蜀犬 日に吠ゆ

2013-08-31

[][][]八月三一日 領地に海岸を持つ上杉謙信が 19:06 はてなブックマーク - 八月三一日 領地に海岸を持つ上杉謙信が - 蜀犬 日に吠ゆ

八月三一日

領地に海岸を持つ上杉謙信が甲府盆地の敵将・武田信玄に「そちらの住民たちがお困りのようですから」と塩を送ったのは一五六八年のことだ。それが今日まで四世紀半も日本晴れの美談として語り継がれてきたのはなぜ? 味噌の続編も、米の連れ子もないのはなぜ? 憎しみ合う対立関係が出来てしまうと、それを和解や協力に導くのは、ほとんど不可能であろう。では、どうするか。私の個人体験を参考に述べよう。

新聞創刊の拠点として秋田県の横手町を選んだとき、そこが地主階級の牙城であることは十分承知していた。だから、そこに決めた。だから、自分らの立場・主張を鮮明に示した。そしたら、対立する側の陰険な嫌がらせや妨害はゼロだった。国政次元での政党討論会の企画などでは、保守党の方が革新派よりも熱心に協力した。ある時にこちらに特別の好意を示したので、「なぜか」と問うたら、「敵だからつぶすわけにはいかないから」と答えた。対立する相互関係をまっすぐに認めて、だからヘマはやれない。相手にも学んで前進しなければ、という態度だとしたら、それこそは状況を変える力の芽生えではないか。いま憎み合う悲劇が地上のあちこちに続発している。どうしたらいいだろうか。私が対立する立場の人たちから受けた言葉の本体を平がなで書けば、「てきだから、つぶされぬ」というたった一〇字の一句だ。この中に悲劇を他のものに変えるカギの一つが存在している。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 八月三〇日から続いくテーマ。敵対するとは、憎しみ合うことと同じなのか違うのか。何のために敵対するのかが明らかであるなら、敵対することと憎しみ合うことには違いがあるのかもしれません。

2013-08-30

[][][]八月三〇日 『たいまつ十六年』 21:34 はてなブックマーク - 八月三〇日 『たいまつ十六年』 - 蜀犬 日に吠ゆ

八月三〇日

五〇年前の経験を今はじめて語る。聞いて下さい。

『週刊たいまつ』を発行して一六年目の一九六三年一一月に『たいまつ十六年』という本を世に出した。中身は、それまで書いた文章から選んだものと活動の記録だ。本が出てしばらくしたら波紋が広がった。TBSは、たいまつ新聞社のあれこれを一か月にわたって撮影し、それをアメリカのエミー賞コンクールに出したりした。けれど本が出たばかりの時は、反応ゼロだった。その時に「あなたの出版祝賀会をやる」という知らせが、三人の名で届いた。元市長の佐々木一郎、元議長の斎藤万蔵、金融業者の前沢純治、この三氏は私の住み働く地域の行政と商工業を牛耳ってきた保守の親分だ。それが何ゆえ私を祝うのか。ためらいを覚えながら、指定された日の夕刻に、指定された場所に行った。町で一番の料亭で、参加者一五人はみな保守の人ばかり。そこで何があったか。

「本が出ておめでとう。お祝いは皆で本を買って、よく読むことだな。きょうの酒はきっと特別にうまいぞ。お互いに存分に飲んで存分にしゃべろう」

という司会者の挨拶だけでした。そして百条敷きの大広間に数人ずつ散らばって、わいわいやり出した。

私は主催者の三氏のところに行って質問した。

「あなた方は、どうしてこんな会を催して下さったのですか」

と。三人は顔を見合わせ、それから口を開いた。まるで前から申し合わせていたように同じ言葉を発音した。

「たいまつは、おらだちの敵だ。だからつぶすわけにいかぬ」と。

――あれから五〇年、この経験を誰にも言わず、書きもしないで来た。

「敵だからつぶすわけにいかない」という一句は、個人体験のエピソードとして口にするのは軽すぎると思ったからだ。でも、このままだと、一句は消えてしまう。それで今ここに書いた。あなたよ。受けとめて下さい。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 論的は論で倒す、という矜恃なのでしょうか。

2013-08-29

[][][]八月二九日 政治の立場を世間では保守革新と分断する 09:17 はてなブックマーク - 八月二九日 政治の立場を世間では保守革新と分断する - 蜀犬 日に吠ゆ

八月二九日

政治の立場を世間では保守革新と分断する。私は一貫して革新の側に立って来て、死ぬまで貫きますが、保守を軽蔑したりする気は毛頭ありません。それどころか、「学習する保守」を尊敬し、心から感謝している。その経験を披露するが、敗戦直後のことです。有楽町の新聞街にサヨナラした私は、秋田県南部の当時人口二万五〇〇〇の横手町で週刊新聞を発行し、それを軸として学習運動を組織し、自分もその中で一切を学び直す決意でした。その準備は夫婦だけでやって、計画を事前に話した他人は一人きり、横手中学時代の恩師・石坂洋次郎先生でした。東京の先生宅を訪ねて私が気持ちを打ち明けたら、石坂先生は、

「やめろ、やめろ、保守勢力が強くて文化の低い土地で、新聞なんか発行したって、半年持てば精一杯だろう。でも僕がやめろと言ったって、君はやるだろうな。創刊号にお祝いのエッセイを書こう」

と言った。その約束の石坂論文が掲載された創刊号は、一九四八年二月はじめに二〇〇〇部発行された。固定読者ゼロからの出発だ。で、どうなったか。半年ではつぶれないで、一九七八年一月まで三〇年続いた。週刊を三〇年続ければ第一五〇〇号になるはずだが、実際は第七八〇号止まりだった。経営困難に何度もおちいって、旬刊や半月刊になったからだ。家族労働でのジグザク経営をともあれ三〇年も続けられたのは、人々のおかげだ。いろんな地方、いろんな地域のいろんな組織、団体、個人たちの支えがあったればこそだ。なかでも私が「学習する保守」と呼ぶ人たちの支援はありがたかった。その人たちは物の考えや社会活動では保守の側だが、こと学習では何の敷居も設けないで何でも学ばねばならぬ、学ぼうという情熱の持ち主たちだ。そういう人たちがあちこちに点在して、新聞と地域の結びつきを支援してくれたのです。

さて結びに石坂先生のことを言う。一九八六年になくなられて間もなく横手市に石坂洋次郎記念館が出来て、石坂先生の足跡を語り続けている。それを支えているのは、まさに「学習する保守」です。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 右翼左翼もそうで、要するに議会での席順に過ぎない、というと大げさですが、保守革新でなんでも切り分けてしまうのは大雑把に過ぎると思います。

2013-08-28

[][]ひとりは星を見た。 00:31 はてなブックマーク - ひとりは星を見た。 - 蜀犬 日に吠ゆ

ひとりは泥を見た。

[][][]八月二八日 たいまつ 19:31 はてなブックマーク - 八月二八日 たいまつ - 蜀犬 日に吠ゆ

八月二八日

自分が燃えて人々の心を燃えさせる。

自分はとことん燃えて燃え尽きる・

それが、たいまつ。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

『たいまつ』はむのたけじさんの発行する新聞(雑誌?)の名称ですね。

2013-08-27

[][][]八月二七日 個人いじめ、部落差別、民族疎外がなぜ 09:04 はてなブックマーク - 八月二七日 個人いじめ、部落差別、民族疎外がなぜ - 蜀犬 日に吠ゆ

八月二七日

個人いじめ、部落差別、民族疎外がなぜいつまでもなくならないか。問題をことなかれで穏便にキレイに処理しようとしてきたからだ。だから逆効果を招いてきた。社会問題は社会問題は社会みんなで公然と毅然と、とりわけハッキリした言葉で処断せねばならぬ。そこから逃げ続けているから、問題の根っこはいつまでもなくならない。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 その、「社会みんなで」ができない状況こそ、問題の根っこではないでしょうかね。

2013-08-26

[][][][]メッセージフロムヘヴン~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 13:39 はてなブックマーク - メッセージフロムヘヴン~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

第5章 天使からのメッセージ ~天使はキューピッドではない!~

優しいだけではない天使

 天使は純粋な精神体で、天上においてはエーテル(天体の世界を構成する物質)で構成されていると考えられています。つまり、本来は肉体は持たず、姿や形やサイズが決まっているというものでもありません。ただ、地上においては物質化して人間のように見えるといった考え方です。ここが画家が天使を表現する際に難しい点であり、実際、多くの画家たちが悩んできました。だからこそ天使は、時代により画家により、女性、少年、青年、および幼時のようにさまざまな姿で表現されてきました。ですが本来、性は存在せず、中性です。

 天使(angel)は、ギリシア語で使者を意味する angelos に由来し、その名のとおり神の使者、神の意志を人間に伝えるメッセンジャーの役目を担っています。また、天使は東方の宗教から発生したともいわれており、キリスト教だけでなく、ユダヤ教やイスラム教にも登場します。イスラム教は、ユダヤ教やキリスト教と同じ系譜の宗教です。

 例えば、ユダヤ教の聖典である旧約聖書にも数々の天使にまつわるエピソードが登場します。エデンの園を守っているのも天使ですし、モーセの願いを拒絶してイスラエルの民を解放しなかったエジプトに神の制裁をもたらすため、エジプト中の初子を皆殺しにしたのも天使です。わたしたち日本人は、天使というと甘いイメージを抱きがちですが、天使は人間にとって優しいだけの存在ではありません。神様のメッセンジャーである以外にも、罪人を罰したり、神の兵士となったり、天体の運行や天地創造にかかわるなど、さまざまな役目を担っています。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

第5章 天使からのメッセージ ~天使はキューピッドではない!~

天使のヒエラルキー

 さて、天使たちにも階級が存在します。これらの階級は5世紀くらいから体系化され始め、12~13世紀に神学者たちによって確立されました。学者や宗教によって多生の違いはありますが、一般的に階級は次の全九層からなっています。

●上級天使

第1位 セラフィム(熾天使) もっとも神に近い天使。純粋な光と思考の存在。

第2位 ケルビム(智天使) 知識と仲裁の天使。旧約聖書ではエデンの園の東門の護衛役。

第3位 スロウンズ(座天使) 神の玉座を運ぶ、正義の天使。

●中級天使

第4位 ドミニオンズ(主天使) 神の意志を実行するために、さまざまな活動をする天使。

第5位 ヴァーチューズ(力天使) 地上の奇跡つかさどり、人々に恵みや勇気を与える。

第6位 パワーズ(能天使) 悪魔の侵入を阻止する天使。常に悪魔の軍勢と対峙しているため、悪魔の誘惑にさらされる機会も多く、堕天使になる可能性が最も高い。

●下級天使

第7位 プリンシパリティーズ(権天使) 地上における国や都市の守護を担う天使。人間の指導者を監視し、その信仰と正義を鼓舞する。

第8位 アークエンジェルズ(大天使) 神の意志や言葉を人間に伝達する天使。

第9位 エンジェルズ(天使) もっとも人間に近い存在の天使。人間のすべてを監視し、激励したり鼓舞したり、悪にむかう心を諫めると考えられている。

 天使は、上級位になればなるほど神の座に近く、光や炎といった霊的な存在となり、下級位になればなるほど人間に近い実体を持つようになります。そして上級、下級にかかわらず、地上に降り立った天使は地上にいる時間が長いほど実体を持つようになります。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

第5章 天使からのメッセージ ~天使はキューピッドではない!~

ところで天使は何人いるの?

 私たちがふつう「天使」と呼んでいるのは、いちばん階級の低い、文字どおりの天使です。よくガーディアンエンジェル(守護天使)などという言葉を聞きますが、この守護天使のカルトが盛んになったのは16世紀から17世紀です。

(略)

 そして現在、ローマ・カトリック教会は天使の存在を認めていますが、階級については言及していませんし、名前をつけているのは3人だけです。聖書にもしばしば登場し、したがって宗教画にもよく描かれる大天使ミカエル、大天使ガブリエル、大天使ラファエルです。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

 エンジェルって、「~人」で数えるものなのでしたか。


名画の言い分 (ちくま文庫)

名画の言い分 (ちくま文庫)



[][]孤独の誕生~~橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリー 23:35 はてなブックマーク - 孤独の誕生~~橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリー - 蜀犬 日に吠ゆ

変貌を論ず

 自然の災害で被害に遭うのは、多く農業・漁業の第一次産業に従事している人たちだ。表現に憚りがあれば謝るが、こうした産業は、今や「見捨てられた産業」になりつつある。現に、農業・漁業を中心とする地方の多くは「過疎の土地」なのだから。見捨てられて過疎となり、しかし統計的には「暮らしやすい土地」になっている地方はいくらでもある。日本人は今や、そのように「豊か」で「寂しい」。

 「”自分”はある。その”自分”は生きて生活をしている。しかしその生活自体は、とうの昔に見捨てられたものとなっている」――こういう構図が、どこかにあるのではないか? 都市のマスコミに照らし出されるような生活をしている都市生活者達は、いつも他人の目を意識している。しかしそんなスポットを当てられない人達にとって、自分達の”生活”は、初めから「見捨てられたもの」だ。もしそうであるのなら、その”生活”が奪われたとしても、奪われた人間は冷静でいられる。

 「ともかく”自分”はあって、とうの昔に見捨てられていたような感じのしていた”生活”が、今この時、遂になくなってしまった」と思えばよいのだから。それが、今の日本人の”冷静”の正体のような気がする。

橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリ

 地方が崩壊する仲で、頼るものは国になっていく。

男達はどこへ行ったか?

 日本の男は、流行には弱いが、しかし流行には強い。意外なことに、日本の男は思想的な流行には弱いが、ファッションの流行には強いのである。その”強い”は、容易に流行に冒されないということである。なぜならば、日本の昔の男達は、ファッションに疎かった。流行に冒されたいと思っても、その流行に乗れるだけの土台がないのだ。だから、日本の男達はみんな、表層の流行を”思想的な流行”に翻訳しなおして受け入れる。そういうものだけが、日本の男達の間で”流行”となるのである。

橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリ

 食事についても似たようであると思います。好き嫌いですんでしまうことに理窟と膏薬をべたべた貼り付けて喜ぶ有様は、あれで「思想を語」っているつもりなのでしょうね。漫画などももうそろそろこの範疇に入ったといえましょう。

浮上せよと活字は言う (平凡社ライブラリー)

浮上せよと活字は言う (平凡社ライブラリー)


[][]「個」と「孤」~~橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリー 23:35 はてなブックマーク - 「個」と「孤」~~橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリー - 蜀犬 日に吠ゆ

 何度も繰り返しますが私は断然写真植字派。

目次

啓蒙を論ず 9

厳粛を嘆ず 39

改めて啓蒙を論ず 55

愚蒙を排す 69

退廃を論ず 103

断絶を論ず 117

更に断絶を論ず 131

三度断絶を論ず 147

変貌を論ず 183

男達はどこへ行ったか? 183

出版を論ず 221

物語の行方

産業となった出版に未来を発見してもしかたがない 271

いつも逸脱してしまう 289

平凡社ライブラリー版あとがき 295

橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリ
物語の行方

 主義は、なぜ生まれるのだろう? それは、利権を望む人間集団があるからだ。人は、集団に属することによって、自分というものを曖昧にすることが可能になる。「集団の原理は自分の原理を代行してくれるのだ」と思えば、人はやすやすと自分を捨てる。その最たるものは、「機構だけあって人間がいない官僚主義」と呼ばれるようなものだ。最も美しい官僚主義のことを、あるいは人は「国家主義」というのかもしれない。

 そして、人は既に十分に心細く、如何なる組織も、人を満足させてはくれない。自分というものが脆弱な人間は、集団組織の中に紛れ込み、そしてその人間の脆弱さが、その集団機能を低下させて行く。会社国家日本は、自分というものが曖昧な”会社人間達”によって支えられ、その会社人間達は、会社人間でしかないことによって、会社国家日本を滅ぼす。

 集団によるしかないものが集団を維持する能力を失ったらどうなるのだろう?

 そこにあるものは”集団”という外郭だけを強く保って、そのままその内部を空想化させていく崩壊だけだ。農村の過疎も、人口流出による都市の空洞化も、原因はどちらも同じものだと、私は思う。”家族”なり”共同体”なりの維持ばかりを考えて、外郭を厚くした人間達は、そこから”それぞれの自分”という”人間”を追ったのだ。

 集団生活を営む人間の歴史は古い。がしかし、集団と距離を置いて「孤独」なる生き方を選んだ人間達の歴史も、その集団の歴史と同じように古い筈だ。人間とは、そうした形で、”人間であること”の意味を提出し続けるものなのだろう。

橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリ
浮上せよと活字は言う (平凡社ライブラリー)

浮上せよと活字は言う (平凡社ライブラリー)


[][][][]キリスト教教会とギリシア・ローマの神々~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 13:03 はてなブックマーク - キリスト教教会とギリシア・ローマの神々~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

第2章 フィレンツェに咲いたルネサンスの華

美術の力で国民の士気高揚

人間、裕福になりますと、苦しいときの神頼みということがなくなってきます。中世の頃、ヨーロッパの人々は神様にがんじがらめにされていました。もう、神様に束縛されるのはこりごりだ、現世を楽しもうじゃないか、マンジャーレ(たべよう)、カンターレ(歌おう)、アマーレ(愛し合おう)と、再び人間中心の時代となっていくわけです。そこで、同じように人間中心の時代だったギリシア・ローマ時代に非常に興味を抱くようになりました。

 人間というのは、いつの時代もどこの国でも、裕福になると必ず同じことをします。何をするかというと、骨董品の収集です。それまでは中世のキリスト教関連のものばかりを集めていた人々が、しかめっ面をしたマリア様よりは美しいマリア様、それにやはり愛と美の女神ヴィーナスがステキじゃないのと、ギリシア・ローマ時代の骨董品を集めるようになっていきます。

 (略)

 フィレンツェの人々はそのギリシアに憧れ、その文明を継承したより身近なローマにあこがれます。ギリシア・ローマ時代の人文学、美術、神々をリナーシタ=再生しようとしていきます。このリナーシタ=再生するという言葉から、この一連の運動が19世紀のフランスでルネサンス(文芸復興運動)と呼ばれるようになりました。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

 「マンジャーレ(たべよう)、カンターレ(歌おう)、アマーレ(愛し合おう)」、カラオケボックスみたい。

第2章 フィレンツェに咲いたルネサンスの華

キリスト教人文主義の象徴『プリマヴェーラ』

 ただし、当時の社会はキリスト教教会が牛耳っていましたので、事はそう簡単ではありませんでした。古代の神々を復活させたからといって、キリスト教徒であることは変わりませんでした。今の日本のようにお宮参りは神社で、結婚式は教会で、お葬式は仏式で……というわけにはいかなかったのです。

 ギリシア・ローマ時代というのは、キリスト教から見れば、異端の神々を信仰していた時代です。中世の間は否定されていました。それを現実的な商人層が中心であったフィレンツェの人々は、

「確かにギリシア・ローマの人々は異端の神を信仰していました。でお、それは仕方がないでしょう。だって、イエス・キリストのお生まれになる前の時代の人々なのだから。ギリシア・ローマが自分達の偉大な文明のルーツであることに変わりはないのだから」

 と、都合のいい理由とともに、ギリシア・ローマ時代を肯定したのです。

 このようにしてギリシア・ローマ時代の学問、美術、神々がリナーシタ=再生されていきました。ただし、あくまでもキリスト教徒として、です。これを「キリスト教人文主義」といいます。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

第2章 フィレンツェに咲いたルネサンスの華

ルネサンスの精神を高らかに宣言した墓廟

 ところで、そのギリシア人やローマ人は、天国に行ったのでしょうか、それとも地獄でしょうか。異教の人々ですから、天国には行けません。けれど、自分たちの文明のルーツなのですから地獄に行かれても困るのです。そこで、煉獄という概念が強く打ち出されます。地獄ではないのだけれど、天国でもないところ、罪を浄化するために留まる天国の手前の場所といったところです。

 フィレンツェの詩人ダンテは、すでに14世紀初頭に『神曲』で煉獄を案内していました。免罪符も、地獄や煉獄の概念が明確になることで売れていきます。ただし皮肉にも、後年、それは理に適わないということで、マルティン・ルターの宗教改革につながっていきます。

 『神曲』はラテン語ではなく、トスカーナ地方の方言で書かれています。そのためにダンテは、国民文学の祖とも呼ばれています。その後、この流れは全ヨーロッパに広がり、各国で国民文学が発達した結果、お国言葉が整理され、フランス語も英語もそれぞれの国語として確立していったのでした。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫


名画の言い分 (ちくま文庫)

名画の言い分 (ちくま文庫)

2013-08-25

[][][]八月二五日 面白いと他人に誘われて、一緒して 08:55 はてなブックマーク - 八月二五日 面白いと他人に誘われて、一緒して - 蜀犬 日に吠ゆ

八月二五日

面白いと他人に誘われて、一緒して、なるほど面白いと感じたことはほとんどなかった。面白く感じる反応は、自分自身で発見した興奮ではないか。としたら、人は自分で面白いと感じる対象に自分で責任を持たねばなるまい。同様に、自分で面白くないと感じたものに対して、単にそれを無視したり放棄したりするのではなく、なぜそれが面白くないか、その理由を考えて、対処せねばなるまい。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

2013-08-24

[]『新世界樹の迷宮』ATLUS (その3.1) 23:35 はてなブックマーク - 『新世界樹の迷宮』ATLUS (その3.1) - 蜀犬 日に吠ゆ

  • ミッション「エトリアの怪異を追え!」
    • グラズヘイムでフレドリカと出会い、ミズガルズ図書館の調査員とギルドを結成。
  • ミッション「ハイランダーへの試練」
    • 世界樹の迷宮1Fの地図を作成。
    • 余裕です。
  • クエストが捗る
    • しかしミッションがでない。
    • またオーヴァーレヴェルで無駄足踏んでいるパターンでしょうか?
    • クエストも尽きてしまいました。

2013-08-23

[][][]八月二三日 人間は本気になると 08:52 はてなブックマーク - 八月二三日 人間は本気になると - 蜀犬 日に吠ゆ

八月二三日

人間は本気になると姿勢がまっすぐになる。相手と真っ正面から向き合う。何かを相談するにも、女と男が仲良くするにも。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

2013-08-22

[][][]八月二二日 励まされる側 08:51 はてなブックマーク - 八月二二日 励まされる側 - 蜀犬 日に吠ゆ

八月二二日

励まされる側が励ます側に転化する。社会にとって、それこそ何よりの励ましだ。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

2013-08-21

[]「新世界樹の迷宮」アトラス(その3.0) 23:25 はてなブックマーク - 「新世界樹の迷宮」アトラス(その3.0) - 蜀犬 日に吠ゆ

 動画が見られない。先週のわたしは嘘つきなのか。

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[][][]八月二一日 20:30 はてなブックマーク - 八月二一日 - 蜀犬 日に吠ゆ

八月二一日

戦時中、軍の輸送船でボルネオ海を渡ったとき、ひどい嵐にぶつかった。泳げない私は死ぬしかないと腹を決めたら、不思議と心は落ちついていた。けれど最後に残った残念・無念は、この私が、いつ、どこで、何ゆえ、どんな有り様で死んでいくか。それと妻と子らに知らせる術が無いことだった。戦場で死んだ多くの人たちは同じ思いでなかったろうか。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

2013-08-20

[][][]八月二〇日 相手に責任を持たせない 20:30 はてなブックマーク - 八月二〇日 相手に責任を持たせない - 蜀犬 日に吠ゆ

八月二〇日

相手に責任を持たせない。責任はすべて担う。この決意が「愛する」の心棒だ。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

2013-08-19

[]「新世界樹の迷宮」アトラス(その3) 00:19 はてなブックマーク - 「新世界樹の迷宮」アトラス(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

 わかったこと。動画は保存されて見なおせる。

 ここでギルド名を決めて本格的に旅立つ!

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[][][]八月一九日 人間の交際は 20:23 はてなブックマーク - 八月一九日 人間の交際は - 蜀犬 日に吠ゆ

八月十九日

人間の交際は、多くの場合に好き嫌いで左右されている。好き嫌いを抜きにした人間の結びつきは無比の価値を持つ。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

損得、好悪の情は人間のコミュニケーションの基礎的部分ですが、それは部分にすぎない。

2013-08-18

[][][]八月一八日 つなぐ、むすぶ、くむ、くませる、あう、あわせる 20:02 はてなブックマーク - 八月一八日 つなぐ、むすぶ、くむ、くませる、あう、あわせる - 蜀犬 日に吠ゆ

八月十八日

つなぐ、むすぶ、くむ、くませる、あう、あわせる……と動詞はあっても、主語がいなければ、空っぽだ。キズナの千切れを嘆く前に手足を動かしたら、いかが。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

つながろうとすれば、つながらない、あわせろと命じるうちは、あわない。

2013-08-17

[][][]八月一七日 友情が深まると 21:38 はてなブックマーク - 八月一七日 友情が深まると - 蜀犬 日に吠ゆ

八月十七日

友情が深まると、自分のことより友のことを重く思うようになる。それが友情ですね。その友情は咲き続けて大きく実を結ぶこともあれば、早く散ることもある。人と人を結ぶ絆もまたしかり。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

散ったとしても、友情があったということが、重い意味を持つ。

2013-08-16

[][][]八月十六日 合わせるから合う 19:37 はてなブックマーク - 八月十六日 合わせるから合う - 蜀犬 日に吠ゆ

八月十六日

農民は土地に合わせて田畑を作る。合うから合わせるのではなく、合わせるから合うのだ。人と人のつながりも同じだ。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

向こうの人にも合わせてもらいたい。

2013-08-15

[][][]八月一五日 人と人との相互関係は 16:52 はてなブックマーク - 八月一五日 人と人との相互関係は - 蜀犬 日に吠ゆ

八月一五日

人と人との相互関係は、目的が何であれ、組織の規模がどうであれ、一対一が原則です。原理です。いつでも、何でも、どこでも、何のためでも、一対一の対等であるのが当然です。そこを裏切ると、人間そのものを裏切る。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

2013-08-14

[][][]八月一四日 ケンカはなるべくするな 16:47 はてなブックマーク - 八月一四日 ケンカはなるべくするな - 蜀犬 日に吠ゆ

八月一四日

ケンカはなるべくするな。私は青少年期に同輩と二度ケンカした。相手はどちらも私よりずっと頑丈だった。それでも策略をめぐらしてぶつかった。そして私が勝つ前に、相手に「おまに負けた」と言わせた。相手に「おれが負けた」と言わせるのが、ケンカの極意でないか。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

2013-08-13

[][][]八月一三日 相手の心情で 16:50 はてなブックマーク - 八月一三日 相手の心情で - 蜀犬 日に吠ゆ

八月一三日

相手の心情で相手の問題を考える。だから相手を裏切らない。それが友情だ。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

2013-08-12

[][][]八月一二日 ラブレターを書きたいという 16:31 はてなブックマーク - 八月一二日 ラブレターを書きたいという - 蜀犬 日に吠ゆ

八月一二日

ラブレターを書きたいという人に出会った。オメデトウと一〇〇回も言ってやりたかった。

全身全霊を込めて正直に愛の手紙を書きなさい。すると、あなたの体内は大掃除をしたように清潔になり、そして文章を書くことについて最高の学習を経験します。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

もちろん文章の鍛錬のために恋文を認(したた)めるのではないでしょう。しかし、仮令(たとひ)失恋に終わっても、心が恋の炎で浄化されたことを感じろ、というのでしょうか。よくわかりません。

一方で、王陽明先生の言葉。

伝習録 下巻 三三

 或る門人が、その友人の旅立ちを送る文をつくったあとで、先生に問うた。

「文章をつくるときには、思いのかぎりをこらすため、書き終わったあとも、二、三日は頭にきざみこまれたままですが、これはどうお考えになりますか」

 いう、「文章に思索をめぐらすこと自体に害はないが、ただ書き終わってしまってからも頭からはなれないというのは、文章というものにこりかたまって、心の中に一つの物が付着することで、これはよくない」

 また或るものが人を送る詩をつくった。先生がその詩を読み終わって、その人にいう、「およそ文章をつくる場合は、自分が実感できる範囲に即してしなければならない。もしあまりにそれを超えたことをいうと、それは『辞(ことば)をよく修(ととの)えて誠を立(つらぬ)きとおす』(『易経』乾卦、文言伝)ことに反する」

王陽明『伝習録』中公クラシックス
伝習録 (中公クラシックス)

伝習録 (中公クラシックス)

2013-08-11

[]「新世界樹の迷宮」アトラス(その2) 23:10 はてなブックマーク - 「新世界樹の迷宮」アトラス(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

 謎の遺跡グラズヘイムを探索させられて、フレドリカにあいました。

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[][][]八月一一日 好きか嫌いか 20:00 はてなブックマーク - 八月一一日 好きか嫌いか - 蜀犬 日に吠ゆ

八月一一日

好きか嫌いか言いにくい場合がある。だからこそ、どちらであるかを初めにはっきり言おう。でないと帳尻の違いが大きくなる。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

♪好きとか、嫌いとか~

閑話休題(それはさておき)

first impression にこだわりすぎても問題ですが。

2013-08-10

[][][]八月十日 好きと嫌い 19:53 はてなブックマーク - 八月十日 好きと嫌い - 蜀犬 日に吠ゆ

八月十日

好きと嫌いは人の環状反応で最も数が多くて、しかも人間関係の出発であって、到達だ。好きになるべきものを好きになれば、生活が晴れる。嫌うべきものを嫌わないと雨に打たれる。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

♪好きとか、嫌いとか~

閑話休題(それはさておき)

八月九日のことばと組み合わせると、「嫌われまいと配慮する人を見抜け」となるのでしょうか? 八方美人をむのさんは嫌いそうですけど……

2013-08-09

[][][]八月九日 それより前に 19:45 はてなブックマーク - 八月九日 それより前に - 蜀犬 日に吠ゆ

八月九日

人に好かれようと気をもむな。それより前に、人に嫌われないよう心掛けよ。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

わが身を振り返るに、「おれは結構人に好かれている」「愛されているからこのくらい大丈夫だろう」の方が、つまらない失敗の元になっている気がします。嫌われないように心掛けることの大切さよ、嗟。

2013-08-08

[]「新世界樹の迷宮」アトラス(その1.2) 23:10 はてなブックマーク - 「新世界樹の迷宮」アトラス(その1.2) - 蜀犬 日に吠ゆ

 1Fの地図を作成しましたよ。

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[]「新世界樹の迷宮」アトラス(その1.1) 23:10 はてなブックマーク - 「新世界樹の迷宮」アトラス(その1.1) - 蜀犬 日に吠ゆ

 スキルポイントに注意を受けました。

 主人公が槍縛りかああああああ。

 そういうのが受ける時代なのでしょうね。むしろ主人公がどんな職業でもいい、というのが世界樹の魅力だったのに……。

 いけない。「古き良き」を回顧する老害になりつつあります。


[]「新世界樹の迷宮」アトラス(その1) 23:10 はてなブックマーク - 「新世界樹の迷宮」アトラス(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

 「standard」で開始します。

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[][][]八月八日 スポーツ競技での友好親善 19:43 はてなブックマーク - 八月八日 スポーツ競技での友好親善 - 蜀犬 日に吠ゆ

八月八日

スポーツ競技での友好親善といった言葉に接すると、首をかしげる。人々の間に親しい友情を育てたいと本気で望むなら、人々の思いが同じ波長で同じ方向に進むことを心掛けねばなるまい。ところがスポーツは、勝敗を争う行事だ。事が終われば、半分の敗北を他の半分が喜ぶことになる。口では何を言っても、行事そのものは人の心を両断する。それがどこまで真実の友好、親善の役に立つか。……美辞麗句に酔うまい。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 だから「No Side」の精神が尊ばれるわけでしょう。

 同じことを夫子もおっしゃっておりますが、

47 子曰。君子無所争。必也射乎。揖譲而升。下而飲。其争也君子

 子曰く、諸君は勝負事をせぬがよい。もしするならば弓術だ。場に上る時には丁寧に礼儀をつくし、終ってから敗けた方が酒を飲まされる。勝っても負けても公明正大な競争だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 罰杯が悪用される情景が目に浮かぶ……殷鑑遠からじ

2013-08-07

[][][]八月七日 勝つ理由と負ける理由 19:34 はてなブックマーク - 八月七日 勝つ理由と負ける理由 - 蜀犬 日に吠ゆ

八月七日

勝つ理由と負ける理由とは重なるが、符合しない。だから勝った者は、自分の負かした相手が、なぜ負けたかを真剣に学ばねばならぬ。でないと、やがて必ず自らが敗者となる。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 「勝つ理由と負ける理由とは重なるが、符合しない。」確かにその通りですね。人は、勝者の中に学ぶべきものを見出そうとしますが、そこに答えはなく、同じように敗者の中にもない。

 勝利の中で、敗者のことを分析した『ガリア戦記』は挫折して積ん読ですが、きちんと読まねばならないのでしょうかね。

2013-08-06

[][][]八月六日 苦しみ悩む人をみて 19:30 はてなブックマーク - 八月六日 苦しみ悩む人をみて - 蜀犬 日に吠ゆ

八月六日

苦しみ悩む人をみて、気の毒だと走り寄っていたわる。その光景を見て、人々は「同情は美徳」という。本当にそうか。いたわる人は、やがて自分のいたわっている相手と自分とをつなげて考える。そして、「私はどのようなことがあっても、この人のような有り様にはならない」と相手と自分をと切断した時に安心して涙をこぼしながら、相手を一層いたわる。同情心は人と人との連帯を育てるものではなく、実は切断して切断しないフリをするものではないか。人と人の連帯を欲するなら、最初から一筋に連帯を通さないといけないのではないか。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 そういうこともあるでしょうけど、それは同情と呼ばないのではないでしょうか。

2013-08-05

[][][]八月五日 人間たちの連帯 19:25 はてなブックマーク - 八月五日 人間たちの連帯 - 蜀犬 日に吠ゆ

八月五日

人間たちの連帯、人間たちの合作を絵に描けば抱擁だ。抱いて抱かれて、抱かれつ抱きつ、その時に人間の力は満ちて燃え上がる。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 これも、対立と一対の話の続き?

2013-08-04

[][][]八月四日 古事記は粋なロマンですな 19:23 はてなブックマーク - 八月四日 古事記は粋なロマンですな - 蜀犬 日に吠ゆ

八月四日

古事記は粋なロマンですな。語り始めは、男神と女神との出会いですな。天上で仲良くなって、なりなりて余りたるものと、なり足らざるものとを合わせて体を動かしたら、液体がたらりたらりと海に垂れ落ちて島々になった、と言う。日本人はこんな建国物語を一三〇〇年も抱きかかえてきた。現状はどうですか。あれこれ、つべこべ言うまい。お互いに古事記という書物の上に右手と左手を乗せて、プラスとマイナスで何ができるかを考えてみよう。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 これも、対立と一対の話の続き?

2013-08-03

[][][]八月三日 女と男のいたわり合いに 19:10 はてなブックマーク - 八月三日 女と男のいたわり合いに - 蜀犬 日に吠ゆ

八月三日

女と男のいたわり合いに、よそ行き言葉は有害だ。普段の普通の言葉、通常の振る舞いが最もよい。安心してプラス・アルファを産む。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 むの先生、日本語は状況に応じる言語なので、「普段の普通の言葉」、それが結構難しいのではないでしょうか。

2013-08-02

[][][]八月二日 歌舞伎座の再建のニュース 19:07 はてなブックマーク - 八月二日 歌舞伎座の再建のニュース - 蜀犬 日に吠ゆ

八月二日

歌舞伎座の再建のニュースを聞いていたら、親友の顔をふと思い出した。東京外国語学校に入学したときに隣席にすわった前橋市出身の江原武君だ。私の好きでない高級軍人の子息と聞いて、最初の一学期はろくに口をきかなかった。でも、夏休みに、ふと手紙をやりとりしたら親しみを覚えた。けれど物の考えや趣味は違っていた。私が歌舞伎見物なんてブルジョワ趣味だと言ったら、彼は私を立ち見席の見物に何度も誘って私を歌舞伎ファンに変えた。それだけではない。

「君は外語なんてやめて歌舞伎の長唄の師匠に弟子入りしなさいよ。きっと一家を成してメシを食えよう」と勧めてきた。彼と私には相違や差異はいろいろあったが、だから対立するのでなく、一対の結びつきになれると教えてくれた。

江原君は太平洋戦争の直前に鉄道省の職員としてアルゼンチンに行き、そのままそこで亡くなった。私との直の交際は短期間でしたが、現在も一番の親友だ。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

 昨日の話からつづくのですね。

 相容れないもの同士が一対になる。お互いに歩み寄りなんかしなくても、そのままで確固とした「一対」になれると言うことでしょうか。

2013-08-01

[][][]八月一日 対立を一対へ 19:00 はてなブックマーク - 八月一日 対立を一対へ - 蜀犬 日に吠ゆ

八月一日

対立を一対へ。敵対を和解へ。違っていて別だからこそわかり合えて結びつくことがある。

その道をうんと開拓しよう。様子がガラリと変わる。

むのたけじ『一日一言』岩波新書
99歳一日一言 (岩波新書)

99歳一日一言 (岩波新書)

「和を以て貴しとなす」なのでしょうか。それともヘーゲル流に対立をアウフヘーベンしろというのでしょうか。