蜀犬 日に吠ゆ

2011-06-03

[][][][][]夏のうた を読む(その25) 19:30 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その25) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 わが息と共に呼吸(いき)する子と知らず亡(な)きを悼(いた)みて人の言ふかも

                   五島美代子(ごとうみよこ)


 『新輯母の歌集』(昭三二)所収。豊麗な歌才の人だったが、子や孫を歌う時の愛は情痴に近く、母性の歌の一極地ともいえる秀歌を残した。掌中の珠と育ててきた長女が東大在学中急逝した時の慟哭(どうこく)の歌の一つ。人は娘を亡くしたことを悼んでくれる。娘はこんなにもありありと私の中で一体になって、息しているのに。よし人は迷妄と見よ。親はこの真実の中でしか生きられないのだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 難しいなあ。


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 郭公(くわつこう)や何処(どこ)までゆかば人に逢はむ

                    臼田亜浪(うすだあろう)


 『亜浪句鈔』(大一四)所収。「ひとり志賀高原を歩みつつ」と前書。寂寥(せきりょう)感を漂わせるが、人なつかしさに堪えて孤独な旅路をゆく者の自愛の思いも感じられる。大正三年夏、病後の静養のため渋温泉に滞在していた時の体験を十年後に回想して作った句。亜浪は当時三十代半ば、前途の方針について悩みがあったが、後に振返ってみると、それが生涯の転機の夏だったのだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 逢いたいようでいて、逢いたくないというのもその通りなんですよねえ。郭公が「あっちに人がいますよ」って教えてくれたら、それはそれでそっちに行きたいかどうか迷う。



折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)