蜀犬 日に吠ゆ

2015-12-30

[][]「曹操にたいする評価について」 22:22 はてなブックマーク - 「曹操にたいする評価について」 - 蜀犬 日に吠ゆ

 曹操の善玉悪玉に関して

補説 1 曹操にたいする評価について

 中国の古典劇における曹操は顔を白くぬってあらわれる。白ぬりは姦悪の役柄である。曹操のイメージは悪く、三歳の子どもでさえも彼をひどく憎んだと現代中国の歴史学の大家郭沫若氏はいう。しかし曹操にたいする評価はそれでもって一貫してきたわけではない。

 曹操評価の基準というべきものの一つに正統論がある。つまり、魏と蜀漢のいずれを正統王朝として認定するかという問題が曹操評価に関わってくるのであるが、正統論は時代状況によって大きな影響をうける。晋は魏の禅譲を受けたから、西晋時代の論者は魏を正統とみなす。陳寿の『三国志』が魏を本紀であつかい、呉・蜀の君主を列伝のなかであつかっているのはその代表例であるが、彼は曹操に「非常の人、超世の傑」という肯定的な評価を与えている。

だが、伝統的な政権の所在地である河北を非漢民族にうばわれてみずからの正統性に疑義が生じ、かつての呉・蜀と類似した立場に置かれた東晋では、一転して蜀漢の正統性が主張される。東晋の人習鑿歯(しゅうさくし)は『漢晋春秋』をあらわして曹操を簒逆者(さんぎゃくしゃ)とみなし、他方、蜀漢の諸葛亮については「死せる孔明生ける仲達を走らす」エピソードなどをあげてその軍事的天才ぶりを称揚し、孔明の軍略家としての資質に疑問を投げかけた陳寿とはことなる像を描いているのである。

同様のことは宋代にもみられる。北宋では魏正統説が中心であった。司馬光は、天下統一がなされなかったゆえに魏を完全に正統とは認めないものの、『資治通鑑』では実質上魏を正統としてあつかっていて、曹操のとらえかたも肯定的であるし、蘇軾の、「赤壁の賦(ふ)」は曹操を英雄としてとらえている。いっぽう、南宋では河北をうばった金を魏に、、みずからを蜀漢に比定する考え方がおこなわれる。そして朱熹(朱子)が『資治通鑑綱目』において蜀漢を正統としたことは、正統論の帰結を定めたのである。

窪添慶文「三国の政治」『中国史2 三国~唐』山川出版社