蜀犬 日に吠ゆ

2013-03-23

[]finalvent『考える生き方』ダイヤモンド社 23:55 はてなブックマーク - finalvent『考える生き方』ダイヤモンド社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 スタッドレスタイヤをディーラーでノーマルに交換してもらっているあいだに、積ん読を潰すわけですけれども、それで前々に購入していた終風先生の自伝を読みました。沖縄に引っ越すところで、三分の一くらいでしょうか。

目次
  1. 社会に出て考えたこと 9
  2. 家族をもって考えたこと 73
  3. 沖縄で考えたこと 131
  4. 病気になって考えたこと 195
  5. 勉強して考えたこと 231
  6. 年を取って考えたこと 285
finalvent『考える生き方』ダイヤモンド社

 ここまでの感想は、(オフラインの)有名人のエッセイとかわるところがないなあ、でした。雑誌などに登場する人の本業は分からなくても、コラムなどに登場するといろいろ読むわけです。私にとってインターネットもあんまり区別はなくて、全然知らない人の近況だとか小並感想*1をおもしろがるわけです。

 こっちの都合としては、自分が終風先生のブログを読み始めたのがいつだったのか分からない。日記書いておくべきでした。

 投稿して意味不明でしたが、推敲できるホルムアルデヒドではないのであとで。

考える生き方

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[][]匈奴の使者の観察眼~~『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社 22:50 はてなブックマーク - 匈奴の使者の観察眼~~『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

容止篇 第十四

 魏の武帝(注1)が匈奴の使者を引見しようとしたとき、自分は身体が貧弱であるため(注2)、遠国を威圧するだけの貫禄がないと思い、崔季珪(注3)に身代わりをさせ、自分は刀を手にとって玉座のそばに立っていた。

 引見が終わったあと、間諜にたずねさせた。

「魏王の様子はどうだったかね」

 匈奴の使者は答えた。

「魏王はお見受けしたところ非常にりっぱな方です。だが、玉座の近くで刀を手にした人は、これこそ英雄です」

 魏の武帝はこれを聞くと、追いかけてこの使者を殺させた(注4)。


  • 魏の武帝 曹操。言語篇八節に見える。
  • 身体が貧弱であるため 『魏氏春秋』によると曹操は身体が短小であったという。
  • 崔季珪 崔琰。字は季珪。清河(山東省)の人。鄭玄(じょうげん)の弟子となり、曹操に仕えて中尉となったが、のち曹操に殺された。(『三国志』魏志一二)
  • 使者を殺させた 自分のトリックを見破られたのを恥じたためか。あるいはこのような能力ある人物を敵国に帰すことを恐れたためか。いずれにしても作り話らしい感じが強い。
『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

 もちろん作り話なのでしょう。ただ、当世(南北朝ころ)の人々には、この話の面白さというか勘所が分かっていたことでしょう。わざわざ使者を殺した理由も、説明なしに分かったのではないですかね。

 「殺した理由」は、もちろん「身代わりを立てた理由」に関連していることでしょう。あとから間諜に探りを入れさせていますからこの身代わり作戦には意図があったと考えて問題ないはずです。

 訳注をつけた森(三樹三郎)先生がはじめにいう「トリック暴露を恥じた」というのであれば、曹操は匈奴の使者との知恵比べとして身代わりを立てたのだろうということになりましょうが、名前も出てこない単なる使者が、曹操と知謀を競いますかね。曹操の「なぞなぞいたずら」というのは「闊」や「一人口」の逸話のように「みんなをからかう」イメージがあります。それで、いたずらなら、見抜かれて殺すというのもやり過ぎのように思えます。

 見抜いた匈奴の使者を「能力がある」として殺すなら、なぜ引見したのか。魏は基本、匈奴よりも烏丸と激しく争っていたので、匈奴が有能ならそれを外交的に操作した方がよいはず。この程度のすり替えを見抜くだけで危険レベルを認定していては、魏は外交なんぞできない状態になってしまいます。中華帝国が世界最高の時代ならともかく、中原に鹿を追っている最中に対外強硬姿勢すぎます。これもあまり曹操らしくない。

 わたしの考えとしては、曹操が自分の容姿にコンプレックスを持っていたというフロイト博士の説に賛成。そうしたら案に相違して見抜かれてしまい、「国家使節との会見で不義理」という汚名がのちのちの対外交渉にマイナスになるとおもって口を封じたのだと思います。

 

中国古典文学大系 (9)

中国古典文学大系 (9)

*1:小学生並の感想