蜀犬 日に吠ゆ

2011-06-06

[][][][][]夏のうた を読む(その28) 19:26 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その28) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 大螢(おおぼたる)ゆらりゆらりと通りけり

          小林一茶


 『おらが春』所収。一茶の句には擬声語、擬態語が実に多い。「うまさうな雪がふはりふはりかな」「稲妻やうつかりひよんとした顔へ」「けろりくわんとして烏と柳かな」「昼の蚊やだまりこくつて後ろから」「寝た下を凩(こがらし)づうんづうんかな」。みな成功している。これは一茶が、人・動物・事象の、特に動作や変化を鋭い注意力と感覚でとらえることに日頃心を砕いていたことを示すものだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 そして、私たちはこうした蓄積の恩恵を受けているのだ、と思う日々。とくに俳諧の切り開いた擬声語擬態語の世界は日本語というものの豊饒に資するところが多いと思います。

 紋切り型に逃げることの多い自分の言葉は、こうした日本語の蓄積にお世話になっております。


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 つひにかも嘆き透(とほ)れば一点の晶(たま)となりてやいのち光らん

              岡本(おかもと)かの子(こ)


 『わが最終歌集』(昭四)所収。『鶴は病みき』『老妓抄』『生々流転』などの作家かの子は、十七歳で与謝野晶子に師事し、五冊の歌集を残した。小説家として驚異的に活躍したのは昭和十一年からのわずか三年間で、十四年には火山爆発のような四十九歳の生涯をとじた。歌はひたすら生きる嘆きをうたう。嘆き透ってついには晶玉と光るまでに、煩悩の生を昇華しようとする祈り。かの子の中の宗教的情熱を思わせる歌である。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 かの子の激動の生涯を知らないので、感動は二段階くらい下。そういう、属人的な芸術もありますよね。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)