蜀犬 日に吠ゆ

2014-01-19

[][][]大いなる章を読む(その19) 20:40 はてなブックマーク - 大いなる章を読む(その19) - 蜀犬 日に吠ゆ

第三 大いなる章

五、マーガ

四八八 尊い師は答えた、「マーガよ。施しの求めに応ずる在家の施主、福徳を求め福徳をめざして供物をささげる人が、この世で他人に飲食物を与えるならば、まさに施与を受けるにふさわしい人々とともに目的を達成することになるであろう。」

四八九 マーガ青年はいった、「施しの求めに応ずる在家の施主、福徳を求め福徳をめざして供物をささげる人が、この世で他人に飲食物を与えるに当って、(まさに施与を受けるにふさわしい人々)のことをわたしに説いてください。先生!」

四九〇 「実に執著することなく世間を歩み、無一物で、自己を制した(全き人)がいる。――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

四九一 一切の結び・縛(いまし)めを断ち、みずから慎み、解脱し、苦しみなく、欲求のない人々がいる。――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

四九二 一切の結び・縛めから解き放たれ、みずから慎み、解脱し、苦しみなく、欲求のない人々がいる。――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

四九三 貪欲(とんよく)と嫌悪と迷妄とを捨てて、煩悩の汚れを滅しつくし、清らかな行いを修めている人々がいる。――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

四九四 偽りもなく、慢心もなく、貪欲を離れ、わがものとして執することなく、欲望をもたぬ人々がいる。――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

四九五 実に諸々の愛執に耽らず、すでに激流をわたりおわって、わがものという執著なしに歩む人々がいる。――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

四九六 この世でもかの世でも、いかなる世界についても、移りかわる生存への妄執の存在しない人々がいる。――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

四九七 諸々の欲望を捨てて、家なくして歩み、よくみずから制して、梭(ひ)のように真直ぐな人々がいる。――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

四九八 貪欲を離れ、諸々の感官をよく静かにたもち、月がラーフの捕われから脱したように(捕われることのない)人々がいる。――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫
ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

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