蜀犬 日に吠ゆ

2013-05-31

[][][]五月三一日 一九三六年四月 20:13 はてなブックマーク - 五月三一日 一九三六年四月 - 蜀犬 日に吠ゆ

五月三一日

一九三六年四月、報知新聞社に採用されて出社した日に、編集局長に質問された。

「君は入社試験で一番だった。なぜかわかるか」と。

私が首を横に振ると局長は言った。

「面接の時に、受験者全員に同じ質問をした。君は赤い色と黒い色のどちらが好きか、と。君は、赤は世間では真心を表すとされ、黒は腹黒い感じだから、赤が好きだ、と。主席になったS君は、今の社会では赤はコミュニズム、黒はファシズムを表すとされるから、どちらも嫌いだ、と。合格者の残り八人は、何も念を押さないで色そのものの好き嫌いを言った。……駄目だねえ」と。

私は恥ずかしくて顔が赤くなった。S君と是非語り合いたいと望んだが、彼は報知新聞には一度も来なかった。出身の東京大学に懇望されて芸術教育分野で働き始めたが、まもなく結核で倒れて亡くなったと聞いた。時代の激流と組み打って働くには二つのものが必要だ。時流のにおいを鋭くかぎ分ける生活力、そして頑強な生命力。

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