蜀犬 日に吠ゆ

2014-07-15

[][][][]「酒は百薬の長」 16:08 はてなブックマーク - 「酒は百薬の長」 - 蜀犬 日に吠ゆ

 「酒は百薬の長」などと仰せられた王莽のお言葉。

Ⅵ 酒

酒は百薬の長

むかしからいう「酒は百薬の長」なる一句は、酒好きが、酒飲むべからず派に対抗するために言いふらした迷文句のようですが、実はさにあらず、「正史」、つまり最も正統的な歴史書、のひとつである『漢書』に、しかも皇帝の詔勅の中の一句として記録されているのです。

村上哲見『中国の名句・名言』講談社現代新書

Ⅵ 酒

酒は百薬の長

このように由緒正しい一句なのですから、飲むべからず派の人も、ハハーッと恐れ入って、平伏してうけたまわらなければなりません――といいたいところですが、実はこの皇帝、『漢書』に載っているといっても漢の皇帝ではなく、漢の帝位を奪った王莽のことで、しかもその詔勅というのは、政府が財政困難なために酒や塩や鉄とともに政府の専売にすることを宣言するものでした。

 それ塩は食肴(しょくこう)の将、酒は百薬の長にして、嘉会の好、鉄は田農の本……

 とこれらの物資の効用をほめたたえたあと、庶民たちはこれらを自分では作れないので買うしかない、そこで「豪民富賈」=金持ちの商人がもうけて貧民を苦しめる、だから政府が管理してやるのだ、とうまくリクツをtけておりますが、あからさまにいえば政府がもうけようとしたのですから、何も恐れ入るようなことではありません。なお王莽が設立した新という王朝は、こうした努力もむなしくわずか十五年ほどで崩壊し、漢の王朝が復活します。紀元一世紀の初めのことです(王莽の在位は紀元八~二十三年)。

村上哲見『中国の名句・名言』講談社現代新書

 ついでに、酒の専売そのものは前漢武帝の時期(B.C.98)。

Ⅵ 酒

酒は百薬の長

 タネを明かせばこういうことですが、以来「酒は百薬の長」は、酒飲みの呪文として現在に至るまで広く流布しております。(略)兼好法師の『徒然草』には、酒を論じて、

 ……「百薬の長」とはいへど、万の病は酒よりこそおこれ、憂忘るといへど、酔ひたる人ぞ過ぎにしうさをも思い出でて泣くめる、後の世は人の智慧をうしなひ、善根をやくこと火のごとくして、悪をまし、万の戒を破りて地獄におつべし。

 (略)

 そこで兼好法師は酒嫌いかというと、さにあらず、これほど非難しておきながら途中から、

 かくうとましとおもふ物なれど、おのづから捨てがたき折もあるべし。月の夜、雪のあした、心のどかに物語りして杯出したる、よろずの興をそふるわざなり。

 と、一転して酒の良さをいろいろと述べているところをみると、どうやら兼好法師も、酒がやめられなかったひとりのようです。

 夫塩食肴之将、酒百薬之長、嘉会之好、鉄田農之本……

       ――班固『漢書』食貨志

村上哲見『中国の名句・名言』講談社現代新書
中国の名句・名言 (講談社現代新書)

中国の名句・名言 (講談社現代新書)