蜀犬 日に吠ゆ

2011-07-19

[][][][]馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社 を読む(その9) 20:54 はてなブックマーク - 馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社 を読む(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

第七回 楊巡検 経を迎えて聖姑に逢い/慈長老 水を汲んで異蛋を得たり

 前回に授かった予言の詩

第六回

  楊に逢って止まり

  蛋(たん)に遇って明らかなり

  人来(きた)って你(なんじ)を尋ぬ

  你 人を尋ねず

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 回収早い! 偉い!

 老婆は崋山の陳摶(ちんたん)先生に弟子入りすべく山に向かいますが、そこにあるのは墓ばかり。死んでしまうとは、仙人として情けない。尸解仙かしら。しかたないので老婆、乞食になります。転落すげえな。

 ある婦人が崋山に参詣してきたので物乞いすると、断られたので諦めますがほかの乞食婆たちはむらがりよっていきます。

 物乞いの言葉がなるべく七五調になるよう工夫のあるあたり、太田先生の苦労が偲ばれるというものです。

第七回

「消えてももどる喜捨の金、今生(今生)の布施は来世の福、竜宮殿は宝の山よ」

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 「竜宮殿は宝の山よ」七七で締めるあたりが美しい。

 それでも婦人は「わたしは楊(よう)老仏や楊奶奶(おくさま)」ではない、と。伏線きましたね。

 「奶」は一文字では「乳房」あるいは「ミルク」をさしますが、「奶奶」とすると、「父方の祖母」の意味になります。おばあちゃん、ですよね。いったい、敬老精神の高い儒教文化圏では年をとっている方が偉いので、派生して年配の女性への丁寧な呼びかけや、身分の高い女性への尊称にも使われるんですよね。下士の嫁が上士の嫁を呼ぶとき……、日本語ではやはり奥様か。封建時代の奥方が庶民にチャリティーって話はあんまり聞きませんよね。私が知らないだけかもしれないけれども、神社仏閣への寄進ばっかり*1っていうかんじ。『平妖伝』はもちろんフィクションですからいいのですけれども

中国古典文学大系 (36)

中国古典文学大系 (36)

*1:日赤やユニセフに寄付してあとはしらない話が脳裏をよぎりました。でも、まあいい。