蜀犬 日に吠ゆ

2014-01-14

[][][]大いなる章を読む(その15) 20:44 はてなブックマーク - 大いなる章を読む(その15) - 蜀犬 日に吠ゆ

第三 大いなる章

四、スンダリカ・バーラドヴァージャ

四七六 煩悩の束縛と迷いの生存への生まれかわりとが滅び去った究極の境地を見、愛欲の道を断って余すところなく、清らかにして、過ちなく、汚れなく、透明である(全き人)(如来)は、お供えの供物を受けるにふさわしい。

四七七 自己によって自己を観じて(それを)認めることなく、こころが等しくしずまり、身体が真直(まっす)ぐで、みずから安立し、動揺することなく、心の荒(すさ)みなく、疑惑のない(全き人)(如来)は、お供えの供物を受けるにふさわしい。

四七八 迷妄にもとづいて起る障(さわ)りは何ら存在せず、あらゆることがらについて智見あり、最後の身体をたもち、めでたい無常のさとりを得、――これだけでも人の霊(たましい)は清らかとなる。――(全き人)(如来)は、お供えのお菓子を受けるにふさわしい。」

四七九 「あなたのようなヴェーダの達人にお会いできたのですから、わが供物は事実の供物であれかし。梵天こそ証人としてみそなわせ。先生! ねがわくはわたくしから受けてください。先生! ねがわくはわがお供えの菓子を召し上ってください。」

四八〇 「詩を唱えて得たものを、わたくしは食うてはならない。バラモンよ、これは正しく見る人々(目ざめた人々、諸仏)のなすきまりではない。詩を唱えて得たものを目ざめた人々(諸仏)は斥(しりぞ)けたもう。バラモンよ。このきまりが存するのであるから、これが(目ざめた人々、諸仏の)行いのしかた(実践法)である。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫
ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)