蜀犬 日に吠ゆ

2011-06-19

[][][][][]夏のうた を読む(その41) 19:12 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その41) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 独房のおかわの上に/いきみおる/かかるおちつきも署にはなかりし。

                 大塚金之助(おおつかきんのすけ)


 『人民』(昭五四)所収。昭和五十二年八十四歳で死去したマルクス経済学者。「アララギ」、のち自由律短歌の「まるめら」に出詠した歌人だった。東京商大教授となったが、昭和八年一月治安維持法で検挙され、十一月出獄。以後十三年間失職した。右は警察の留置場から刑務所の独房に移った時の感懐だが、歌の調子は明るい。作者は刑務所を自己鍛錬の「学校」として逆利用し、さかんに勉強した。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 自由律と言うけど、五七五八七 だから若干の字余り程度。改行は啄木もよくしたし、句点を打つあたりがその面影かしら。

 刑務所よりも拘置所のほうが、トイレの監視は厳しいんですよね。証拠物件を流しちゃうかもしれないので。所持品検査済みの刑務所は、ゆっくり「かわや」を使える、ってことでしょう。

 平気で人間の内面を裁く治安維持法はろくでもないのですけれども、犯罪の予防という点で精神の自由が無制限に認められてよいものか、ファシストとしては悩ましいところです。


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 知らず 兵禍(へいか)何(いずれ)の時にか止(や)まん

 垂死(すいし)の閑人(かんじん) 万里(ばんり)の情(じょう)    河上 肇(かわかみはじめ)


 『河上肇詩集』(昭四一)所収。『貧乏物語』の著者、マルクス経済学者、詩人、また歌人。前出の大塚金之助と同じく、昭和八年治安維持法で検挙されたが、そのころからかねて好んだ漢詩の実作に手を染めはじめた。右は昭和十九年六十六歳時の七言絶句の転結部。早朝、地虫の声を聞きつつ戦火の行くえを憂えて歌う。死期も近いひま人の私は、万里のはて、戦場の若者を思って暗然たるのみ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 憂国の情。しかし、反体制者は「売国奴」とののしられる。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)