蜀犬 日に吠ゆ

2011-08-14

 酔へなくなつたみじめさはこほろぎがなく(山頭火)

[][][][][]秋のうた を読む(その7) 19:31 はてなブックマーク - 秋のうた を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

 

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 初恋や燈籠(とうろ)によする顔と顔

                炭 太祇(たんたいぎ)


 江戸時代中期の俳人。「炭」はスミとも。俳句の季語の「燈籠」は盆燈籠のことで初秋のもの。寺社にある石燈籠の類ではない。この句も陽暦のお盆ではなく、涼風のたつ旧盆の季節に当てて読まないと、恥じらいつつ二人して灯影(ほかげ)に顔寄せ合っている少年少女の印象が薄れよう。連句の中にはすぐれた恋の付け句も多いが、発句(俳句)には恋の名作は少ない。中でのこれは秀逸の作。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 発句は儀礼的、お題設定的な役割があります。イチャイチャしてる場合ではないんですよ。むしろこの発句で歌仙をするとき、どうやって付け句をするんでしょうね。


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 軍鼓(ぐんこ)鳴り/荒涼と/秋の/痣となる

              高柳重信(たかやなぎしげのぶ)


 『黒彌撒(くろみさ)』(昭三一)所収。大正十二年生れ、新興俳句の影響を経て富沢赤黄男(かきお)に師事、多行形式の作者として立ち、戦後俳句の世界で孤軍奮闘してきた。伝統詩としての俳句の畑に「花鳥諷詠」とも「人間探究」とも違う現代の詩の種子をまこうとする。軍鼓の響きが「秋」の荒涼たる「痣」になるとみるのは作者の想像だが、句には確固たる存在感がある。想像が現実となり得ているからだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 というか、師匠が赤黄男(かきお)で詩集が『黒彌撒(くろみさ)』って、なあ。それは孤軍奮闘になりますよねえ。ミサの漢字表記を知ってしまった。

 「秋の/痣となる」という頭韻は、完全に意味不明ですけどぐっときますね。戦争の記憶*1って、痣っぽい。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

*1:知らんけど