蜀犬 日に吠ゆ

2011-07-10

[][][][]馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社 を読む(その3) 20:50 はてなブックマーク - 馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社 を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

第一回 剣術を授け処女(しょじょ) 山を下り/法書を盗み袁公 洞(どう)に帰る

第一回

 さても大唐は開元の御代、鎮沢(沢のこと。いま江蘇省呉江県西南の地)という所の劉直卿(りゅうちょくけい)と申すお方、諫議(かんぎ)大夫をなされました時、宰相、李林甫(りりんぽ)を弾劾する上奏文をたてまつりましたが失敗し、職を捨て、閑居の身となりました。

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 太宗皇帝の時代ということであれば『西遊記』と同じですね。

 なんやかんやあって、劉直卿の妻は病に伏せってしまうのですが、謎の老婆の薬で治療してもらいます。ところがその売った恩で老婆は劉家に入り浸るようになり家の迷惑に。怪しいと思って後を付けさせると老婆は鶯脰湖の底へと帰って行く。さては妖怪、と道士を招くも歯が立たない。

第一回

ついに南林庵の老僧が掲諦(かったい)尊神にお願いしましたところ、尊神は天羅地網をはりめぐらし神将をつかわして妖怪を捕まえました。妖怪が本性をあらわしますと、それは三尺ほどもあって多年、怪しいことをする獼猴でありました。その掲諦は名を竜樹王菩薩と申し上げ、劉直卿が日ごろ厚く信心しておりましたので、今日わざわざ救助に来られ、妖怪を斬り禍根を絶たれましたわけなのでございます。

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 このへんの、奇蹟のシステムが日本とは違いますよね。日本の場合って酒呑童子の時のように鬼退治をするのはあくまでも人間で、神様は神器をくれたりサポート役だったりする。こういうふうに戦隊ヒーローみたいに神様が直接きちゃって妖怪を捕まえたりするんですね。龍樹菩薩というのは大乗仏教中興の祖であるナーガールジュナですが、王様になったのかあ。ナーガラージャルジュナとかいうんでしょうかね。


 妖怪が、獼猴だというのもどっかで聞いたことあるなあ。水簾洞あたりで妖力を得たのかなあ。

第一回

その猿のなかで、また「通臂(つうひ)」と呼ばれる一種は、両方の腕が通じておりまして、片方の腕を伸ばすと片方はひっこんでしまい、一本の腕となって長く伸びるのです。それゆえ崖をよじ木に登るのはお手のもの、矢で射ても自由自在に受けとめて、まったく恐れるということを知りません。また年を積み道を得たものは、よく陰陽を暁(さと)り、符呪(ふじゅ)を施すことを解し、神通力は広大で、とうてい述べつくすことはできませぬ。

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 で、この劉直卿のくだりはたんに猿の妖怪が出た話から「通臂」の話題を出すためだけのいわゆる枕、でして話は春秋時代にさかのぼります。道理で劉直卿なんて記憶になかった。


 閑話休題(あだしごとはさておいて)。

 春秋の昔、呉・越の争いは激しく、呉王夫差(ふさ)は恨み深き越王句践(こうせん)を会稽山上に包囲して降伏させ、会稽の辱めを実現しました。句践が上大夫の范蠡(はんれい)とともに臥薪嘗胆につとめていた頃の話。

 呉には魚腸の剣三千振りがあり、越に勝ち目はない。この魚腸の剣とは何かというと、注によれば、

第一回

五 魚腸の剣 闔廬(こうりょ)がこれで呉王の僚を刺した宝剣。

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 宝剣が三千振りって、どんな国力だ。でも……。この注の違和感。


 魚腸の剣というのは、闔廬が刺したわけではなくて、その腹心の専諸が刺したんでしょう。王子である光(のちの闔廬)は、先々代の王の長男の子であったが、三男の子である僚が即位したため不満でした。いとこ同時なのですが、こっちが本家だというわけですね。そこで、その位を自分のものにしようと画策を始めました。

刺客列伝

 四月の丙子(ひのえね)の日、光は武装した兵士を地下室にかくし、酒宴の用意をして、王の僚を招待した。

 それと察した僚は、宮廷から光の家まで兵を配置させた。光の家の門口や階段の左右は、僚の身内でかため、かれらが両側に立ってひかえ、みな柄の長い両刃の槍を持っている。

 酒宴がたけなわになったので、王子の光は脚気のぐあいがわるいといつわって、地下室にはいり、専諸に命じて、焼き魚の腹に匕首をいれて、これを王に進めさせた。王の前にゆくと、専諸は魚の腹をさき、すかさず匕首で王の僚を刺した。王の僚はたちまち死んだ。側近のものも専諸を殺した。王がわの連中はたいへんな混乱である。光は忍ばせておいた武装兵を出して、王の部下たちを攻め、みな殺しにしてしまった。

 こうして光はみずから即位して王になった。これが呉王の闔廬である。

 闔廬はそこで専諸の子を大臣にとりたてた。

田中謙二 一海知義『史記』上 朝日選書

 「刺客列伝」は結構好き。

 で、何が言いたいのかというと、魚の腹に仕込むことの出来る魚腸の剣って匕首なんです。いつのまに「宝剣」扱いになり、なんで三千振りもあるのでしょう? ひょっとするとこれは「刺客三千人」、つまり忍者軍団がいるという話でしょうか。


 閑話休題(それはさておき)。

 范蠡(はんれい)は、六千の君子軍(ってなんだろう……注もない)をセンバツして訓練することにしまして、その教官として南山の剣術処女(しょじょ)を招聘することに決定。処女は山を下りるのでした。話早いな。

 山を下りる途中、処女に袁公と名乗る老人が剣術勝負をふっかけてきて竹の枝で撃ちあうも処女の攻撃に耐えきれず、袁公は白猿の正体をさらして逃げるのでした。強いのも当然、なんと彼女の正体は九天玄女だったのです!


 えーーー!


 地方の諸侯の小競り合いなのに、大物過ぎませんか? 九天玄女といえば、黄帝と蚩尤(しゅう)の争いの時、

黄帝と九天玄女

八十人の兄弟があり、動物の身体をしながら人間のことばを使い、銅の頭、鉄の額をして、五穀の代わりに砂や石をたべる蚩尤(しゆう)だけが命令に従わない。

(略)

 風后と相談して壇を設けて三日三晩祈ると、九天玄女があらわれて、霊宝五符その他のおふだ、術、兵法、『陰符経(いんぷきょう)』などを授けた。それらを使って蚩尤を滅ぼすことができたが、後世重視された『黄帝陰符経』とは、このときに授かった経典である。

窪徳忠『道教の神々』講談社学術文庫

 黄帝を勝利に導いた女神なんです。文明(竈、律や暦、天文など)を創始した黄帝と、動物の身体をもつ蚩尤の争いというのはいってみれば『デビルマン』の「地上に生きていていいのは人間か悪魔か」というような話題であります。呉越の話に出てくるにはビッグネーム過ぎる。栃木と群馬で悪口を言い合っていたら核兵器開発を持ちかけられた、というか、赤バラと白バラで不毛な戦いをしてたら大天使ミカエルが参戦してきた、という扱いですよ。掲諦尊神とか竜樹王菩薩なんぞとは格が違う。

 で、デウス=エクス=マキナをしにきたわけです。それは、会稽の恥を雪げるよなあ。


 閑話休題(かんわきゅうだい)。

 袁公と名乗った白猿もなかなかの曲者で、むかし楚の共王をさんざんおちょくり、楚国一の弓の名人養由基(ようゆうき)と対決したこともある上級モンスターでした。教官の任務を終えて山に帰る玄女娘々に弟子入りすることに成功します。まじめに剣術の修行もこなして娘々の信頼も勝ち取り、玉帝のお目見えさえ果たし、白雲洞君(白雲洞はもともと住んでいた洞窟)に封じられる栄誉も得ます。で、天宮で秘書官の職(図書館司書みたいなかんじ?)を得る、と。


 ところが袁公、西天金母(西王母)の蟠桃会(ばんとうえ)で紳士貴顕があらかた出払ってしまうと、ヒマにあかせて封印された道術を破り見てしまい、悪心がよみがえる。

第一回

表紙には『如意冊』としたため、中には道家の百八の変化の法が、詳細に記されていました。そのうち三十六の大変は、天罡の数に応じ、また七十二の小変は、地煞の数に応じておりまさしく天の星を動かす奇方、鬼神を駆使する妙用であります。袁公は胸の中で、しめた、と思いました。

「この一冊だけで、袁さまは一生、気ままがかなうというもの。師に従い道を授かったが、きょうこの本が手にはいってみれば、やはり自分で得たというものだ。これこそ『あかりが火だとわかっていたら、飯もとっくに炊けていたものを』ってやつだ」

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 袁公、下界におりて白雲洞の子分どもに宣言。水簾洞のようなタイムラグはなかったのか。

「わしはいまこの書を得たゆえ、法を伝える教主となるぞ。得道の日には、おまえたちも一人のこらず幸福になれるのだ。」

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 そして白雲洞に天罡地煞の星を彫り込む。竜児女と孫悟空があとで来るところですね。

 第一回終わり、 第二回へ続く

中国古典文学大系 (36)

中国古典文学大系 (36)

道教の神々 (講談社学術文庫)

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