蜀犬 日に吠ゆ

2011-08-18

[][][][][]秋のうた を読む(その11) 16:24 はてなブックマーク - 秋のうた を読む(その11) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 わが心なぐさめかねつ更級(さらしな)や姨捨山(をばすてやま)にてる月を見て

                         よみ人しらず


 『古今集』雑上。信州更級郡姨捨山を月の名所として有名にした歌。都からの寂しい旅人が美しさを通り越して凄味(すごみ)さえ感じさせるほどにさえざえと照る月を見あげて、思わずもらした嘆きの歌か。この古歌は同地方の棄老伝説と結びつき、老母を村の慣習通り山に捨ててきた孝行息子が、悲しみにたえきれず、この歌を歌って母を連れ戻しに行ったというよく知られた説話を生んだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「伝説」と「説話」の違いって何でしょう。『新潮現代国語辞典』「説話」をひくと、「文学の一ジャンル。伝説に類似するが、時代が示され人物が固有名詞で語られるもの。」なるほど。



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 わが心澄(す)めるばかりに更(ふ)けはてて月を忘れて向(むか)ふ夜(よ)の月

                        花園院(はなぞのいん)


 『風雅集』秋中。十四世紀半ばのこの勅撰和歌集は、南北朝争乱期、わずかな平穏の時を利用して編まれた。花園院はその中心的推進者だったが、歌人としても伏見院や永福門院と並ぶ当時の代表的な皇室歌人だった。すみずみまで澄みきったと思えるほどに、心も、夜も、しんしんと更けつくし、ふと気づけば、自分は月を見ていることさえ忘れて月に向かっていた。ある種の宗教性さえ感じさせるような、無我の世界。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 ある種というよりものすごく仏教(禅)を感じます。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)