蜀犬 日に吠ゆ

2011-09-03誕生日(マイナス101歳)

 雨だれの音も年とった(山頭火)


[筆記][国文][評論][折々のうた][秋歌]秋のうた を読む(その27)

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 風わたる浅茅(あさぢ)がすゑの露にだにやどりもはてぬ宵(よひ)のいなづま

                   藤原有家(ふじわらのありいえ)


 『新古今集』巻四秋上。「浅茅」は土地一面に生えた背の低いチガヤ。平安朝中期以後の詩歌や物語では、浅茅の原といえばすなわち淋しい荒れ果てた場所というのが常識になった。浅茅が宿も同じ。阿浅茅の葉先に結ぶはかない露に宿ることさえもせず、たちまち消えて跡形もない日暮れ時の稲妻よ。歌の主題は人生の短さ、無情をうたって観念的だが、新古今歌人は観念を具体的映像で描き出すすべに長じていた。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 墾田永年私財法発布以降、開墾できそうなところは見逃されませんからね。よっぽどの湿地だったのでしょうか。


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 こぬも可なり、夢の間(あひだ)の露の身の、逢(あ)ふとも宵(よひ)のいなづま。

                          閑吟集


 室町歌謡。中世以来日本の歌謡には命のはかなさ、世の頼み難さを唄う流れが一貫している。つまり無常思想。これを多様な素材に託して唄う。前出の「風渡る浅茅が末の露にだに宿りも果てぬ宵の稲妻」の「宵の稲妻」も、無常迅速の形容句として後代大いに愛用された。右の歌謡ではそれが不実な男を待つ女のつぶやきになっている。来ないならそれもいい、どうせ命は露のはかなさ、逢う瀬も同じよと。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 暗いなあ。暗い。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)