蜀犬 日に吠ゆ

2011-06-18

[][][][][]夏のうた を読む(その40) 19:58 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その40) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 秋来(き)ぬと目にさや豆のふとりかな

         大伴大江丸(おおともおおえまる)


 江戸時代後期の俳人。本名安井政胤(まさたね)。大坂で飛脚問屋を業とした。職業柄旅をよくし交友も広かった。古典詩歌のパロディに長じ、この句もそれである。前出の『古今集』秋の歌、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる」を踏む。「さやか」にかけて「さや豆」をよび出し、「ふとりかな」で、「風だけではないよ。畑を見ればさや豆が、ほらふっくらとふくらんで、ここにも秋が……」と俳諧に一転した。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 滑稽ですね。滑稽滑稽。俳号も「大伴家持」や「大伴旅人」あたりと「大江匡房」をもじっているわけで、ふざけの本気度が高い。しかし、飛脚問屋の経営者って、旅に出るものなのかしら。

 パロディには批評性が大事だよ、というはなしがありますが、それが「「風だけではないよ。」云々なのでしょう。


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 戦争が廊下の奥に立つてゐた

          渡辺白泉(わたなべはくせん)


 『白泉句集』(昭五〇)所収。昭和四十四年五十五歳で死去。社会的現実を俳句形式によって内面化し、端的にその本質を表現しようと努めた昭和十年代前半の新興無季俳句運動の代表俳人。戦火が拡大しつつあった昭和十四年の作である。わが家の薄暗い廊下の奥に、戦争がとつぜん立っていたという。ささやかな日常への凶悪な現実の侵入、その不安をブラック・ユーモア風にとらえ、言いとめた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 昭和十四年? →脳内で1939年に置きかえて日支事変の混迷続く中で同盟国ドイツ軍がポーランドに侵攻し英仏に宣戦布告というイメージがようやくうかぶあたりが、学力の低下なのでしょうなあ。

 廊下の奥、というのはぐっと身につまされる状況ですよ。えーっ、世界大戦になっちゃうの、日本がよそで暴れるって話じゃ無かったの? という感覚。

 あーイライラする。実際には戦争だったのに「事変だ」「事変だ」と言いつのって国際社会の批判をかわせていたつもりになっている政府と、馬鹿だからそれを信じていた国民が、ヒトラーの宣戦布告で戦争だったことを思い知らされる。「戦争大好き朝日新聞」から全然変わってない。立憲君主制でも駄目、国民主権でも駄目、ってのはなんでなんだ?


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)