蜀犬 日に吠ゆ

2013-09-10

[][][]九月一〇日 戦時の末期に、ゆかりという名の長女を 18:57 はてなブックマーク - 九月一〇日 戦時の末期に、ゆかりという名の長女を - 蜀犬 日に吠ゆ

九月一〇日

戦時の末期に、ゆかりという名の長女を疫痢で三歳で死なせた。発病の日、地区の医師たちは出征兵士のことで動員されたとかで誰もおらず、何の治療も受けることが出来なかった。無人の隔離病院の中で、私は高熱の子を抱いて、その体を撫でてやるだけだった。ゆかりさんは、好きな童謡をつぶやくように歌い出した。「お手つないで、野道を行けば、みんなかわいい小鳥になって」という歌ですが、「野道を行けば、みんなかわいい」のところで、やめた。そして、しばらくして、また始めから歌い始めることを数回繰り返して、終わった。あれは何だったか。ゆかりさんは、どこまでも人間として生きたかったのだろう。小鳥になれば、死ぬと思って、その言葉のところでやめたのであろう。この推測はどうであれ、ゆかりさんの死は、父親に決意を固めさせた。「戦争で殺されてたまるか。戦争を殺すために死ぬぞ」と。決意は、七〇年経った今はもっと固い。人間の歌を歌いながら努力するぞ。人間を守ることに役立つことは何でもやりたい。

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