蜀犬 日に吠ゆ

2011-06-05

[][][][][]夏のうた を読む(その27) 18:53 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その27) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 虹(にじ)自身時間はありと思ひけり

          阿部青鞋(あべせいあい)


 『火門集』(昭四三)所収。現代の俳人・詩人。虹を詠んだ句は多いが、この句のようなものはおそらく例がなかろう。虹がある時間、空にとどまっているといった現象の事実を詠んでいるのではない。虹という「虚」の現象が、それ自身で時を思考するのである。いわばノンセンス。しかしこいう言われたとたん、読む側の脳裏で一瞬「虚」が「実」とかくれんぼをし、あっても不思議ではない世界がひらける。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 これも唯識。世にあらわれたからこそ意識が生じ、消えたら消える。それだけだったら、楽なのに。


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 まるもあると肥(こ)えしなめくじ夏茸(なつたけ)の傘溶かしいしが己れ溶けしか

                      高安国世(たかやすくにお)


 『一瞬の夏』(昭五三)所収。アララギ派の土屋文明に師事した歌人だが、リルケ、ハイネなどドイツ詩人の名訳者としても知られる独文学者。声高(こわだか)に志をのべたり力んで歌うタイプではない。静かに事象に見入り、対象がおのずとその本質を明かしてくるまで、じっと耳目を澄ましてゆく詠風。右の歌、ふと姿を消したなめくじに「己れ溶けしか」という感をいだいたのだが、小動物のひそかな営みへの注視が、じわじわと生の不安に変わる。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 こういう梅雨の頃、湿気吸ってんのかビックリするくらい大きいナメクジに遭遇することがあります。田舎では。あの生臭さのせいで味をみたことはない。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)