蜀犬 日に吠ゆ

2013-09-20

[][]長恨歌 17:10 はてなブックマーク - 長恨歌 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ちょっと内容を勘違いしていました。『長生殿伝記』と混同しています。あと、『長恨歌伝』は知りません。

長恨歌  白居易

 元和元年(八〇六)、三十五歳の冬十二月、盩厔(ちゅうちつ)県(長安の西にある)の県尉たりし時の作。この年の四月、彼は第二位で制挙に合格していた。この詩の前に友人陳鴻(ちんこう)の長文の『長恨歌伝』を付す。これまた唐代小説中の傑作の一とされる。いうまでもなく玄宗と楊貴妃のロマンスを描いて情緒纏綿。永遠の愛にささげた悲歌。

漢皇重色思傾国 漢皇(かんのう) 色を重んじて傾国を思う、

御宇多年求不得 宇(あめがした)を御(しろしめ)すこと多年、求むれども得ず。

楊家有女初長成 楊家に女(むすめ)有り 初めて長成し、

養在深閨人未識 養われて深閨に在り 人未だ識らず。

天生麗質難自棄 天生の麗質 自(おのずか)ら棄て難く、

一朝選在君王側 一朝(いっちょう)選ばれて君王の側(かたわら)に在り。

回眸一笑百媚生 眸(ひとみ)を回(めぐ)らして一笑すれば百媚生じ、

六宮粉黛無顔色 六宮(りくきゅう)の粉黛(ふんたい) 顔色無し。

漢のみかどは大の色好みであらせられ、多年のご治世のあいだ絶世の美女をとさがし求めて来られたが、お気に召したのが得られなかった。

あたかもよし、楊という家に、年頃になったばかりの娘がいた。深窓のうちに育てられて、世間にはまだ知る人もなかったが、生まれながらの美貌がそのまま埋(うも)れてしまうはずはなく、ある日たちまち選ばれてみかどのお側に仕えることになった。彼女がふり返ってにっこり笑っただけで無限の媚(なま)めかしさが生れ、後宮の美女たちは、色を失ってしまうのであった。

(漢皇)漢の武帝。玄宗というべきをはばかったのである。(傾国)絶世の美人。(上巻一四八ページ参照)。(楊家有女)蜀州の司戸(戸籍を掌る小役人)楊玄琰の娘玉環。実は、はじめ玄宗の第十八子、寿王瑁(ぼう)の妃であったのを、玄宗が奪って自分の妃としたのであるが、これまたはばかってこのように修飾したもの。ちなみに、このとき玄宗五十六歳、楊貴妃二十二歳。(六宮)後宮には六つの宮殿があった。

松枝茂夫編『中国名詩選』下 岩波書店
中国名詩選〈下〉 (岩波文庫 赤 33-3)

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