蜀犬 日に吠ゆ

2011-08-21

[][]漢語の俳諧性~~佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー 21:06 はてなブックマーク - 漢語の俳諧性~~佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー - 蜀犬 日に吠ゆ

 草田男の「一大紺円盤」は、俳言(はいごん)といってもよいのでしょうけれども、「俳言」がキーワード化されていませんでした。以前の記事では触れていたのですが。

 そこで、今回はそのつづきといいますか、キーワード化のための引用。

雲霧といへば俳諧なり

77 漢語の俳諧性

 真実の花とは見えず松の雪

 明春さこそつぼむ冬梅

 「真実」「明春」「冬梅」など、純正連歌の世界では絶対に使用されない漢語である。しかし、応永二十(一四一三)年十二月五日、伝阿(でんあ)という人が詠んだ百韻一巻は、この発句(ほっく)・脇句(わきく)から最後の挙句(あげく)まで全巻にわたって漢語を詠みこむことをねらいとしていた。不調和な漢語を詠みこむことによって、逆に滑稽な俳諧の連歌を作ろうとしたのである。純正連歌の余興、当座の言捨て戯れに漢語まじりの句を作って遊んだのである。室町期の公家の日記から発句を二つ紹介して置く。

 跡いとふ雪往来の関路(せきぢ)かな (『実隆公記』長享二年十一月二十五日*1

 篠波(さざなみ)の声面白き今夜かな (『言継卿記』天文二十二年十一月十六日*2

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

雲霧といへば俳諧なり

78 俳諧師宗祇

 連歌師宗祇(一四二一―一五〇二)が「ある人の所望によりて」俳諧の連歌の百韻を詠んだことは江戸時代の俳書に記されているが、当の百韻はいつの間にか行方不明となり、研究者を当惑させてきた。江戸俳書の所伝は「今なほ確かな出処を明らかにし得ず、又予は其の百韻の全巻を見たこともないが、或は世に伝はつてゐるのであらう。此の百韻中の句として或る俳書に引いた句例から推すと、随分面白いものであつたらしく想像されるが、原本を見ぬことゆゑ深くはいへぬ」と、昭和三年刊『連俳史』の著者樋口功は残念がっている。

 それから二十五年、幻の百韻は伊地知(いじち)鉄男氏によって東山文庫の霊元天皇自筆本が発見され、はじめて全貌が明らかになった(『書陵部紀要』第三号)。この発見は、「宗祇の文学の本質と歴史的位置の究明に大きな光明を投ずるものであった」(江藤保定『宗祇の研究』)。発句は予想されていた通り、

 花匂ふ梅は無双(ぶさう)の梢かな

以下、連歌の式に従って順次進行し、

 冥慮(みゃうりよ)に叶ふ人は神妙(しんべう)

という挙げ句で止める独吟の百韻、句ごとに必ず漢語を詠みこんだ俳諧の連歌である。

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

雲霧といへば俳諧なり

79 畳字連歌

 昭和二十八年、ようやく世の知るところとなった宗祇の「独吟百韻」が、江戸初期の俳諧撰集『玉海集(ぎょっかいしゅう)』に、

  ある人の所望にて畳字の俳諧独吟に百句せし時

 花匂ふ梅は無双の梢かな   宗祇法師

と見える「畳字の俳諧」であることは疑いない。

 「畳字」という語は、本来、「悠々」「頻々」「往々」のような同一漢字を二つ重ねた熟語のことであったが、日本では多く漢字二字から成る熟語一般の称と考えられていた。77話に引用した「真実の花とは見えず松の雪」を発句とする伝阿の独吟百韻は「賦畳字連歌」と題し、「民も豊饒(ぶねう)の秋は幾千代」という挙句で結ばれる。現在判明している最古の畳字連歌はこれも伊地知鉄男氏によって発見報告された二条良基(一三二〇―八八)の「賦畳字連歌」百韻一巻である。

 さきにこの百韻から二句を抄出した(62話)。

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

雲霧といへば俳諧なり

80 和語と漢語

 花匂ふ梅は無双の梢かな    宗祇

 この発句の内容に滑稽なところは全くない。滑稽の要素は内容にあらず、「無双」という漢語の使用そのものにあった。仮にこの句が「花匂ふ梅ならびなき梢かな」という形であれば、立派に純正連歌の発句となる。

 真実の花とは見えず松の雪   伝阿

 これも「真実」を「まめやか」という和語に代置すれば俳諧性は消失する。同様に、

 御慶賀の尽きせぬ春のはじめかな   良基

にしても、「御慶賀」が「めでたさの」であれば俳諧の句とは言えない。

 畳字連歌の漢語の一つ一つを純正連歌の和語へと復元を試みてゆくうちに、漢語の俳諧性とは別個のもう一つの問題が浮かび上がってくる。それは右の「真実」と「まめやか」との間に見出されるような、漢語と和語との間の意味上の重なりと食い違いの問題である。畳字連歌は、和語から漢語への翻訳実例集としても一顧の価値を持っていると思う。

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

古語雑談 (平凡社ライブラリー さ 16-1)

古語雑談 (平凡社ライブラリー さ 16-1)

*1:A.D.1488

*2:A.D.1553