2011-09-08
草や木にも種類の区別がある。しかしかれらは(『われらは草である』とか、『われらは木である』とか)言い張ることはない。かれらの特徴は生まれにもとづいている。(ブッダ『スッタニパーダ』601)
■ [筆記][国文][評論][折々のうた][秋歌]秋のうた を読む(その32) 
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霜は軍営(ぐんえい)に満ちて 秋気(しゅうき)清(きよ)し
数行(すうこう)の過雁(かがん) 月 三更(さんこう) 上杉謙信
十六世紀、戦国時代末期を代表する越後の名将上杉謙信の七言絶句「九月十三夜陣中の作」の起承二句。天正二年能登に遠征、遊佐弾正の七尾城を攻略した時、折からの十三夜の月に興を発し、陣中で詠じたとされている。「数行の過雁」は空をゆく数列の雁。秋になって南下してきた群れを見たのだ。「三更」は夜の十二時から二時まで。詩句は清涼、往時の武人の心ばえを示す。広く愛誦されてきたのは周知の所だろう。
大岡信『折々のうた』岩波新書
転結は、
日本の漢詩① 上杉 謙信
越山併得能州景
越山併[えつざんあわ]せ得たり
能州[のうしゅう]の景
遮莫家郷憶遠征
遮莫[さもあらばあれ]
家郷[かきょう]遠征を憶[おも]うを
全日本巻四連盟
「越後もいいけど能登もいいよね」
「故郷への思いなんて、もういいよね」
男らしすぎるから、このあと上杉家は会津→米沢と流浪の大名家になり、奥羽列藩同盟に参加して蝦夷送りになるんですよ。
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古畑(ふるはた)の岨(そば)の立木(たつき)にゐる鳩(はと)の友呼ぶこゑのすごき夕暮
西行法師
『山家集』所収。『新古今集』巻十七雑歌にも。「岨」は山の切りたった斜面。「すごき」は元来氷や雪などの冷たさが身にこたえることの形容で、そこから人の態度の冷たさを指すようになり、恐ろしい感じを言うようにもなった。西行のこの歌は、うち捨てられた荒れ畑のあるがけの立木で鳴く鳩の声を歌うが、近年乱用の気味のある「すごき」という語の語感、感触を、これほど鮮やかに言いとめた歌もまれだろう。
大岡信『折々のうた』岩波新書
形容詞「すごい」はもう80年代、90年代と21世紀では意味を変えてしまったでしょう。星新一がエッセイで「すごく」の氾濫を懸念した通りの意味の揺れを見せたのが80~90年代で、2010年代での「すごい」は強調の紋切型になって意味を失い、ましてや内面のおののきを意味することはなくなりました。

- 作者: 大岡信
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