2011-06-25
■ [筆記][国文][評論][折々のうた][夏歌]夏のうた を読む(その47) 
93
験(しるし)なき物を思はずは一坏(ひとつき)の濁(にご)れる酒を飲むべくあるらし
大伴旅人
『万葉集』巻三。「酒を讃(ほ)む歌十三首」の第一首。「思はずは」は思わずに。役立たずな物思いにふけるよりも、そうだ、一杯の濁り酒を飲んだ方がいい。この有名な連作、思想と表現に中国思想の影響が強いが、作歌の動機は愛妻に先だたれた悲しみを遣(や)るためだったらしい。ちなみに、旅人没後数年の天平九年、奈良の都に禁酒令がしかれ、親族同士の飲楽しか許されなくなった事がある。飲酒による不祥事の弊害が目立つほどになったものかと思われる。
大岡信『折々のうた』岩波新書
しかしアルコールに依存して(自分や他人の)人生を破壊するのは、社会の荒廃の方が先んじているので、「禁酒令」が長続きしないこと、ご存じの通り。
万葉神事語辞典
酒
なお、『続日本紀』によれば、737(天平9)年5月と758(天平宝字2)年2月には禁酒の詔勅が出されている。万葉集にも、都内村里の住民に対し集って飲宴することを禁じるが、近親同士1人2人で楽飲することは許可する、という記述が見える(8-1657左注)。
國學院デジタルミュージアム
ま、天平九年の禁酒は、天平十三年に牛馬の殺生を禁じたりする、「仏教国家」建設のノリでやらかしただけのような気もしますね。
94
あけびの実(み)は汝の霊魂の如く
夏中ぶらさがつてゐる 西脇順三郎(にしわきじゅんざぶろう)
詩集『アムバルワリア』(昭八)所収。八行の詩「旅人」の終二行。「汝カンシヤクもちの旅人よ」と意表をつく一行から始まる詩には、古代欧州を放浪する現代の旅人の歌という体裁の詩で、「汝は汝のムラへ帰れ/郷里の崖を祝福せよ/その裸の土は汝の夜明だ」の呼びかけの後に右の詩句がくる。薄紫のアケビの実が、山あいに、「汝の霊魂の如くぶらさがつうてゐる」ふしぎになまめかしい幻影。永遠的なるものへの郷愁。
大岡信『折々のうた』岩波新書
変わり続けるものしか、永遠を獲得することはできない。だから自然はつねに刻一刻と形を変え続ける。
以上で「夏のうた」を終わる。

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