蜀犬 日に吠ゆ

2013-01-10

[][][][][]冬のうた を読む(その26) 19:31 はてなブックマーク - 冬のうた を読む(その26) - 蜀犬 日に吠ゆ

 一年ぶり。

51

 いくたびも雪の深さを尋(たづ)ねけり

              正岡子規


 子規自筆稿本『寒山落木』巻五(明治二十九年の巻)所収。「病中書」と前書きある四句の一つ。この年、子規は腰痛でほとんど病床を離れ得ぬほどの重症だった。同時作に「雪ふるよ障子の穴を見てあれば」があるが、何といっても掲出句が出色。珍しいほどの大雪が降ったという戸外の景色を思いえがきつつ、何度も看護の母や妹に積雪の状態をたずねたのだ。俳句の省略された語法が、病人の心躍り、空想、憧れを表現し得て、言うに言われず深い。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 うまい俳句です。子規はさすがとしか言いようがありません。


52

 今はには何をか言はん世の常にいひし言葉ぞ我(わが)心なる

                    伴信友(ばんのぶとも)


 若狭(わかさ)国(福井県)小浜藩士。藩務で江戸や京に勤めること多年に及んだ後、辞して学問一本に専心、和漢の学を深くきわめた文化文政期最高の学者の一人。本居宣長を慕い近世考証学の雄となった。著作百余に及ぶが、平安から室町に至る神事歌、舟歌、田歌その他の雑唱を収録した『中古雑唱集』もその一つ。右はそういう大学者の辞世の歌である。辞世にもいろいろあるが、この歌の心のごときを本来の平常心というのだろう。

大岡信『折々のうた』岩波新書

 「鳥の将に死なんとするや、其の鳴くこと哀し。人の将に死なんとするや、其の言うこと善し。」(『論語』泰伯篇)の逆ですね。つねづね慎重な発言をしているので日常の現行で十分。機会を見てドラマチックにことだてする必要はない、と。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)

折々のうた (岩波新書 黄版 113)