし当節われわれははたして山が、ここに言われているよな意味で、真にわれわれに属していると、自信をもっていえるのだろうか。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 世界自然遺産が観光地になっている現状からすると、動物の生態系と同じで景勝も「人類が居ない方が美しい」というのが正しいのではないでしょうか。


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-09

[][][][][]夏のうた を読む(その31) 19:23 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その31) - 蜀犬 日に吠ゆ

61

 水塩(みずしお)の点滴(てんてき)天地(てんち)力合(あわ)せ

                  沢木欣一(さわききんいち)


 『塩田』(昭三一)所収。昭和三十年代、いわゆる社会性俳句論議の中心部にいた作者が、能登の原始的な揚浜式塩田を訪れての作。なぎさ近くの塩田に海水をまき、炎天の陽にさらす。単調な重労働をくりかえすうちに塩水はしだいに濃くなる。これが水塩。それを鉄のかまにためて煮つめ、塩を得る。したたる水塩のしずくは辛酸の結晶。一滴一滴に天地が力を合わせているのが感じられたのだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 それを「点滴」というか。事情を知らないから「生理食塩水」だと思ってしまった。とするなら、この句は説明不足でしょう。社会性俳句てえのは初めて知りましたが、こうして時代がたつと古びてしまう芸術作品もありますよねえ。(「ポケベルが鳴らなくて」って、今の平均的な十代には言葉の意味不明だと思いますよ。)



60

 行きなやむ牛のあゆみにたつ塵の風さへあつき夏の小車(おぐるま)

                       藤原定家


 『玉葉集』夏歌。牛車、つまり牛にひかせる乗用の屋形車だろうか。炎天にあえぎ、人はもちろん牛までものろのろ歩む。その足元から乾いた塵ほこりが舞いたつ。抜群の耽美的作風の歌人定家に、この印象的な作があるおもしろさ。「むしますなあ」「どこぞ涼しい川べりにでも」。古都の夏は王朝の余映の時代にもやはり暑かったのだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 牛なんて、暑ければだらけて寒ければ不活発になる人間と同類でしょう。


 ところで森銑三先生が定家の悪口を言って、

四十二

定家の歌を見る眼

「古今集」は選集としてあれだけの歌の数を集めたのだから、中に凡歌が這入っていても、情状の斟酌すべき余地がある。定家は「小倉百人一首」にただ百首を選ぶのにも、随分詰まらぬ歌まで採っていて、その粒が揃わない。定家の歌を見る眼の低かったことは、その一事にも知られるじゃないか、といった人がある。

森銑三『落葉籠』中公文庫

 で、定家が撰者に連なったのは『新古今』なので「いった人」は何か勘違いしているか、子規の『歌よみに与ふる書』で紀貫之をdis ったようにポジショントークなのかは分かりません。

 新古今が優れていて百人一首が駄目だというのは、ようするに下命者の差、ということになれば、dis られているのは宇都宮入道。!? ドラえも~ん、爆弾をくれえ。「いった人」を殺して僕も死ぬ!

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

落葉籠〈上〉 (中公文庫)

落葉籠〈上〉 (中公文庫)

2011-06-08

[][][][][]夏のうた を読む(その30) 18:28 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その30) - 蜀犬 日に吠ゆ

59

 吹く風に消息(せうそこ)をだにつけばや思へども よしなき野辺に落ちもこそすれ

                         梁塵秘抄


 平安歌謡。「消息」は手紙。「つけばや」はことづけたい。「よしなき」は見当はずれの。風に託してでも恋文を送りたいと思うが、どうせ見当はずれの野っ原に落ちてしまうだろうさ。思いが通じない焦りとあきらめを、風まかせの頼りない手紙という形で自嘲的にうたうが、内容はなんとも粋(いき)なもの。佐藤春夫の『殉情詩集』にはこの歌詞をじかに借用した作もあって彼の愛誦ぶりを示している。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 照れがある。自分の思いをストレートに表現できないことを、他者のせいにしているわけですから。でもまあ、ありがちといえばありがちな設定ですよね。ラブレターを出すべくポストの前まで行って、誤配されたらイヤだ、とか、電話口であの子のおかあさんに愛を告白したりというネタ。



60

 ゆく水にかずかくよりもはかなきはおもはぬ人を思ふなりけり

                   よみ人しらず


 『古今集』巻十一恋歌。川水は流れ去って再び帰らない。その水に一本二本と数をかぞえるための線を引いてみても、すぐ消え去って跡かたもない。そのはかなさによりさらにはかないのは、思ってもくれない相手に恋いこがれることだ。切ない恋の嘆きだが、どこかユーモラスなのは、歌いぶりが自分のおかれた状況を客観視しているからである。ユーモアはそういう心の余裕からしか生まれない。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 怪物くんに「ノンビラス」というキャラクタがいましたが、「ユウモラス」はまんまだから駄目だったのかなあ。

 で、自分の勝手なルール(横断歩道は白だけ踏む、とか)を作っちゃったりするのが私のサガなので川の流れの速さを見極められないだろうか、とじーっと見つめるのも日常茶飯事。そういうのから比べたら、「片思い」のなんとありきたりなことよ。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-07

[][][][][]夏のうた を読む(その29) 20:24 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その29) - 蜀犬 日に吠ゆ

57

 せつせつと眼まで濡らして髪洗ふ

        野沢節子(のざわせつこ)


 『鳳蝶』(昭四五)所収。少女期に脊椎カリエスを病み、二十四年間闘病生活を送った。病床でハイクの魅力にうたれ、俳人への道を一筋に歩んだという。「冬の日や臥して見あぐることの琴の丈」という句もある。掲出句は病癒えたのちの作だが、眼まで濡らして一心に髪を洗う動作のなかで、作者は自分の内部の女人をも「せつせつと」あらっている。官能のうずきの中に、女の夏のひそやかな愉楽もある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 差別を助長する解説だなあ。大岡先生は変な解説がまじる。


58

 人言(ひとごと)を繁(しげ)み言痛(ことた)み己(おの)が世にいまだ渡らぬ朝川渡る

                  但馬皇女(たじまのひめみこ)



 『万葉集』巻二総門。天武皇女。異母兄弟の高市皇子の后だったが、同じく異母兄弟の穂積(ほずみ)皇子に熱烈な恋をした。たちまち醜聞がひろまったらしいが、皇女は穂積皇子にひらすら心を寄せた。三首の恋歌が残され、右はその一首。人の噂がうるさいので(「言痛み」)、生まれて以来一度も渡ったことのない夜明けの川をこうして渡って、あなたのもとへ急ぐのです。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-06

[][][][][]夏のうた を読む(その28) 19:26 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その28) - 蜀犬 日に吠ゆ

55

 大螢(おおぼたる)ゆらりゆらりと通りけり

          小林一茶


 『おらが春』所収。一茶の句には擬声語、擬態語が実に多い。「うまさうな雪がふはりふはりかな」「稲妻やうつかりひよんとした顔へ」「けろりくわんとして烏と柳かな」「昼の蚊やだまりこくつて後ろから」「寝た下を凩(こがらし)づうんづうんかな」。みな成功している。これは一茶が、人・動物・事象の、特に動作や変化を鋭い注意力と感覚でとらえることに日頃心を砕いていたことを示すものだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 そして、私たちはこうした蓄積の恩恵を受けているのだ、と思う日々。とくに俳諧の切り開いた擬声語擬態語の世界は日本語というものの豊饒に資するところが多いと思います。

 紋切り型に逃げることの多い自分の言葉は、こうした日本語の蓄積にお世話になっております。


56

 つひにかも嘆き透(とほ)れば一点の晶(たま)となりてやいのち光らん

              岡本(おかもと)かの子(こ)


 『わが最終歌集』(昭四)所収。『鶴は病みき』『老妓抄』『生々流転』などの作家かの子は、十七歳で与謝野晶子に師事し、五冊の歌集を残した。小説家として驚異的に活躍したのは昭和十一年からのわずか三年間で、十四年には火山爆発のような四十九歳の生涯をとじた。歌はひたすら生きる嘆きをうたう。嘆き透ってついには晶玉と光るまでに、煩悩の生を昇華しようとする祈り。かの子の中の宗教的情熱を思わせる歌である。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 かの子の激動の生涯を知らないので、感動は二段階くらい下。そういう、属人的な芸術もありますよね。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-05

[][][][][]夏のうた を読む(その27) 18:53 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その27) - 蜀犬 日に吠ゆ

53

 虹(にじ)自身時間はありと思ひけり

          阿部青鞋(あべせいあい)


 『火門集』(昭四三)所収。現代の俳人・詩人。虹を詠んだ句は多いが、この句のようなものはおそらく例がなかろう。虹がある時間、空にとどまっているといった現象の事実を詠んでいるのではない。虹という「虚」の現象が、それ自身で時を思考するのである。いわばノンセンス。しかしこいう言われたとたん、読む側の脳裏で一瞬「虚」が「実」とかくれんぼをし、あっても不思議ではない世界がひらける。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 これも唯識。世にあらわれたからこそ意識が生じ、消えたら消える。それだけだったら、楽なのに。


54

 まるもあると肥(こ)えしなめくじ夏茸(なつたけ)の傘溶かしいしが己れ溶けしか

                      高安国世(たかやすくにお)


 『一瞬の夏』(昭五三)所収。アララギ派の土屋文明に師事した歌人だが、リルケ、ハイネなどドイツ詩人の名訳者としても知られる独文学者。声高(こわだか)に志をのべたり力んで歌うタイプではない。静かに事象に見入り、対象がおのずとその本質を明かしてくるまで、じっと耳目を澄ましてゆく詠風。右の歌、ふと姿を消したなめくじに「己れ溶けしか」という感をいだいたのだが、小動物のひそかな営みへの注視が、じわじわと生の不安に変わる。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 こういう梅雨の頃、湿気吸ってんのかビックリするくらい大きいナメクジに遭遇することがあります。田舎では。あの生臭さのせいで味をみたことはない。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-04

[][][][][]夏のうた を読む(その26) 19:28 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その26) - 蜀犬 日に吠ゆ

51

 熊野川下(くだ)す早瀬の水馴(みな)れ棹(ざを)さすが見馴(みな)れぬ浪の通(かよ)ひ路(ぢ)

                   後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)


 『新古今集』巻十九神祇歌。新古今の選定者にして代表歌人。尊崇した熊野権現に詣でて、本宮から新宮まで早瀬を下った。「水馴れ棹」(熟練の棹)と「見馴れぬ」は同音の対照。「さすが」はとはいえ。「さす」は「棹」の縁語。熊野川の急流をさばくなんとみごとな水馴れ棹よ。とはいえわが身にはまた、なんと珍らしい見馴れぬ浪の通い路よ。技巧を尽しているが、語調には明るい流動感、心には権現への帰依と讃美。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 ダジャレじゃねえか。なにが「同音の対照」だ。

 熊野権現って、行ったことないなあ。行ってみたい。



52

 閑(しづ)かさや岩にしみ入る蝉(せみ)の声

             松尾芭蕉


 『奥の細道』山形の立石寺(りゅうしゃくじ)(土地ではリッシャクジという)参詣のくだりに出る。元禄二年五月二十七日(陽暦七月十三日)。同寺の全山凝灰岩でできた境内は、今も「心澄みゆく」「清閑の地」の面影を残す。句は芭蕉吟味中の秀吟。断続するサ行音が、日本詩歌の鍵ともいえる「しみ入る」感覚、その澄明幽遠さを表現する。蝉が鳴きしきっていても、その声のかまびすしさがきわまる所には浄寂境そのものが出現するという宇宙観。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 コーイチくんのスタンド「エコーズ」ですね。パミィィィィィ!


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-03

[][][][][]夏のうた を読む(その25) 19:30 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その25) - 蜀犬 日に吠ゆ

49

 わが息と共に呼吸(いき)する子と知らず亡(な)きを悼(いた)みて人の言ふかも

                   五島美代子(ごとうみよこ)


 『新輯母の歌集』(昭三二)所収。豊麗な歌才の人だったが、子や孫を歌う時の愛は情痴に近く、母性の歌の一極地ともいえる秀歌を残した。掌中の珠と育ててきた長女が東大在学中急逝した時の慟哭(どうこく)の歌の一つ。人は娘を亡くしたことを悼んでくれる。娘はこんなにもありありと私の中で一体になって、息しているのに。よし人は迷妄と見よ。親はこの真実の中でしか生きられないのだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 難しいなあ。


50

 郭公(くわつこう)や何処(どこ)までゆかば人に逢はむ

                    臼田亜浪(うすだあろう)


 『亜浪句鈔』(大一四)所収。「ひとり志賀高原を歩みつつ」と前書。寂寥(せきりょう)感を漂わせるが、人なつかしさに堪えて孤独な旅路をゆく者の自愛の思いも感じられる。大正三年夏、病後の静養のため渋温泉に滞在していた時の体験を十年後に回想して作った句。亜浪は当時三十代半ば、前途の方針について悩みがあったが、後に振返ってみると、それが生涯の転機の夏だったのだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 逢いたいようでいて、逢いたくないというのもその通りなんですよねえ。郭公が「あっちに人がいますよ」って教えてくれたら、それはそれでそっちに行きたいかどうか迷う。



折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-02

[][][][][]夏のうた を読む(その24) 19:40 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その24) - 蜀犬 日に吠ゆ

47

 なべて世のはかなきことを悲しとはかかる夢見ぬ人やいいけむ

               建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)


 右京大夫の官名で高倉天皇の中宮建礼門院に仕えた教養豊かな女性。平重盛の次男資盛(すけもり)の愛人だったが、資盛は壇ノ浦で海の藻屑と消えた。知らせを受けて悲嘆にくれた日々の歌が彼女をかくも有名にした。「なべて」はおしなべて。人生おしなべてはかなく無常だ、それが悲しい、など言ってる人は、私が今見ているような悪夢をまだ見たことがないから、「悲し」など気安く言えるのだ、と。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 不幸自慢。しかしそれが嫌みでないのが右京大夫のすごさですよね。


48

 たすからぬ病と知りしひと夜経てわれよりも妻の十年(ととせ)老いたり

                  上田三四二(うえだみよじ)


 『涌井』(昭五〇)所収。作者は医学を専攻し医師として多年病院に勤めたが、同時に歌人・文芸批評家である。昭和四十一年結腸癌で手術を受け、人生の一大転機となった。「五月二十一日以後」という三十首連作に始まる多くの病中・病後詠は、壮年で癌と知らされた人の驚愕と苦悩、妻子への思いを歌って胸うつ作が多い。病名を告げられた日の翌日の歌。下句に万感の思いがこもっている。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 死はだれにも訪れる。その訪れ方は違えど。


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

2011-06-01

[][][][][]夏のうた を読む(その23) 19:20 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その23) - 蜀犬 日に吠ゆ

45

 力なき蝦(かへる) 力なき蝦 骨なき蚯蚓(みみず) 骨なき蚯蚓

              催馬楽(さいばら)


 催馬楽は八世紀ごろ歌曲として唱われた民謡。外来音楽である雅楽の曲調によって在来の民謡を編曲し、貴紳が愛誦した。ひなびたものや好色的なものも含まれて興味深い。童謡と思われるものも二、三あり、右もその一つ。子どもがカエルとミミズに向かって、「やあいやあい、弱虫ガエル、骨なしミミズ」とはやしているようでもあるし、そうではなくカエルとミミズが、互いに口げんかしているようでもある。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 というか貧しい子どもをよってたかって打擲し、バカにしている風景の方が簡単に思いうかぶのです。カエルとミミズは一つところにいそうにないですから。

 あと、蝦はエビでしょうに。八世紀のことはしらんけど。


46

 世の中は夢か現(うつつ)か現とも夢とも知らずありてなければ

               よみ人しらず


 『古今集』巻十八雑歌。西行は弟子に、『古今集』を読め、特に雑歌の部は熟読せよと教えたという。雑歌には実人生の嘆きや仏教的無常観を歌って心にしみる歌が多いからだ。第五句で、この世は存在していて同時に存在していないのだもの、「ありてなければ」と言っているのが目をひく。夢だからではかなく、現実だから確かだ、というような単純な物の見方を否定した所で成り立っている歌。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「唯識」論ですかね? 私はそちらに与しない。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)