蜀犬 日に吠ゆ

2013-08-26

[][][][]メッセージフロムヘヴン~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 13:39 はてなブックマーク - メッセージフロムヘヴン~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

第5章 天使からのメッセージ ~天使はキューピッドではない!~

優しいだけではない天使

 天使は純粋な精神体で、天上においてはエーテル(天体の世界を構成する物質)で構成されていると考えられています。つまり、本来は肉体は持たず、姿や形やサイズが決まっているというものでもありません。ただ、地上においては物質化して人間のように見えるといった考え方です。ここが画家が天使を表現する際に難しい点であり、実際、多くの画家たちが悩んできました。だからこそ天使は、時代により画家により、女性、少年、青年、および幼時のようにさまざまな姿で表現されてきました。ですが本来、性は存在せず、中性です。

 天使(angel)は、ギリシア語で使者を意味する angelos に由来し、その名のとおり神の使者、神の意志を人間に伝えるメッセンジャーの役目を担っています。また、天使は東方の宗教から発生したともいわれており、キリスト教だけでなく、ユダヤ教やイスラム教にも登場します。イスラム教は、ユダヤ教やキリスト教と同じ系譜の宗教です。

 例えば、ユダヤ教の聖典である旧約聖書にも数々の天使にまつわるエピソードが登場します。エデンの園を守っているのも天使ですし、モーセの願いを拒絶してイスラエルの民を解放しなかったエジプトに神の制裁をもたらすため、エジプト中の初子を皆殺しにしたのも天使です。わたしたち日本人は、天使というと甘いイメージを抱きがちですが、天使は人間にとって優しいだけの存在ではありません。神様のメッセンジャーである以外にも、罪人を罰したり、神の兵士となったり、天体の運行や天地創造にかかわるなど、さまざまな役目を担っています。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

第5章 天使からのメッセージ ~天使はキューピッドではない!~

天使のヒエラルキー

 さて、天使たちにも階級が存在します。これらの階級は5世紀くらいから体系化され始め、12~13世紀に神学者たちによって確立されました。学者や宗教によって多生の違いはありますが、一般的に階級は次の全九層からなっています。

●上級天使

第1位 セラフィム(熾天使) もっとも神に近い天使。純粋な光と思考の存在。

第2位 ケルビム(智天使) 知識と仲裁の天使。旧約聖書ではエデンの園の東門の護衛役。

第3位 スロウンズ(座天使) 神の玉座を運ぶ、正義の天使。

●中級天使

第4位 ドミニオンズ(主天使) 神の意志を実行するために、さまざまな活動をする天使。

第5位 ヴァーチューズ(力天使) 地上の奇跡つかさどり、人々に恵みや勇気を与える。

第6位 パワーズ(能天使) 悪魔の侵入を阻止する天使。常に悪魔の軍勢と対峙しているため、悪魔の誘惑にさらされる機会も多く、堕天使になる可能性が最も高い。

●下級天使

第7位 プリンシパリティーズ(権天使) 地上における国や都市の守護を担う天使。人間の指導者を監視し、その信仰と正義を鼓舞する。

第8位 アークエンジェルズ(大天使) 神の意志や言葉を人間に伝達する天使。

第9位 エンジェルズ(天使) もっとも人間に近い存在の天使。人間のすべてを監視し、激励したり鼓舞したり、悪にむかう心を諫めると考えられている。

 天使は、上級位になればなるほど神の座に近く、光や炎といった霊的な存在となり、下級位になればなるほど人間に近い実体を持つようになります。そして上級、下級にかかわらず、地上に降り立った天使は地上にいる時間が長いほど実体を持つようになります。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

第5章 天使からのメッセージ ~天使はキューピッドではない!~

ところで天使は何人いるの?

 私たちがふつう「天使」と呼んでいるのは、いちばん階級の低い、文字どおりの天使です。よくガーディアンエンジェル(守護天使)などという言葉を聞きますが、この守護天使のカルトが盛んになったのは16世紀から17世紀です。

(略)

 そして現在、ローマ・カトリック教会は天使の存在を認めていますが、階級については言及していませんし、名前をつけているのは3人だけです。聖書にもしばしば登場し、したがって宗教画にもよく描かれる大天使ミカエル、大天使ガブリエル、大天使ラファエルです。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

 エンジェルって、「~人」で数えるものなのでしたか。


名画の言い分 (ちくま文庫)

名画の言い分 (ちくま文庫)



[][]孤独の誕生~~橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリー 23:35 はてなブックマーク - 孤独の誕生~~橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリー - 蜀犬 日に吠ゆ

変貌を論ず

 自然の災害で被害に遭うのは、多く農業・漁業の第一次産業に従事している人たちだ。表現に憚りがあれば謝るが、こうした産業は、今や「見捨てられた産業」になりつつある。現に、農業・漁業を中心とする地方の多くは「過疎の土地」なのだから。見捨てられて過疎となり、しかし統計的には「暮らしやすい土地」になっている地方はいくらでもある。日本人は今や、そのように「豊か」で「寂しい」。

 「”自分”はある。その”自分”は生きて生活をしている。しかしその生活自体は、とうの昔に見捨てられたものとなっている」――こういう構図が、どこかにあるのではないか? 都市のマスコミに照らし出されるような生活をしている都市生活者達は、いつも他人の目を意識している。しかしそんなスポットを当てられない人達にとって、自分達の”生活”は、初めから「見捨てられたもの」だ。もしそうであるのなら、その”生活”が奪われたとしても、奪われた人間は冷静でいられる。

 「ともかく”自分”はあって、とうの昔に見捨てられていたような感じのしていた”生活”が、今この時、遂になくなってしまった」と思えばよいのだから。それが、今の日本人の”冷静”の正体のような気がする。

橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリ

 地方が崩壊する仲で、頼るものは国になっていく。

男達はどこへ行ったか?

 日本の男は、流行には弱いが、しかし流行には強い。意外なことに、日本の男は思想的な流行には弱いが、ファッションの流行には強いのである。その”強い”は、容易に流行に冒されないということである。なぜならば、日本の昔の男達は、ファッションに疎かった。流行に冒されたいと思っても、その流行に乗れるだけの土台がないのだ。だから、日本の男達はみんな、表層の流行を”思想的な流行”に翻訳しなおして受け入れる。そういうものだけが、日本の男達の間で”流行”となるのである。

橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリ

 食事についても似たようであると思います。好き嫌いですんでしまうことに理窟と膏薬をべたべた貼り付けて喜ぶ有様は、あれで「思想を語」っているつもりなのでしょうね。漫画などももうそろそろこの範疇に入ったといえましょう。

浮上せよと活字は言う (平凡社ライブラリー)

浮上せよと活字は言う (平凡社ライブラリー)


[][]「個」と「孤」~~橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリー 23:35 はてなブックマーク - 「個」と「孤」~~橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリー - 蜀犬 日に吠ゆ

 何度も繰り返しますが私は断然写真植字派。

目次

啓蒙を論ず 9

厳粛を嘆ず 39

改めて啓蒙を論ず 55

愚蒙を排す 69

退廃を論ず 103

断絶を論ず 117

更に断絶を論ず 131

三度断絶を論ず 147

変貌を論ず 183

男達はどこへ行ったか? 183

出版を論ず 221

物語の行方

産業となった出版に未来を発見してもしかたがない 271

いつも逸脱してしまう 289

平凡社ライブラリー版あとがき 295

橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリ
物語の行方

 主義は、なぜ生まれるのだろう? それは、利権を望む人間集団があるからだ。人は、集団に属することによって、自分というものを曖昧にすることが可能になる。「集団の原理は自分の原理を代行してくれるのだ」と思えば、人はやすやすと自分を捨てる。その最たるものは、「機構だけあって人間がいない官僚主義」と呼ばれるようなものだ。最も美しい官僚主義のことを、あるいは人は「国家主義」というのかもしれない。

 そして、人は既に十分に心細く、如何なる組織も、人を満足させてはくれない。自分というものが脆弱な人間は、集団組織の中に紛れ込み、そしてその人間の脆弱さが、その集団機能を低下させて行く。会社国家日本は、自分というものが曖昧な”会社人間達”によって支えられ、その会社人間達は、会社人間でしかないことによって、会社国家日本を滅ぼす。

 集団によるしかないものが集団を維持する能力を失ったらどうなるのだろう?

 そこにあるものは”集団”という外郭だけを強く保って、そのままその内部を空想化させていく崩壊だけだ。農村の過疎も、人口流出による都市の空洞化も、原因はどちらも同じものだと、私は思う。”家族”なり”共同体”なりの維持ばかりを考えて、外郭を厚くした人間達は、そこから”それぞれの自分”という”人間”を追ったのだ。

 集団生活を営む人間の歴史は古い。がしかし、集団と距離を置いて「孤独」なる生き方を選んだ人間達の歴史も、その集団の歴史と同じように古い筈だ。人間とは、そうした形で、”人間であること”の意味を提出し続けるものなのだろう。

橋本治『浮上せよと活字は言う』平凡社ライブラリ
浮上せよと活字は言う (平凡社ライブラリー)

浮上せよと活字は言う (平凡社ライブラリー)


[][][][]キリスト教教会とギリシア・ローマの神々~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 13:03 はてなブックマーク - キリスト教教会とギリシア・ローマの神々~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

第2章 フィレンツェに咲いたルネサンスの華

美術の力で国民の士気高揚

人間、裕福になりますと、苦しいときの神頼みということがなくなってきます。中世の頃、ヨーロッパの人々は神様にがんじがらめにされていました。もう、神様に束縛されるのはこりごりだ、現世を楽しもうじゃないか、マンジャーレ(たべよう)、カンターレ(歌おう)、アマーレ(愛し合おう)と、再び人間中心の時代となっていくわけです。そこで、同じように人間中心の時代だったギリシア・ローマ時代に非常に興味を抱くようになりました。

 人間というのは、いつの時代もどこの国でも、裕福になると必ず同じことをします。何をするかというと、骨董品の収集です。それまでは中世のキリスト教関連のものばかりを集めていた人々が、しかめっ面をしたマリア様よりは美しいマリア様、それにやはり愛と美の女神ヴィーナスがステキじゃないのと、ギリシア・ローマ時代の骨董品を集めるようになっていきます。

 (略)

 フィレンツェの人々はそのギリシアに憧れ、その文明を継承したより身近なローマにあこがれます。ギリシア・ローマ時代の人文学、美術、神々をリナーシタ=再生しようとしていきます。このリナーシタ=再生するという言葉から、この一連の運動が19世紀のフランスでルネサンス(文芸復興運動)と呼ばれるようになりました。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

 「マンジャーレ(たべよう)、カンターレ(歌おう)、アマーレ(愛し合おう)」、カラオケボックスみたい。

第2章 フィレンツェに咲いたルネサンスの華

キリスト教人文主義の象徴『プリマヴェーラ』

 ただし、当時の社会はキリスト教教会が牛耳っていましたので、事はそう簡単ではありませんでした。古代の神々を復活させたからといって、キリスト教徒であることは変わりませんでした。今の日本のようにお宮参りは神社で、結婚式は教会で、お葬式は仏式で……というわけにはいかなかったのです。

 ギリシア・ローマ時代というのは、キリスト教から見れば、異端の神々を信仰していた時代です。中世の間は否定されていました。それを現実的な商人層が中心であったフィレンツェの人々は、

「確かにギリシア・ローマの人々は異端の神を信仰していました。でお、それは仕方がないでしょう。だって、イエス・キリストのお生まれになる前の時代の人々なのだから。ギリシア・ローマが自分達の偉大な文明のルーツであることに変わりはないのだから」

 と、都合のいい理由とともに、ギリシア・ローマ時代を肯定したのです。

 このようにしてギリシア・ローマ時代の学問、美術、神々がリナーシタ=再生されていきました。ただし、あくまでもキリスト教徒として、です。これを「キリスト教人文主義」といいます。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

第2章 フィレンツェに咲いたルネサンスの華

ルネサンスの精神を高らかに宣言した墓廟

 ところで、そのギリシア人やローマ人は、天国に行ったのでしょうか、それとも地獄でしょうか。異教の人々ですから、天国には行けません。けれど、自分たちの文明のルーツなのですから地獄に行かれても困るのです。そこで、煉獄という概念が強く打ち出されます。地獄ではないのだけれど、天国でもないところ、罪を浄化するために留まる天国の手前の場所といったところです。

 フィレンツェの詩人ダンテは、すでに14世紀初頭に『神曲』で煉獄を案内していました。免罪符も、地獄や煉獄の概念が明確になることで売れていきます。ただし皮肉にも、後年、それは理に適わないということで、マルティン・ルターの宗教改革につながっていきます。

 『神曲』はラテン語ではなく、トスカーナ地方の方言で書かれています。そのためにダンテは、国民文学の祖とも呼ばれています。その後、この流れは全ヨーロッパに広がり、各国で国民文学が発達した結果、お国言葉が整理され、フランス語も英語もそれぞれの国語として確立していったのでした。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫


名画の言い分 (ちくま文庫)

名画の言い分 (ちくま文庫)