蜀犬 日に吠ゆ

2011-08-09

 朝からはだかでとんぼがとまる(山頭火)


[][][][][]秋のうた を読む(その2) 20:20 はてなブックマーク - 秋のうた を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

 残暑続く。

3

 我が背子を大和へ遣(や)るとさ夜深(よふ)けて暁露にわが立ち濡れし

                          大伯皇女(おおくのひめみこ)

 『万葉集』巻二。天武皇女で伊勢神宮に斎宮として仕えた。同母弟の偉丈夫大津皇子は父帝崩御の直後、反逆のかどで死刑となる。政敵のわなにおちたらしい。右は危険な立場の大津がひそかに伊勢の姉のもとを訪れ、暗いうちに再び去った時の、見送る姉の憂いと愛の歌。「わが背子」はここでは弟。「暁露」は未明の草露。姉弟の間柄だが、清らかな身の姉の歌にこもる情感は、恋人に対するようだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 そうさせて天皇家を盛りたてるための斎宮だろう。


4

 秋山の黄葉(もみぢ)を茂み迷ひぬる妹(いも)を求めむ山道(やまぢ)知らずも

                          柿本人麻呂


 『万葉集』巻二。人麻呂は大和の軽(かる)の地にひそかに妻を持っていた。今の橿原市内。だが妻が死ぬ。彼は悲しみにくれて、長歌とその反歌(かえしうたの意で、長歌の内容をもう一度要約する)たる短歌による挽歌を歌った。右はその短歌。「茂み」は茂っているので。歌はここで一たん切れる。「迷ひぬる」は山路に迷った。実際は死んでしまったこと。秋の山の黄葉があまりに深く茂っているので、迷いこなだ恋しい妻を探そうにも道が分らないのだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 ひそかに妻をもつのも、柿本人麻呂の経歴のわからなさによるものか。そもそも本当に妻だったのか。全然知らんで言っていますが、前掲の「背子」のように、政治的配慮に基づく表記ではないのか。人麻呂の暗号ではないのか!!

 まあいいや。

 もみぢがみられるのはもうすこし先ですね。

 あと、大岡先生の「一たん」という言語感覚にもビックリです。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)



[][][][]馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社 を読む(その15) 20:34 はてなブックマーク - 馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社 を読む(その15) - 蜀犬 日に吠ゆ

 今までの伏線をがんがん回収します。

第十二回 老いたる狐精 灯を挑(かきたて)て法を論じ/癡(おらか)なる道士 月に感じ懐(こころ)傷(いた)む

  • 聖姑姑が蛋子和尚の天書を見る
    • 地煞の書のみで天罡はない。

第十二回

「天は能く地を包むも、地は天を包むことはできない。いま第十六条によれば壺天法となっているが、壺中の天は天上の天ではなく、これは遁甲縮地(とんこうしゅくち)の意にすぎぬ。また第七十二条は地仙法とあるが、天仙といわず地仙といったところを見ても、天罡に及ばないことは明らかである」

馮夢竜 太田辰夫『平妖伝』大系36 平凡社

 滅びる定めか。しかし、『西遊妖猿伝』の再解釈っぷりはさすがですねえ。

  • 聖姑姑は蛋子和尚とともに『如意冊』の修行に入る
    • 奪い合ったりしないんだ。
      • それは蛋子和尚も感心している。蛋子和尚は天書の梵字が読めないのだから、聖姑姑が知識を独り占めしてもいいのに、二人で術の修得を目指すのは、これも伏線かしら?
中国古典文学大系 (36)

中国古典文学大系 (36)