蜀犬 日に吠ゆ

2011-11-14

[][][][][]冬のうた を読む(その7) 20:42 はてなブックマーク - 冬のうた を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

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 ほのほのみ虚空(こくう)にみてる阿鼻地獄(あびぢごく)行方(ゆくへ)もなしといふもはかなし

                                源実朝(みなもとのさねとも)


 『金槐集』所収。仏教思想を短歌形式でうたう「釈教」の歌。「阿鼻地獄」は無間(むげん)地獄とも言い、極悪人がおちる地獄とされる。燃えさかる炎以外に何もない地獄の釜だ。五逆罪をおかした人間はここで焼かれつづけ、どこへ逃げようもない。実朝は鎌倉幕府の若き将軍なるがゆえに非業の死に見舞われた。下句には思いなしか、その運命の予感があるようだが、歌そのものは生きとし生けるものすべての悲しみを、詠嘆というよりはむしろ思索的に歌っている。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 兄の義家の非業の死を見ても、頼朝・義経・範頼の争う姿を見ているのです。運命の予感というというより「そういうふうにできている」と覚悟するしかなかったのではないでしょうか。

 「ほのほのみ」って何かと思ったら、「炎のみ」でしたか。


14

 はらはらと黄の冬ばらの崩れ去るかりそめならぬことの如くに

                     窪田空穂


 『老槻(おいつき)の下』(昭三五)作者はこれを作った時八十三歳。九十歳で世を去るが、老年を歌った最晩年の歌には、目をみはるようなすぐれたものがある。庭に咲く冬ばらの花が、命を終えてはらはら散るのをふと見かけた時、花の崩れゆくさまに、かりそめのものとは思えない意志のごときものを感じて、心うたれたのである。ありふれた冬の一情景も、見る人の力によって、まさにかりそめならぬものとなる。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 水をやらないとぱりぱりになるのとはまた違うんでしょうか。「崩れ去る」というのが、意志の力を感じたのか、意志の力の喪失を感じたのかは分かりませんよ。


折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)