蜀犬 日に吠ゆ

2014-08-02

[][][]天書の座次 第七十一回『水滸伝』中 平凡社 08:37 はてなブックマーク - 天書の座次 第七十一回『水滸伝』中 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 百八人の将星がそろったところで、座次があらわれます。

第七十一回 忠義堂に 石碣文を受け  梁山泊に 英雄座次に排(なら)ぶ

 さて宋公明は、(略)山寨にひきあげて大小の頭領をかぞえてみると、あわせて一百八人に達しているので、心中大いによろこび、一同に向かっていうには、

「わたしは、江州を騒がせて山に上ってよりこのかた、いろいろと英雄なるみなさんの助けを得、頭(かしら)としておし立てられてきたが、こんにち、あわせて一百八人の頭領が集まるに至ったことはまことによろこばしいしだいです。晁蓋兄貴が亡くなられてから、兵をひきいて山を下るたびに、いつも事なきを得てきたのは、ひとえに上天の加護によるものであって、人の力ではない。(略)いまここに一百八人が集まったということは、まことに古今まれに見ることといわねばならぬ。これまでのいくさで、多くの人々を殺してきたが、まだその供養もしていないので、わたしは、羅天大醮(らてんたいしょう)(星祭り)を営んで、天地神明の加護のご恩におこたえし、一つには兄弟一同の心身の安楽を祈り、二つには朝廷よりはやく恩赦が下って大罪がゆるされ、みなが身を捨て力をつくして、尽忠報国、死してのちやまんことを願い、三つには晁天王がはやく天界に再生されて、幾世までも久しくお会いできるように祈るとともに、横死したもの、惨死したもの、火に焼かれたもの、水におぼれたもの、すべて罪なくして命を失った人たちの霊を安んぜしめたいと思うのです。」

駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社

第七十一回 忠義堂に 石碣文を受け  梁山泊に 英雄座次に排(なら)ぶ

 かくて話がきまり、四月十五日から七日七夜、法事をいとなむことになり、山寨では大いに銭財をつかって準備をいそいだ。その日が近づくと忠義堂の前には長旛を四流立て、堂上には三層の高い台を組み、堂内には七宝づくりの三清の聖像を安置し、その両側には二十八宿・十二宮辰、祭るべきいっさいの星官・真宰(造物主)を祀り、堂外には祭壇を守る崔・鄧・竇の神将を立てつらねた。

駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社

 当然といえばそうですが、祀るのはいわゆる道教の神々ということになります。


第七十一回 忠義堂に 石碣文を受け  梁山泊に 英雄座次に排(なら)ぶ

ちょうど七日目の(略)夜の三更ごろ、とつぜん天上に絹を引き裂くようなひびきがきこえた。ちょうど、西北、乾(いぬい)の方角の天文(天上に通ずる門)のあたりであった。一同が見れば、それは両端が尖って中央がひらいた、直立した金の盤のようで、天門開(天門ひらく)とか天眼開(天眼ひらく)とか呼ばれるものであった。その奥から(略)籠のような形の一塊の火の玉が転がり出し、(略)壇のほとりをひとめぐりすると、真南の地下にもぐりこんでいった。そのとき天眼はすでにとじられていた。同士たちは段をおりた。宋江はすぐ部下のものに鋤鍬で土を掘って火の玉をさがさせた。そこの地面を三尺ほど掘り下げると、一枚の碑(いしぶみ)(石碣)が出てきた。その両面には、それぞれ天書の文字がしるされていた。詩にいう。

 忠義の英雄逈(はるか)に台を結ぶ

 上帝に感通すまた奇なる哉

 人間(じんかん)の善悪皆報いを招く

 天眼何れの時か大いに開かざらん

(略)さて碑をとってこさせて見ると、その表は竜章鳳篆の蝌蚪(かと)の文字(古代文字)で、誰もわかるものはなかった。ところが同士たちのなかに、姓は何(か)、法名を玄通というものがいて、(略)いそいで碑をささげ出して何道士に見せたところ、しばらくして何道士はいった。

「この碑の表にはずっとあなたがたのお名前が彫ってあります。片側には、

  替天行道

 の四字、もう一方の側には、

  忠義双善

 の四字があって、上段はみな南北二斗の星の名、その下があなた方の号になっております。おさしつかえなければ、はじめから一つ一つ読んでさしあげましょう」

(略)宋江は聖手書生の蕭譲(しょうじょう)を呼び、黄色い紙(黄は高貴の色)にうつしとらせた。何道士は、

「表には天書三十六行があって、いずれもこれは天罡星(てんごうせい)です。裏にも天書七十二行があって、これはみな地煞星(ちさつせい)です。その下にはあなたがたのお名前がつけたしてございます」

 といい、ややしばらく見つめていたが、やがて蕭譲にはじめからおわりまでずっと書き取らせていった。

駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社