蜀犬 日に吠ゆ

2011-06-23

[][][][][]夏のうた を読む(その45) 18:55 はてなブックマーク - 夏のうた を読む(その45) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 なんと今日の暑さはと石の塵を吹く

           上島鬼貫(うえじまおにつら)


 摂津国(兵庫県)伊丹の人。芭蕉より十数年の後輩。「まことの外に俳諧なし」とする誠の説で有名である。自然界の見たままを平明率直に詠むことが物の本質に達する本道だと考えた。口語調の句が多いのもその現れだろう。しかし、たえがたい暑さをいうのに「石の塵」を持ってきたのは、単なる平明な描写などということでは説明がつかない非凡さである。「そよりともせいで秋立つ事かいの」「冬はまた夏がましじゃといひにけり」なども著名。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「「石の塵」を持ってきたのは、単なる平明な描写」だと思います。これで私が思い浮かべた情景は、炎天下を歩いてきた旅人が、木陰にちょうど座るくらいの石をみつけて、やれやれここらで一息つくかとしているさま。つい暑さへの愚痴が口をつくのはご愛敬でしょう。おざなりに、石の上をふっと吹いてどっかと腰を下ろしたんじゃござんせんかね。


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 中年や遠くみのれる夜の桃

      西東三鬼(さいとうさんき)


 『夜の桃』(昭二三)所収。昭和新興俳句の花も実もあるスターだった。作者四十六歳、戦後昭和二十一年に作られた代表作。「中年」という複雑な曲折と成熟の時期への詠嘆と、「遠くみのれる夜の桃」への遠望と。「夜の桃」にはエロスの感触があるが、かといってそれに固執するのは俗解。遠く刻々に実っている夜の桃を、一人思いえがいている「中年」の、郷愁とも悔恨ともつかぬ、ほのかな微笑。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「俗解」とかいいますけれど、「おそろしき 君らの乳房 夏来る 西東三鬼」とかああいうのと総合的に解釈すると、このおっさんはいっつも卑俗な妄想をふくらませていたと解釈する方がよさそうなんですけれども。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)