蜀犬 日に吠ゆ

2011-07-24

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第十回 石頭陀(せきずだ) 夜 羅家畈(らかはん)を閙(さわ)がし/蛋和尚 三たび袁公の法を盗む

 ちなみに、まだ盗めていません。

 というわけで二度目の潜入で白雲洞内部に入り込んだ蛋子和尚ですが、書籍を探したせいで石壁に刻まれた天書に気づくのがおくれてしまい、ようやく見つけたのですが、これは盗めませんよねえ。

第十回

あっ!と叫びました。それは、わざわざ遠くを捜すまでもなく、眼前にあったのです。両側の石壁に刻みこまれた多くの文字こそ、 天書でなくて何でありましょう。ただ困ったことに、天然の石壁ですから持ち運びがかないませぬ。またそれを写しとろうにも、書く道具を持ち合わせておりませぬから、どうにもなりませぬ。

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 『ルパン三世 カリオストロの城』でいうところの、「俺のポケットにはでかすぎらあ」ってやつですねえ。秘伝の巻物は一巻が原則で、「全三十巻」とかいわれると密書を奪い合う忍者も困りますよね。隠すところがなくて。もうちょっと時代がくだるとフランス総裁政府とイギリスピット内閣でロゼッタストーンを奪い合うくらいの輸送力が出てきますけれどもね。しかしシャンポリオン「拓本があればいい。石よりコンテンツが重要」。しかし、泥棒だもんで蛋子和尚は完全に手ぶら。風呂敷くらいは持っていったのでしょうか……。


 あと、石壁に刻まれた内容は何だったっけ? と忘れていましたので第一回の記事を参照したところ、

第一回

表紙には『如意冊』としたため、中には道家の百八の変化の法が、詳細に記されていました。そのうち三十六の大変は、天罡の数に応じ、また七十二の小変は、地煞の数に応じておりまさしく天の星を動かす奇方、鬼神を駆使する妙用であります。袁公は胸の中で、しめた、と思いました。

「この一冊だけで、袁さまは一生、気ままがかなうというもの。師に従い道を授かったが、きょうこの本が手にはいってみれば、やはり自分で得たというものだ。これこそ『あかりが火だとわかっていたら、飯もとっくに炊けていたものを』ってやつだ」

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 ということで、百八の変化の法術だということですね。百八というのは道教では森羅万象すべてをさすことも多いので、ようするに無限の変化ができるということですね。


 まあとにかく、第二回の探索も結局無駄骨におわり、蛋子和尚が雲夢山の下に作った草庵で哭いていると一人の老人があらわれ、

第十回

「(略)行脚の全真道人にあい、教えてもらったのだが、この天庭の秘法はありきたりの書物の如く写すこともいらぬ。もし法を伝えんとするときは、筆でそのとおり写すこともいらぬ。また墨を塗り拓本を採ることもない。ただ純白清浄なる紙をもって、かの白玉の炉の前で真心から祈るのじゃ。そして、天に替わって道を行い、あえて非をなさずという誓願を立て、祈祷が終わればその紙を石壁の文字のあるところに当てて撫でるのだ。もし道法に縁ある者ならば、撫でれば字が得られる。もし縁なきときは、一字も出てこない。」

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 ご都合主義にもほどがある。まあ笑うところなのでしょうけれども。これも要するに蛋子和尚が因縁に導かれて天書を手に入れるという話につながるのでしょうけれども。

 「替天行道」は「忠義双全」に並ぶ水滸伝のテーマです。しかし今まで蛋子和尚が義憤に燃えるような描写がまったくなくて大丈夫なのでしょうか。いままでの話でも、庶民の苦しみみたいなエピソードはあまりなかったし。おいおい、蛋子和尚が正義に目覚めるのでしょう。目覚めるといいな。

 あと、全真道人なんですけれども、物語の設定が北宋の真宗皇帝の御代、咸平(998~1003)へ改元した年からスタートし、蛋子和尚が十五歳で寺を飛び出して二年目、ということになれば、AD1015年でしょう。ところが、全真教を立ち上げた王重陽って、1112年の生まれなんですよね。重陽子を名乗って全真教が始まるのが1167年ですし。どっかで時間の飛んだ記述を読み飛ばしたのでしょうか。

 しかし次に霧が晴れる来年まで草庵では暮らせません。蛋子和尚はふたたび托鉢を兼ねて旅に出ます。なるほどこの設定は面白い。ここでどんな関係ないエピソードでもぶち込めるわけだ。和尚が二つ三つ妖術をわきまえていれば、水戸黄門的な小咄がいくらでもつくれて、「和尚は端午がちかづいたので雲夢山へ帰っていきました」って締めればいいんだ。


 まあとにかく旅に出た蛋子和尚、曠野をさすらったあげく川にでくわし、深さを測ろうとして杖をついたら流れが深くて杖を流され、上流をたどって浮き橋を見つけて飛び乗ったら橋を繋ぐ縄が古くて切れてしまいびしょ濡れに。コントだな。


 ようよう、すれ違いの樵(きこり)から教えてもらった羅家畈という集落にたどり着きます。が、門はもう閉まっており、その軒下いた石頭陀に罵られてほうほうの体で退散せざるを得なくなります。石頭陀は「こんぼう」を装備した!

 蛋子和尚は郊外の松の木の上で夜を明かそうとします。石頭陀はわざわざ棍棒をひっさげて和尚を捜しますが、木の上までは気づきませんでした。しばらくすると、遠くから女人の悲鳴が聞こえます。石頭陀が悪さをしていると感じた蛋子和尚は木を降りて声の聞こえた民家に入ると、石頭陀は人の家で飯を炊いている。「蛋子和尚は棍棒を手に入れた! 攻撃力があがった!」石頭陀にうちかかるとたちまち降参します。卑怯を嫌う蛋子和尚は素手になって打ちかかりますが、石頭陀はひたすら謝るばかり。和尚がこのくらいでよかろうと手をゆるめると、家の奥から老婆が「石頭陀はは嫁と孫を殺しました1」というのでカッとなって踏み殺してしまいます。

 石頭陀は不老不死の薬を作るため五ヶ月の胎児を求めていましたところ、県知事が丹砂をとるために壮丁を徴用した結果主人がおらず女所帯であるこの家に目をつけ、嫁の手足を縛って腹を踏んで堕胎させようとしたところに蛋子和尚が入り込んできたが、嫁と孫は死んでしまったとのこと。


 石頭陀の死体を処理すべく引きずってゆく蛋子和尚は、たまたま丹砂をとる仕事から帰ってきた主人とその同行の人たちと行き会わせ、家に戻って事情を説明します。蛋子和尚、たちまち名声があがり、知事に呼ばれて不正蓄財の転送を頼まれますが、蛋子和尚、察して逃走、雲夢山へと戻ります。


 三年目のチャレンジ、ところが折悪しく午前中から雨。巳の刻(午前十時)ころには上がりましたが、午の刻まえに石橋前まで行ってみると青苔で覆われていました。

第十回

畢竟いかなる計を用いまするや、それは次の回にて。

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社
中国古典文学大系 (36)

中国古典文学大系 (36)