2011-09-16
■ [筆記][国文][評論][折々のうた][秋歌]秋のうた を読む(その40) 
79
蟋蟀(こほろぎ)が深き地中を覗(のぞ)き込(こ)む
山口誓子
『七曜』(昭一七)所収。誓子は三十代後半から四十代にかけて病身だった。日本が太平洋戦争に突入してゆく時代だった。そのためか、昭和十年代の句には深沈と暗い作が多い。暮秋、衰えはてたコオロギがのぞきこむ「深い地中」ははてもなく真暗だろう。句は超現実の心象風景ともいえるが、深くうつむくコオロギを、ひとり沈思する眼中に見つめている作者の心は、暗い夜の風に吹かれて荒涼としている。不気味な力強さをもった句だ。
大岡信『折々のうた』岩波新書
「地中を覗き込む」というのは、蟻の巣でものぞいているのでしょうか。ぢっと地を見るならできますが、地中をのぞくのは、眼光紙背的な譬喩でしょう。うつむいて地中に何があるか見通そうとするが、闇しか見えない。
80
未婚の吾の夫(つま)のにあらずや海に向き白き墓碑ありて薄日あたれる
富小路禎子(とみのこうじよしこ)
『白暁』(昭四五)所収。植松寿樹に師事した戦中世代に属する歌人。同時期の作に「女ひとり住む部屋の内に秋くればなべて中に鏡顕(た)ちくる」という歌もある。未婚のまま中年になり、意志強く生きる女性に、ふと訪れる放心の中の夢想、それを、感傷とは異なる哀感をこめて歌う。海に向いて立つ一基の墓を、結婚した事もない自分の夫のものではないかと、ふと感じる心のさまよい。
大岡信『折々のうた』岩波新書
「死んだインディアンがいいインディアン」的なブラックジョーク。存在していないことが確定しているから安心して「俺の嫁」と言えてしまう心象。

- 作者: 大岡信
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2003/05/20
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