蜀犬 日に吠ゆ

2011-08-27

[][][][][]秋のうた を読む(その20) 19:58 はてなブックマーク - 秋のうた を読む(その20) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 かにかくに物は思はじ飛騨人(ひだひと)の打(う)つ墨縄(すみなは)のただ一道(ひとみち)に

                           よみ人しらず


 『万葉集』巻十一。「寄物陳思」の歌、すなわち、自分の気持ちをいうのに直接それをいわず、別の物に寄せて思いを陳べる手法をとる。「かにかくに」はあれこれと。飛騨の匠の腕は奈良時代すでに有名だったことがわかる歌だが、歌の心は、もうあれこれ思い迷うことはやまよう、飛騨の匠が引くあのまっすぐな墨糸の気持ちで、ただ一筋にあの人を思いつづけよう、恋の歌である。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 定規のようにまっすぐに、ゆくのは恋だけではあるまい。


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 さやけくて妻とも知らずすれちがふ

          西垣脩(にしがきしゅう)


 『西垣脩句集』(昭五四)所収。昭和五十三年五十九歳で急逝した俳人。臼田亜浪に学んだが、伊東静雄に大坂住吉中学時代から薫陶を受けた詩人でもあった。「さやけし」という季語は秋のさわやかに済んだ空気、その快さを形容する。おそらく夕暮れどき、人通りの多い街頭での情景だろう、ふとすれちがった女性が妻であることにさえ、一瞬気づかなかったほど、街景も秋気も一様にさやかに澄んでいた日。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「一瞬」ではなく、完全にすれちがっております。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)