蜀犬 日に吠ゆ

2019-01-03

[][]E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫 14:45 はてなブックマーク - E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

円仁 唐代中国への旅 (講談社学術文庫)

円仁 唐代中国への旅 (講談社学術文庫)

 結構ページ数の多い本を並行して読んでいるので、内容が全然入ってきません。この本もようやくページをめくり終えましたが、また読みなおさなければ。

 ところで、ジャケット(カバー)裏に、「世界三大旅行記の一つともされる」とあったので、また日本独自基準だな、と思い、後の二つは「アレ」と「アレ」だね。と早とちりしてしまいました。1963年だと、あっちは落選するのかあ?

 私は、マルコ・ポーロ『世界の記述(東方見聞録)』、イブン・バットゥータ『三大陸周遊記』だと思っていたのですが、本文の第一章「円仁の日記」で、紀行文の話があり、

 マルコ・ポーロと円仁

 旅行家としてのマルコ・ポーロの名声は、世界中にとどろいているが、慈覚大師円仁の名前は、彼の故国日本でさえも、わずかに学者の間に知られているに過ぎない。

E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫

 玄奘・円珍と成尋

 マルコ・ポーロの有名な旅行記は、円仁の日記と並ぶ第一級のものであることは確かだが、実をいえば、内容や時間においてもっと手近な他の(人々の)業績がある。

 これらの最もよく知られたものの一つは、偉大な中国僧で旅行家である玄奘の書いた『西域記』である。

(略)

 円仁の仕事に最も近いものは、日本僧円珍の書いた『行歴抄(ぎょうりゃくしょう)』である。円珍は円仁と同時代の天台宗における後輩であり、よきライバル(競争相手)であった。天台宗は当時の日本の仏教を代表するグループであった。

(略)

 ところで、日記作家としては、円珍は一段と落ちる。円仁の記録は実質的にその全体が保存されていると思われるが、円珍の『行歴抄』は断片が残っているのに過ぎないのである。これらの断片は興味ある多くの記事を含み、例えば、彼の中国旅行中見聞した円仁と二人の日本人同行者とのその後の行動についての情報もあるが、ほんの部分的なものでしかない。しかるに、後代の歴史のなかでは、円仁はマルコ・ポーロや玄奘と肩を並べる人物として登場するのである。

E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫

 ということでした。ので、世界三大旅行記は(ライシャワー先生は別に言ってないけど)『世界の記述』『大唐西域記』『入唐求法巡礼行記』、でした。


 以下目次。

ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』講談社学術文庫>

  • 日本語版への序文 …… 9
  • まえがき 中村元 …… 11
  • 原版の序文  …… 15
  • 凡例 …… 30
  • 第一章 円仁の日記 …… 33
    • マルコ・ポーロと円仁 36
    • 九世紀の中国 39
    • 玄奘・円珍と成尋 46
    • 円仁の日記の現状 50
    • テキストの伝承 55
  • 第二章 円仁――巡礼と師父 …… 63
    • 新参者 63
      • 初期の日本歴史のすぐれた仏教僧侶の多くは、首都に近い地方の貴族の子孫である場合が普通であったが、円仁はただ一人例外であり、東日本、下野国(しもつけのくに)都賀郡(つがごおり)の名も知れぬ家に生まれた。当時、下野は、大和民族とその地方の先住民アイヌ族との境界線からほど遠からぬ辺鄙なところであった。彼の家族は壬生氏を名乗り、日本の第十代の天皇と伝えられている崇神天皇の皇裔であると主張した。しかしながら、誰しもが系図を誇る習慣のある国では、そのような主張はあまり真面目に受け取らなくてもよかろう。
    • 中国渡航 66
    • 巡礼 71
    • 弾圧 74
    • 教会の父 77
    • 円仁 ―― 生いたちと人柄 81
  • 第三章 遣唐使 …… 90
    • 上代の極東における国際関係 91
    • 遣唐使・遣隋使 94
    • 遣唐使の構成 100
    • 準備 104
    • 渡航第一回の試み 114
    • 渡航第二回の試み 119
    • 渡航第三回の準備 120
    • 渡航 124
    • 揚州への運河の旅 129
    • 揚州における遣唐使の一行 132
    • 拝謁 137
    • 貿易と商業 140
    • 帰国の準備 142
    • 荒海にて 146
    • 山東の沿岸を離れて 150
    • 帰国の航海 156
    • 帰朝の歓迎 160
  • 第四章 円仁と中国官吏 …… 171
    • 県庁よりの尋問 172
    • 通行証の申請 177
    • 県庁にて 183
    • 州庁にて 185
    • 勅書 189
    • 都督府にて 192
    • 途中 195
    • 長安(都)にて 199
  • 第五章 唐における生活 ……203
    • 大衆的な祭礼 203
    • 国家の儀礼 212
    • 禁忌・神話と不吉な前兆 217
    • 途上の糧食・宿泊 228
    • 僧院と旅僧 236
    • 経済地理的観察 241
    • 僧への官給 246
    • 円仁の費用の出所 249
  • 第六章 大衆の仏教 …… 261
    • 寺院の施設 263
    • 国家的教会 267
    • 宗派の分立 273
    • 精進料理 279
    • 宗教講義 286
    • 儀礼と祭祀 291
    • 神話と奇蹟 296
    • 五台山と文殊菩薩の信仰 300
    • 五台山の僧院 306
    • 五つの峯 314
    • 巡礼と後援者 318
    • 仏教の盛行と衰退 324
  • 第七章 仏教弾圧 …… 355
    • 反仏教的感情 336
    • 韓愈の覚え書き 341
    • 官の記録 346
    • 激化する嵐 351
    • 宮中の密謀 356
    • 最初の打撃 364
    • 皇帝と道教 372
    • 不死の峯 377
    • 弾圧の徹底 385
    • 円仁の追放 390
    • 再び途上にて 396
    • 州庁の迫害 404

  • 第八章 中国における朝鮮人 …… 414
    • 新羅国 414
    • 朝鮮人と世界貿易 416
    • 宮中の朝鮮人 421
    • 沿岸の貿易商 427
    • 張宝高 435
  • 第九章 帰朝 …… 449
    • 訳者あとがき …… 459
    • 年表 …… 481
    • 索引 …… 529
E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫