蜀犬 日に吠ゆ

2012-11-16

[][][][][]しがねえ姿の、横綱の土俵入りでござんす。『一本刀土俵入り』講談社 21:05 はてなブックマーク - しがねえ姿の、横綱の土俵入りでござんす。『一本刀土俵入り』講談社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 入手。

劇画・長谷川 伸シリーズ 一本刀土俵入 (イブニングKC)

劇画・長谷川 伸シリーズ 一本刀土俵入 (イブニングKC)

 すばらしい。バッドエンドがきらいというか、食い詰めものがヤクザになるのは社会の方の責任でしょ?

 横綱目指して精進する。すばらしい。

 まあなれないですよ。日本一には。厳しいたたかいを勝ち抜いたからこそ日の下開山ですから。

 負けてどうする? そこから長谷川節ですよねえ。



[][][]手塚治虫は面白い~~『まんが トキワ荘物語』(祥伝社新書288) 20:23 はてなブックマーク - 手塚治虫は面白い~~『まんが トキワ荘物語』(祥伝社新書288) - 蜀犬 日に吠ゆ

 漫画作品の話ではなく、本人が面白い。沢山のエピソードがありますが、他の漫画家が描く手塚治虫が面白い。

 まず自画像

 トキワ荘入居は1953年ですから当時25歳。団子っ鼻を強調していますが他の人の手塚像には描かれていないので、相当なコンプレックスが周囲にも伝わっていたのかもしれません。


 藤子不二雄A(安孫子素雄)描くところの手塚先生。

 『まんが道 あすなろ編・立志編』『愛知り』あたりだと電撃が走ったり星雲をしょったりしなければ登場できない絶対唯一神手塚命(テヅカノミコト)ですが実録ものだと、、、なんだこれ。

 この満面の笑みで完全にAキャラになってしまっています。

 人格者や神々しいオーラはゼロ。

 しかしA先生の絵というのは、じっと見ているとジワジワしたユカイ感が心の中に盛り上がってきます。この手塚先生だって、手塚先生なんだろうけど、、、ハイテンションで与太を飛ばしているベレー帽のおじさんなわけで、文脈から切り離して面白い。


 寺田ヒロオ(テラさん)描くところの手塚先生。

 なんだこれ。

 いくら手塚先生でも「ワハハハハ」とか言いながら漫画を描いたりはしないと思うのですが、キャラクターの台詞を読み上げているのでしょうか? あと、三つ揃いのスーツでばしっと決めて作画もしないとおもう。テラさんの妄想力に脱帽ですが、さっきのA先生のキャラを見ているとこのくらいのことはしていてもおかしくないかと思ってしまう*1


 ふーちゃん、バカボンのパパ、水野英子、つのだじろうとなると手塚先生の話が出なくなる。後期新漫画党ですからねえ。年齢というより上京時期が大きく影響するのでしょうか。つのだ氏は東京なのだからもっと積極的になってもよさそうでしたが、縁というものなのですかね。


 永田竹丸先生は手塚先生を登場させません。

 世代的には交流がなくとも面識くらいはあったはずですし、だいたい掲載誌が手塚主宰の『COM』なのですから、こうして姿を描かないのは意図的であるとしか思えません。

 永田氏、坂本三郎氏が手塚先生の作品はともかく漫画の路線*2について行けず新漫画党と距離をおき、石森氏赤塚氏が上京してゆく*3。もちろんそれは漫画の発展のためによかったのですが、失ってしまったものに思いを馳せると贅沢ですが残念な気持ちです。絵本や児童書の分野にはこういう才能がすすめる余地がなかったのかしら。


 森安氏、よこたとくお、長谷邦夫、石ノ森も手塚先生を登場させていません*4。「トキワ荘=手塚治虫先生」の時代から「新人漫画の梁山泊」への転換期。藤子不二雄がトキワ荘に暮らしたのは1954年(昭和29)から1961年(同36)と7年間ですが、濃厚ですよね。『まんが道』を読むと半年に満たない両国じだいも濃厚ですけど。

 石森氏は手塚を描いていますよ。でも、これは単なる心象風景。




 今日のところはこのへんで。それでは皆さん、キャバ!キャバ!



 冒頭で「他の漫画家が描く手塚治虫が面白い。」といいましたが、結局「A先生が描く手塚先生が面白い」という話でした。「いいすいいす!」

 

*1:ついでに言うと、手塚先生は漫画家の地位向上のため外向きのイメージに気を遣い、写真を撮るときの服装などにも注意を払っておられたのでここはそれをふまえた演出なのかもしれません

*2:それは少年漫画全体の潮流でした

*3:くる、のでしょうけれど田舎の私の感覚ではゆく

*4:敬称略。石ノ森も石森氏ならよかったのですが、ペンネームを変えてしまったので仕方ありません。