蜀犬 日に吠ゆ

2017-05-03

[][][]聖賢の道、いざ行かん~~中田勝『王陽明靖乱録』明徳出版社 22:24 はてなブックマーク - 聖賢の道、いざ行かん~~中田勝『王陽明靖乱録』明徳出版社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 そういえば、書き留めておかなかったので、目次を示しておきます。

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2017-02-26

[][][]パワハラin 三国志~~影山輝國『『論語』』中公選書 21:15 はてなブックマーク - パワハラin 三国志~~影山輝國『『論語』』中公選書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 魏の明帝、曹叡が何晏にパワハラした話。

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ほんとうの在処、久遠の末~~橋爪大三郎 植木雅俊『ほんとうの法華経』筑摩新書 20:26 はてなブックマーク - ほんとうの在処、久遠の末~~橋爪大三郎 植木雅俊『ほんとうの法華経』筑摩新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 法華経を順に読む。とびとび切れ切れに読んだことはあっても、まったく頭に入っていませんでしたので、解説本を読みます。

 しかしこの内容も、すぐに忘れそう。読んだ直後は、「ためになったなあ」としばしば感動を味わったのですが、もうはじめのころの内容を忘れかけています。

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2017-02-05

[]北杜夫『幽霊 さびしい王様』新潮現代文学49 新潮社 21:27 はてなブックマーク - 北杜夫『幽霊 さびしい王様』新潮現代文学49 新潮社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 「さびしい王様」を、久しぶりに読みました。大部昔に読んだような気がしていましたが、ちっとも覚えていなかったので新鮮な気分で読めます。アシモフ「黒後家蜘蛛」なども、けっこう何度も楽しめるのですよね。頭悪い人ほど、ミステリに向いている。

 閑話休題(それはさておき)、さびしい王様のおぼろげな記憶は、王様という役割の窮屈さをあらわした話という感じで、あとは時事ネタ。再読しても、そのことはあまり変わりませんでした。でも、精読すると印象は違うのかもしれないぞ、というふうに感じます。

新潮現代文学 49 幽霊 さびしい王様

新潮現代文学 49 幽霊 さびしい王様

(この書影、アマゾンですが、馬鹿にしていると思います。No Imageでいいのに。)

 以下、感想。

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2017-01-14

[][]久遠の法、ブッダの授記~~『ほんとうの法華経』筑摩新書 21:14 はてなブックマーク - 久遠の法、ブッダの授記~~『ほんとうの法華経』筑摩新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 南無。

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2016-12-26

[][][]マイケル・ウィットワー『最初のRPGを作った男 ゲイリーガイギャックス』ボーンデジタル 20:40 はてなブックマーク - マイケル・ウィットワー『最初のRPGを作った男 ゲイリーガイギャックス』ボーンデジタル - 蜀犬 日に吠ゆ

2008年、ゲイリー死去。"D&D"は、私にとっては高嶺の花であり、また良い冒険者ではなかった私にとっては複雑なルールを強いる厳かな存在でもありました。つまり、あまり思い入れがない。

 しかし、衝撃はありました。いまだに(ゲームをしなくなったのに)こうした話題にこだわるくらいに。

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2016-10-08

[][][]言葉の始まり、うたのはじまり~~「中国文学という方法」と「古今和歌集」から 17:30 はてなブックマーク - 言葉の始まり、うたのはじまり~~「中国文学という方法」と「古今和歌集」から - 蜀犬 日に吠ゆ

 漢文の本を読んでいたら、古今和歌集の話が思い起こされました。

文学意識の自覚

『毛詩』大序

 中国で最も古い文論は『毛詩』大序だと言われます。『毛詩』というのは『詩経』のことです。『詩経』は始め歌として口承で伝えられましたが、漢代になって文字化された際に、四系統の『詩』ができました。『毛詩』はその中の一つで、毛氏(毛さん)という人の作ったテキストです。後に残りの三つのテキスト(『韓詩』『魯詩』『斉詩』の三家詩)が全て滅びてしまったので、現在我々の見ることのできる『詩経』は『毛詩』だけです。この『毛詩』には序文がついていて、そこに原初的な形の文学論が記されているのです。それは以下の通りです。

詩者志之所之也。在心為志、發言為詩。情動於中、而形於言。言之不足、故嗟歎之。嗟歎之不足、故永歌之。永歌之不足、不知手之舞之、足之蹈之也。

(詩は志の向かうところである。心の中にあるときは志であり、言葉になって発せられると詩になるのだ。心の中に情が動くと、それは言葉になって表れる。言葉で表しても足りないときは、大きく感嘆する。感嘆しても足りないときは、声を長くして歌う。歌っても足りないと、知らず知らずのうちに手足が踊り出すのだ。)

(略)

情發於聲、聲成文、謂之音。治世之音、安以樂、其政和。亂世之音、怨之怒、其政乖。亡國之音、哀以思、其民困。故正得失、動天地、感鬼神。莫近於詩。先王以是經夫婦、成孝敬。厚人倫、美教化、移風俗。

(情は音声になって発せられるが、この音声が「文」すなわち彩模様(あやもよう)を成したもの、これを「音(音楽・メロディー)」という。世の中が良く治まった国の音楽は安らかで楽しい。その国の政治がうまく整っているからだ。乱れた世の音楽は恨みと怒りに満ちている。その国の政治がうまくいっていないからだ。滅びようとする国の音楽は悲しみと憂いに満ちている。その民が行き詰まっているからだ。だから、得失(成功と失敗)を正し、天地を動かし、鬼神を動かすもの、それは詩がもっともふさわしい。先王(古き良き時代の王)は、だから詩を通して夫婦の関係を整え、孝行心と敬愛の情を養い、人倫を厚くして教化を賛美し風俗を良い方に導いたのだ。)

牧角悦子「中国文学という方法」『中国学入門』勉誠出版

 この、「動天地、感鬼神。莫近於詩。先王以是經夫婦、成孝敬。厚人倫、」の件(くだり)、仮名序の「力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)のなかをもやはらげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をもなぐさむるは」じゃないかと思って、真名序を読んだら「動天地、感鬼神、化人倫、和夫婦、莫宜於和歌」の脚注に「詩経の大序に「動天地、感鬼神、莫近於詩」とある」ってまんま書いてあったので、あー迂闊でした。真名序もあとで精読しないとなあ。と思いましたことです。

文学意識の自覚

『毛詩』大序

 確かに、音楽はその時勢を反映します。戦乱にあえぐ国、貧困に押しつぶされる国、平和にぼけた国、その人々の発する音楽は、その国の民情の表れだといえるでしょう。ただ、それを、王者の側から人倫の教化と風俗の嚮導(きょうどう)に利用するのが良い、という主張に対して、近代的感性は距離、あるいは拒否を感じるのではないでしょうか。音楽は政治の為にあるのではない。と。

牧角悦子「中国文学という方法」『中国学入門』勉誠出版

 ううむ。ここはどうでしょうかね。鼓腹撃壌のことを考え合わせると、「和楽の音楽を強制して国民の幸福度を上げる」というよりは、儒教理念から「民の声は天の声、それは民の音楽から聞くことができる」という話なのではないでしょうか。

文学意識の自覚

『毛詩』大序

 ここに引いた『毛詩』大序は、おそらく前漢(前二〇六~八)の末ころのものです。前漢から後漢(二五~二二〇)にかけて、漢という王朝が儒教国家としての理念を強固にしていくまさにその時代に書かれたこの詩論は、心情の吐露としての詩を、直接的に王者の政治に結び付ける意図を持った、非常に儒教的な文学観の典型です。

牧角悦子「中国文学という方法」『中国学入門』勉誠出版

 ああ~、しかし、「怪力乱神を語らず」の先入観があったから、「鬼神をも感じさせ」と儒教を結び付けることができなかったのですな、私は。たしかに民衆の教導という立場は、儒教政治ですね。

中国学入門 中国古典を学ぶための13章

中国学入門 中国古典を学ぶための13章

古今和歌集 (岩波文庫)

古今和歌集 (岩波文庫)