蜀犬 日に吠ゆ

2014-07-14

[][]栃鎮のこと~~尾崎行雄『近代怪傑録』中公クラシックス 21:00 はてなブックマーク - 栃鎮のこと~~尾崎行雄『近代怪傑録』中公クラシックス - 蜀犬 日に吠ゆ

人物断片

田中正造の奇言奇行

 当時外務省は、狭隘であつたためでもあらうが、私は梯子段脇の行灯部屋のやうなところに入れられて居た。各省勅任参事官連中のうち、私の室が一番粗末なものであつた。しかるに私の室へは大臣の大隈伯も次官の小村氏も、しば\/来訪するから、給仕などは驚異の目を見張つて居た。私が外務省在任中、最も全省を驚かしたのは、栃鎮の怒罵であつたらう。栃木鎮台といふ渾名を得たところの田中正造君は一種の人物であつて、ことに大声を発して人を罵つたり、あるいは腕を揮つて友人を殴つたりすることが得意であつた。ある日、鉱毒問題(足尾銅山鉱毒事件)を以て私に相談に来たが、私は田中君のいふことに悉くは賛成しなかつた。氏は賛成の仕方が足らないと、それを反対者のごとく誤解する習癖があつた。熱心の度合いの不足に対しても、ややもすれば憤怒する性質の人であつた。私との相談もシツクリ吻合(ふんごう)しんたかつたため、栃鎮先生、例の性癖を起して大に私を攻撃し、全省に轟き渡る大声を発して私を罵った。外務省は他の役所と違つて、外交官の出入するところであるから、比較的礼儀作法が正しい。省内で怒罵する声を聞くことはなかつたらう。しかるに田中君が非常な大声で吠吼(はいこう)した。多分我が外務省創設以来の出来事であつたらう。

尾崎行雄『近代怪傑録』中公クラシックス

 さすが栃鎮先生。やつたぜ(やったぜ)。

人物断片

田中正造の奇言奇行

 田中君と私は比較的仲の好い方ではあつたが、ときどき衝突した。あるとき何かの事で私が田中君に賛成しなかつたために、大に怒つてその日の宴会では、必ず尾崎を殴ると声言して臨んで来た。私は殴られたら、彼が終生忘れることの出来ない痕跡を与へて置かうと考へた。悪い考へではあるが、当時は全くさう考へた。「尾崎のために不具者にされた」といひ得る事は、彼に取りては多少の名誉だらうとも妄想した。半風子(しらみ)以上の勲章になるだらうとも考へた。さてその方法はといふと、殴合ひではとても勝てない。故に彼が殴り掛けたら、直ちに田中の眼を潰して不具者にしてやらうと思つたのである。眼ならば指一本で潰すことが出来ると、自分は確信して居つた。

尾崎行雄『近代怪傑録』中公クラシックス

 尾崎行雄は一子相伝の暗殺拳を知つているのかしら。指一本で十分渡り合える人もいるのです。

人物断片

田中正造の奇言奇行

果然宴正に酣(たけなわ)ならんとするころ、彼は酒気を帯びて私の前にやつて来た。頗る不穏の顔色である。直ぐにも殴りかゝりさうに見えたが、手を出さない。彼もなか\/の慧眼家である。私の決心を、私の顔色で看破したに違ひない。殴りさうな姿勢は示したが、容易に打つて掛からなかつた。そのとき隣席に居つた守屋此助(もりやこのすけ)君が一言田中君に話掛けた。怒るべき言葉ではなかつた。普通の挨拶であつた。ところが「この野郎」といひざま守屋君を殴つた。守屋君は、何の事か一切分らずビツクリしてゐた。そのはずでもある。元来私を殴るために来たのだが、都合がわるかつたから代理として隣席の人を殴つたといふに過ぎなかつたのだ。かういふ風で、乱暴ではあつたが、なか\/機敏な性質で、相手が本気になるときには殴る積りでも殴らずに止めることもあつた。

尾崎行雄『近代怪傑録』中公クラシックス

人物断片

田中正造の奇言奇行

 右の一小事を記するにあたり、某雑誌は、私が決死の覚悟を以て臨席し云々と大層誇張して書いたが、コンナ事に決死の覚悟などが出来るはずのものではない。たゞ当時の私は、年少気鋭にして、自分だけでは天下の大人物を以て任じてゐた。特に私の身体は随分危険な場所に出入したが、未だかつて傷つけられた事も殴られた事もない。父母の慈手にすら打たれた事のないこの身体だ。正造輩に殴られてタマルものかといふのが私の意気であつた。しかし先方が殴る決心なら仕方がないから、終身忘れる事の出来ない記念物をかれに与へて置かうと思つたゞけの事である。

尾崎行雄『近代怪傑録』中公クラシックス

人物断片

田中正造の奇言奇行

 この人の演説は後には随分有名なものとなつたが、なか\/に奇言奇行の多い人であつて、その演説中にも奇想天外とも言ふべき言葉を、とき\゜/使つた。のみならず毎日々々その草稿を訂正して、少しでも良くするやうに注意を怠らなかつた。誠に感心な人であつた。

尾崎行雄『近代怪傑録』中公クラシックス
近代快傑録 (中公クラシックス)

近代快傑録 (中公クラシックス)