蜀犬 日に吠ゆ

2013-10-16

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目次
はじめに

第一章 「学」について

第二章 「性」について

第三章 「理」について

第四章 「理」について 続き 

第五章 「心」について

第六章 「善」について

コラム
  1.  朱熹という人
  2.  朱子学のテキスト
  3.  「理」という言葉の歴史
あとがき
木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ

第一章 「学」について

 『論語』冒頭の「子いわく。学んで時にこれを習う。また説ばしからずや」に現れる「学」についての注釈をまず読んでみましょう。

 学之為言、效也。

 人性皆善、而覚有先後。

 後覚者、必效先覚之所為、

 乃可以明而復其初也。

学の言たるや、效なり。人の性はみな善なるも、しかるに覚(きづ)くに先後あり。後覚者は、必ず先覚の所為を效(ま)ね、すなわちもって善なるを明らかにしてその初に復(かえ)るべきなり。

「学」という言葉は「まねる」という意味である。

人の性はみな善であるのだが、しかしそのことに覚(きづ)くについては先後がある。

後れて覚く者は、必ず先に覚いたものの為(す)ることをまね、

そうしてこそ(人の性の、つまり〈われ〉の性の)善であることをハッキリとあらわしてその(生まれた)当初の(性善の)状態に復(かえ)ることが出来るのである。

          (論語集注・学而)

第一章 「学」について

 「学」という言葉は朱熹のテキストにおいては端的に孔子に結びついている言葉だと云えます。「学」という営みは孔子によって確立され後世に遺されたと朱熹は考えていました。もっとも見やすいのは朱熹が数えで六〇歳、淳煕己酉(一一八九)春三月の日付のある「中庸章句の序」でしょうか。

 その「中庸章句の序」は「中庸はどうして作られたのか。子思子(孔子の孫・子思に尊称「子」を付けた語)が道学が伝えられなくなるのを心配して作ったのである」と始まります。「道学」とまず提示されます。次ぎにこの「道学」の出現に到る道筋が遡源する形で「上古の聖神」から辿りなおされます。しかしここで注意しておくべきはこの道筋が「道学」から改めて「道統の伝」として提示されることです。(略)堯、舜、禹以降、君であった者としては殷の湯王、周の文王、武王、臣であった者としては皐陶(こうよう)、伊尹(いいん)、傅説(ふえつ)、周公、召公と数え、すべて堯から舜、舜から禹に授けられた先ほどの告戒の語をもって「夫(か)の道統の伝を接(つ)ぐ」とまとめます。

木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ

第一章 「学」について

次ぎに『論語』中に出現する「学」についてのテキスト、それについての朱熹の注釈から外すことの出来ないテキストを取り上げておきましょう。ある意味では「学」という営みにおける最も重要な論点を証す、朱熹の言によれば「聖賢は学を営む際の心得、その得失(マルかペケか)の分かれ目について多くの言葉を遺してきたが、ここの言葉ほどに切にして要なるものはない」とされるテキストを取り上げておきましょう。すでにこれまでにも「〈われ〉」という表記でわたくしが示してきた論点です。


 まず『論語』の本文です。

 子曰:古之学者為己、今之学者為人。

 子いわく。古の学ぶ者は〈おのれ〉のためにした。今の学ぶ者は〈ひと〉のためにしている。

                         (論語・憲問)

 次ぎにここの箇所に付く朱熹の注釈です。

 程子曰:

 為己、欲得之於己也。

 為人、欲見知於人也。


 程子曰:

 古之学者為己、其終至於成物。

 今之学者為人、其終至於喪己。


 愚按:

 聖賢論学者用心得失之際、其切多矣、

 然未有如此言之切而要者。

 於此明辨而日省之、則庶乎其不昧於所従矣。


 程子の言葉。

 〈おのれ〉のためにするとは、〈おのれ〉に得ようとすることである。

 〈ひと〉のためにするとは、人に知られようとすることである。


 程子の言葉。

 いにしえの学ぶ者は、〈おのれ〉のためにしたので、その学ぶ者は終には「物を為す(実を結ぶ)」(周易繋辞上伝)に至った。

 いまの学ぶ者は〈ひと〉のためにしているので、その学ぶ営みは結局〈おのれ〉を失うに至る。


 私が考えるに。

 聖賢が、学ぶ者の(そのまさに学ぶという営みを実際に営むについての)心得、その得失の分かれる分岐点を論じた説はまことに多々あるが、

 しかしここの言葉ほど切にして要なる者はない。

 ここの言葉が云うところにおいてはっきりと見極め、日々に思い返すならば、どのように学の営みをすすめたらよいのかについて迷うところはなくなるだろう。

                 (論語集注・憲問)

木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ

「夢奠記(ぼうてんき)」には、三月五日の夜半、朱熹は張載の「西銘(せいめい)」について説き、さらに言った、として、次のような言葉を伝えます。

 為学之要、

 惟事事審求其是、決去其非。

 積累日久、

 心与理一、自然所発皆無私曲。

 聖人応万事、天地生万物、直而已矣。


 学を為すことの要は、

 他ならず、ひとつひとつの事(行動)について、その是なる(仕方)を審求し、決然とその非なる(しかた)を去ることだ。

 (その営みを)果てることなく積み累(かさ)ねていると、

 心が理とひとつになって、自然と(心が)発(あらわ)す所(行動)にはいずれにも私曲(自分の利益に回り込む、再帰する)という点は見られなくなる。

 聖人は万事に応じ、天地は万物を生む。(その働きはともに)直(まっすぐ)と云うに尽きるではないか。

              (蔡沈(さいちん)「夢奠記」。ただし現行の「夢奠記」では「自然」以下二二字を欠く。「朱子年譜」に引くものにより補った。)

木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ
朱子学 (講談社選書メチエ)

朱子学 (講談社選書メチエ)