蜀犬 日に吠ゆ

2011-08-26

[][][][][]秋のうた を読む(その19) 18:56 はてなブックマーク - 秋のうた を読む(その19) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 梨(なし)食ふと目鼻片づけこの乙女

              加藤楸邨(かとうしゅうそん)


 『吹越(ふっこし)』(昭五一)所収。俳句の「俳」の字はもと一般人と変わったことをして人を興がらせる芸人の意だという。俳優の語はそこから来た。明治以降の「俳句」も和歌に対抗して滑稽な詩情を開拓した俳諧から出ているが、現代の俳句はもちろんそれだけではすまない。それは新しい文学の一形態である。しかし中で加藤楸邨の近年の句は、抜群の俳味をたたえてふくよかである。梨に無心にかぶりつく少女。目も鼻もどこかへ片づけて、没頭。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 梨を食べる前はおすまししていたであろうことが伺えますね。



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 あんなおぢいさんが作ったのかとおもふなかれ君らの声を歌にしたまで

                    土岐善麿(ときぜんまろ)


 『遠隣集』(昭二六)所収。「校歌」と題する一首、ざっくばらんな言い方の中に子供たちへの親しさと夫信頼感が通り、さわやかな風が吹き抜けている。北原白秋や若山牧水と早大同級生で交友、後には石川啄木と親交を結び、彼の生前死後を通じて、彼を支え、世に知らしめた最良の友でもあった。明治十八年生まれだから昭和五十五年現在九十四歳だが、強い知性と批判力に根ざす幅広い活動を矍鑠(かくしゃく)と続けている。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「作った」の促音が現代語風表記なのはなぜなのでしょう。

 歌の内容は平易ですね。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)