蜀犬 日に吠ゆ

2011-09-06誕生日(生きていれば85歳)

 エッセイの重版なんでないんや(母里)


[筆記][国文][評論][折々のうた][秋歌]秋のうた を読む(その30)

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 真萩(まはぎ)散る庭の秋風身にしみて夕日の影ぞかべに消えゆく

                    永福門院(えいふくもんいん)


 『風雅集』秋上。鎌倉後期・南北朝時代の代表的女流歌人。西園寺実兼の娘で伏見天皇中宮。「真萩」は萩の美称。「影」は光によって生じる像だが、今日の普通の使い方とはちがい、もと明暗両面に用いた語。ここでは夕日の光をさすが、同時に何かの者の影も連想させる。秋風のそぞろ寒さをいう「身にしみて」が、壁に「しみる」ように消えてゆく夕日影にまで響いているのが巧みだ。感覚のきめ細やかさが観察を生動させている作。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 係り結びが発生している*1のですから、「夕日の影ぞかべに消えゆく」が主題だと分かります。感覚は「うおっ、寒っ」で、観察は「寒いはずだよかべに射す光の弱さ。しかもだんだん日の暮れるに従って消えてゆくじゃあないか。」で、さかのぼって「夕方の秋風ってこうだよなあ」としみじみ思うのであった。


60

 わが影の壁にしむ夜やきりぎりす

        大島蓼太(おおしまりょうた)


 江戸中期の俳人。信州伊那の産というが、早くから江戸に住み、そこで名声を得た。前出の永福門院の歌と相通じる「しみる」感覚で詠まれた句。「きりぎりす」は古くはコウロギを指し、ここでもそれである。いつ絶えるともなく夜のしじまに鳴きつづけるコオロギを聞いている秋夜の孤愁が、「わが影の壁にしむ夜や」によくとらえられている。昔は灯火も今よりずっと暗く、夜も暗かったのだ。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 メンロパークの魔術師が夜に光をもたらしたけど、孤愁の夜の深さは変わらないと思う。

 防犯的にエジソン偉い!


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

*1:係り結びにしなかった場合、終止形ですから「影はかべに消えゆく」で、四段活用は面倒くさい。