蜀犬 日に吠ゆ

2019-11-23

[][][]言葉が通じるとき、言語はどのような働きをしているか~~西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書 22:02 はてなブックマーク - 言葉が通じるとき、言語はどのような働きをしているか~~西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 言語学ではなく「認知言語学」への案内書。タイトルにもそう書いてあったのに、つい言語学全体の入門書かと思いこんで読み始てしまいました。読み進めていくと、言語学というのはアプローチの方法によって相反する部分もあり、一概にくくってしまうことの出来ない学問であるようです。

 書いていませんが、おそらく実際のことばを扱う「語学」とも異なる領域を扱っているようです。これはTwitterでそう言っている人もいまして、ああやはり、と思いました。言語学の入門的知識でもあれば語学に役立つかな? という下心をもっていたのですが、そういう風に直接つながっているわけではなさそうです。There is no royal road to learning(.学問に王道(いまでいう高速道路)なし)。

 ただもちろん入門書ですから、はじめに「言語学」全体の説明があります。言語学はまず、言語の歴史的な研究から始まり、その流れをかえたのがソシュールであったということです。つまり、ここで言語学は語学とははっきり分かれたのでしょうか。(p.8~)

西村 (略)現代の言語学は一九一六年に出版されたソシュール(Ferdinand de Saussure)のCours de linguistique générale(邦訳『一般言語学講義』、小林秀夫訳)から始まったと考えてよいと思います。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 つづき

西村 (略)ソシュールの前にも、言語に関する研究は行われていましたが、これは歴史的な研究が中心でした。ヨーロッパの言語の多くやサンスクリット語の間には系統関係があることが分かってきて、それらの系統関係がどういうものなのかを明らかにすることが言語学の研究の中心的な課題だったのです。音声的な面を含め、共通の起源とされる言語からさまざまな言語がどういうふうに派生していったのか、またここには一定の法則性がみられたので、その法則性を明らかにしていくわけです。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 本書の話題から少し離れて。世界史(ヨーロッパ史)の流れとしては、中世の学問的言語であるラテン語の存在があり、口語中心である各国ごとは区別されて当然の時代が続きました。キリスト教の世界観でいえば「バベルの塔」の伝説から、異なる国で異なる言語が存在することは神の裁きの結果だと考えられていたのかなあ。そんなところまで教科書には書いていませんけれども。とにかく、言語学と言う言葉は出てきませんね。それで母語ではないラテン語を操るために文法(自由七科の修辞?)の分析や研究が行われましたが、教科書ではこれを言語学という風にはいいませんね。

 12世紀ルネサンスの時期、ビザンツやイスラーム世界から流入したギリシアの古典文化がラテン語の文化を支えているギリシア語にも注意が払われるようになりました。それにあわせて、神の言葉ラテン語ならぬ各国の話し言葉によって伝えられた騎士道物語や叙情詩がジャンルとして認められるようになりました。『ローランの歌』(フランス)、『アーサー王物語』(イギリス)とか。イタリア・ルネッサンスののち、ネーデルラントの「貨狄尊者」エラスムス(15世紀後半~1536)はギリシア語聖書の研究で有名ですが、ラテン語の絶対的優位が揺らぎはじめ、ヨーロッパの言語の共通性や多様性が意識されるようになります。言語には地域による違いと、もちろん時代による違いがあるわけですが、まだ言語学は出てきませんね。

 ロココ・バロックの時代(17~18世紀)をすっとばしていいのか分かりませんが、すっとばして18世紀末。各国に言語学者が現れてヨーロッパの、あるいは植民地の言語を研究するうちにサンスクリット文学研究者のウィリアム=ジョーンズが20世紀インドとヨーロッパ諸語の共通点を指摘し、言語系統の理論化がすすみ、言語学(今は比較言語学と呼ばれる分野)は急速に発展することになりました。しかし語族の分類は現在の教科書ではほとんど扱われなくなり、昔の語族系統一覧表も今は載っていないようです。一部資料集には残っていますが、遠からず消えていくのでしょうね。ジョーンズさんの研究は言語学としてもカウントされなくなってしまうのでしょうか。頭が古いのでセム系だのハム系だの話題に上らなくなっていくのはさみしい。暗記する必要はあるか、といわれたら返す言葉もありませんが。

 ナショナリズムとロマン主義の時代。19世紀にグリム兄弟がドイツの「正しいドイツ語」を追求するため民族の伝統や伝承を収集し、『童話集』を編集します。これが教科書に出てくる言語学者としては最初でしょうか。

 閑話休題。このあたりのことどもが「言語学の研究の中心的な課題」であった、と。

 で、ソシュールですよ。(p.9~)

西村 (略)ソシュールは、それまでの言語学が扱っていたような、時間の流れに沿って捉えられる言語のあり方を「通時態」と呼び、それに対して、同時代的に捉えられる言語のあり方を「共時態」と呼んで、まずは共時的な研究が行われるべきだとします。(略)語句だけで意味をもつということはありえなくて、言語全体を一つの体型として、あるいは一つの構造として、捉えなければいけない。(略)

野矢 なるほど、ソシュールによって初めて「言語」という全体が研究対象として浮かび上がってきた。そういう意味で、「現代の言語学を開始した」と言われるわけですね。つまり、言語学とは、「言語という一つの構造体を研究対象とする学問」である、と。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 はじめ文法の話かな? と思ってしまいましたがそうではなくて「言語学の対象とする範囲」の話でした。ソシュールといえば「構造」ですが、その内容もさることながら、言語学の扱う範囲を規定したという部分で言語学に与えた影響も見過ごすわけにはいかないのだそうです。自分の感覚からすると分かったような分からないような。日々移ろいゆく「言語」を、ある一点で時間を止めてその全体を見わたして研究対象にするようなイメージを持ちましたが、そんなこと現実問題として可能なのでしょうか。また、この手法ならばどのような言語であっても対象に出来そうで、言語というものの本質に迫ることが出来そうですが、その対象とする「言語」を範囲指定できるものなのでしょうか。さっきの比較言語学ではありませんが、同系統の言語や、通常同じ言語とされる範囲内での「方言」の存在はどうするのか。大変そう。

 というわけで、ソシュールの理論は実態の研究においていくつもの方向に分派し、そのなかから「行動主義心理学」に基づく言語学が生まれます。(p.13)

野矢 行動主義というと、「観察可能な行動だけを扱う」という方法論を採用したわけですか? つまり、こういう状況ではこんな言語行動があったという、第三者的に観察可能なことだけを扱っていく。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 言語が存在して、誰かが意味をもって発話する。それを聞いた人が意味を理解する。日常的な言語活動、言語という現象です。ところが、チョムスキーがこうした流れに真っ向から反対します。

野矢 スキナー流のやり方だと、刺戟とそれに対する反応だけがあって、ここには規則性があるじゃないか、と言う話で終わってしまう。言語の場合だったら、どういう状況でどういう言語行動をとるか、その規則性だけを取り上げる。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

野矢 「言語の創造性」ということを、もう少し。

西村 チョムスキーがとくに注目したのは、母語の場合であれば、新規にいくらでも適切な文を作り出すことができる、また適切な文であれば、初めての文を読んだり聞いたりしてもきちんと理解できるということでした。原理的には、作り出せる文の数、理解できる文の数には限りがありません。そうした創造性をもたらす仕組みを明らかにしなければいけない。そのためには行動主義では無理だと考え、そして生成文法を創始したわけです。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 ここに来て、言語学の扱う対象がすこしかわってきました。言語の構造というのが、単語の意味や文法のことではなくて、「意味が伝わる仕組み」に注目するようになったのです。先ほど「日々移ろいゆく「言語」」などと気軽に書きましたが、言語が規則的な構造をもつのであれば、なぜ時代や場所によって変化するのか。常に変化するのであればなぜそれが伝わるのか、ということを研究するのも言語学であるということになります。チョムスキーはその仕組みを生成文法と考えて、「統語論(構文論)syntax」を研究しましたが、そこからまた新たに生まれたのが、認知言語学なのだということになります。

西村 まず、認知言語学が生成文法から受け継いでいる、両者の共通点をもう一度確認しておきましょう。言語習得や言語使用を可能にしている知識のあり方を解明することを目標にし、しかもその言語知識をこころの仕組みの一環として捉える、その点では生成文法も認知言語学も違いはありません。

 そのさい、生成文法では、生成文法では、様々な心の仕組み・機能全体の中で、言語知識は自律したまとまりを成していると考えます。(略)

 それに対して認知言語学は、こういう分け方はできないと考える。つまり、言語の能力は他の心の働きと分かちがたく結びついていて、言語知識がどういうものかを明らかにしようと思ったならば、ふつう私たちが言語的ではないと想定している心の働きまで考慮に入れなければならないと考えたのです。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 ここまでまだほんの入り口。ですが、言語学の扱う範囲が、「言語が伝わるということ」「言語が存在するということ」の意味を問う言語哲学(こちらは哲学の分野)などに近づいてきた結果、認知言語学が生まれたのだという流れとして受け取りました。

 通して読むと、言語のもたらす作用は、意識してみると複雑であり、ふだんは意識せずに意思疎通の機能を使っていたのだということを思い知らされました。認知下言語学の部分についての感想は、多分のちほど。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室 哲学者と学ぶ認知言語学』

  • 目次
  • はじめに  i
  • 第1回 「彼女に泣かれた」――認知言語学の誕生  3
    • 間接受身   4
    • 言語学とはどういう学問か  8
    • チョムスキーの革命  11
    • 生成意味論の失敗  15
    • 言語知識と心の働き  20
    • 認知言語学ならではの問題  26
  • 第2回 「太郎が花子に話しかけてきた」――文法は意味と切り離せるか  31
    • 広義の文法と狭義の文法  32
    • 語彙項目  33
    • 文法とは何か  35
    • 文法は意味から自立しているか  38
    • 客観主義の意味論  44
    • 認知主義の意味論  45
    • 「てくる」の意味  50
    • 文法化  54
    • 認知文法と生成文法は成立しているのか
  • 第3回 典型的な鳥と変な鳥がいる――プロトタイプと百科事典的意味論  63
    • カテゴリー化  64
    • 古典的カテゴリー観  65
    • 新しいカテゴリー観  69
    • プロトタイプ意味論  73
    • 言語習得における見本の重要性  76
    • 関東と関西では「肉じゃが」の意味は異なる  79
    • プロトタイプとは何か  81
    • 百科事典的意味論  82
    • 「読む」といってもいろいろある  87
    • 典型的な犬の走り方  90
    • 文法項目のプロトタイプ  93
  • 第4回 「死なれた」のか「死なせた」のか――使役構文の家族的類似性  97
    • 言語学で「使役」と呼ばれるもの  98
    • 自他対応  101
    • 「太郎が窓を開けた」では何が原因なのか  103
    • 英語と日本語における自他対応  105
    • 語彙的使役構文と迂言的使役構文  106
    • 「死ぬ」・「殺す」・「死なせる」  110
    • 「この薬があなたの気分をよりよくさせるだろう」  113
    • 日本語では無生物主語の使役構文は言えないか  116
    • 道具主語の使役構文  118
    • 「花子は風で帽子を飛ばしてしまった」  120
    • 受け身と使役  122
    • 日本人と使役構文  125
    • 使役構文のプロトタイプ  126
    • 無生物主語の使役構文とメタファー  130
    • 道具が行為する  134
    • 意図しない結果への派生  135
    • 何もしないことも行為である  136
  • 第5回 「村上春樹を読んでいる」――メトニミーをどう捉えるか  141
    • こんなのもメトニミーなの?
    • メトニミーと多義性  146
    • 動詞のメトニミー  148
    • 参照点理論  153
    • 所有表現の分析  155
    • メトニミーの一方向性と参照点理論  157
    • フレームと焦点  159
    • パルメニデスなんて指示できません  164
    • タフ構文(This book is difficult to read.)  168
    • 初期の分析  170
    • 認知言語学からの代案  172
    • 「パイプが詰まっている」  175
    • 構文の意味とメトニミー的多義  177
    • 迷惑受身  180
  • 第6回 「夜の底が白くなった」――メタファー、そして新しい言語観へ  183
    • メタファーの事例  184
    • 「私たちの生を支えるメタファー」  187
    • 概念メタファー  191
    • 言語学なのか哲学なのか  194
    • 原理なき創造性  200
    • メタファーの誕生と死  205
    • 言語はつねに「揺らぎ」をもっている  208
  • おわりに  213
  • 付録――対談のひとこま  217
  • さらに学びたい人のための文献案内  228
  • 索引  233
西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書