蜀犬 日に吠ゆ

2013-03-26

[][][]「この君」の話~~『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社 20:36 はてなブックマーク - 「この君」の話~~『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 『世説新語』より

任誕篇 第二十三

四六

 王子猷(おうしゆう)(注一)はあるとき人の空家に一時仮り住まいをしたことがあるが、すぐ竹を植えさせた。ある人がたずねた。

「しばらく住むだけなのに、なぜそんなことをする必要があるのかね」

 王子猷はしばらく嘯(くちぶえ)ふいてのち、竹をまっすぐ指しながらいった。

「一日とてこの君がなくてよかろうか(注二)」


  • 一 王子猷 王徽之(きし)(本篇三九節)。子猷は字。王羲之の子。
  • 二 一日として…… 原文は「何ぞ一日も此の君の無かる可(べ)けんや」とある。これが出典となり、竹のことを「此君」という。
『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

 これを出典として「この君」などといっている人は、申し訳ありません、清少納言しか知りません。そこで『枕草子』を引っ張り出そうと思ったのですが、書棚を探して出て来たのは「桃尻」。うぅむ。と、半月ぐらいほったらかしていました。つい先日、『列子』をさがしていたところ岩波文庫版の『枕草子』がでてきたので忘れないうちにメモ。


(一三七)

 五月ばかり、月もなういとくらきに、「女房やさぶらひ給ふ」と、聲々していへば、「出でて見よ。例ならずいふは誰(たれ)ぞとよ」と仰せらるれば、「こは、誰(た)ぞ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」というふ。ものはいはで、御簾をもたげてそよろとさし入(い)るる、呉竹なりけり。「おい、(三)この君にこそ」と(四)いひわたるを聞きて、「いざいざ、これまづ殿上にいきて語らむ」とて、(一)式部卿の宮の源中將、六位どもなど、ありけるは往(い)ぬ。

 頭の辨はとまり給へり。「あやしくても往ぬる者どもかな。(二)御前(ごぜん)の竹を折て、歌よまむとてしつるを、おなじくは職にまゐりて、女房など呼び出できこえてと、もて來つるに、呉竹の名をいととくいはれて、往ぬるこそいとほしけれ。誰(た)が教へを聞きて、人のなべて知るべうもあらぬことをばいふぞ」などのたまへば、「竹の名とも知らぬものを。なめしとやおぼしつらん」といへば、「まことに、そは知らじを」などのたまふ。

(後略)

  • (一三七)長保元年
  • 三 この君―晉書、王徽之傳「嘗寄居空宅之中、便令種竹。或問其故。徽之但嘯詠指竹曰、何可一日無此君邪」。
  • 四 いひわたる―不審。能因本「いひたる」。
  • 一 式部卿の宮の源中將―爲平親王(村上天皇皇子)の二男、源頼定。長徳四年十月中將、寛弘二年六月蔵人頭。前出(四五)。
  • 二 御前の竹―清涼殿東庭の呉竹。
池田亀鑑校訂『枕草子』岩波文庫

 出典は『晋書』ということになっています。内容は同じですけれど。

中国古典文学大系 (9)

中国古典文学大系 (9)

枕草子 (岩波文庫)

枕草子 (岩波文庫)


 橋本訳も書いておきます。

第百三十段

 五月ぐらい――月もなくてすっごく暗いとこに、「女房はいらっしゃるかいな」って、声を合わせて言うから、「出て見といでよ。非常識な呼び方は誰なの?」っておっしゃるからさ、「ちょっと、誰よォ! すっごい大袈裟沢山にとんがってんのはァ!」って言うのね。

 ものも言わないで御簾を持ち上げて、ソヨロッって入って来るのは呉竹なんだったのね。

「あら、この君だったのか」って言ったのを聞いて、「よォよォ! こいつをまず殿上の間に行って話そうぜェ」ってさ、式部卿の源中将、六位達なんか、いたのは行っちゃったの。

 頭弁はお残りになったのね。

「なに考えてんだか、行っちまいやんの。”御前の竹を折って和歌読もうぜ”ってやってたのを、”どうせなら職の御曹司に行って、女房なんか呼び出してもらってさ”って持って来たのに、呉竹の名前をスゲェさっさと言われて行っちゃていうのがなァ、ホント、情けないよなァ。誰が教えんのを聞いて、人が普通知っていそうもないセリフをさ、言うのよ?」なんておっしゃるから、「竹の名前だなんて知らないもーん。”なめてる”とかお思いになったんでしょ」って言うと、「そうそう。そんなこと知らないんだ♡」なんておっしゃるの。

(後略)

(註:「またか」っておっしゃられるかもしれませんけどォ。自慢みたいでいやなんですけどォ、中国の王徽之って人が空家に住んでてね、一人じゃつまんないから、庭に竹を植えたんですって。それ以来、竹は人間の”お友達”なのよ。白楽天はさ、「竹は中がガラン洞で真っ直ぐだ」って――つまり心の中がきれいで姿勢がいいって、”師(せんせい)”扱いまでしたのね。藤原篤茂(あつもち)って人が、その白楽天のことを漢詩にして、「種エテ此君ト称ス」って言ってる。そのことなんだ。清涼殿の東の庭には呉竹の台って、竹を植えてあるとこがあるからね。それでみんなワイワイやってたんでしょ。)

橋本治『桃尻語訳 枕草子』中 河出文庫
桃尻語訳 枕草子〈中〉 (河出文庫)

桃尻語訳 枕草子〈中〉 (河出文庫)

2013-03-23

[][]匈奴の使者の観察眼~~『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社 22:50 はてなブックマーク - 匈奴の使者の観察眼~~『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

容止篇 第十四

 魏の武帝(注1)が匈奴の使者を引見しようとしたとき、自分は身体が貧弱であるため(注2)、遠国を威圧するだけの貫禄がないと思い、崔季珪(注3)に身代わりをさせ、自分は刀を手にとって玉座のそばに立っていた。

 引見が終わったあと、間諜にたずねさせた。

「魏王の様子はどうだったかね」

 匈奴の使者は答えた。

「魏王はお見受けしたところ非常にりっぱな方です。だが、玉座の近くで刀を手にした人は、これこそ英雄です」

 魏の武帝はこれを聞くと、追いかけてこの使者を殺させた(注4)。


  • 魏の武帝 曹操。言語篇八節に見える。
  • 身体が貧弱であるため 『魏氏春秋』によると曹操は身体が短小であったという。
  • 崔季珪 崔琰。字は季珪。清河(山東省)の人。鄭玄(じょうげん)の弟子となり、曹操に仕えて中尉となったが、のち曹操に殺された。(『三国志』魏志一二)
  • 使者を殺させた 自分のトリックを見破られたのを恥じたためか。あるいはこのような能力ある人物を敵国に帰すことを恐れたためか。いずれにしても作り話らしい感じが強い。
『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

 もちろん作り話なのでしょう。ただ、当世(南北朝ころ)の人々には、この話の面白さというか勘所が分かっていたことでしょう。わざわざ使者を殺した理由も、説明なしに分かったのではないですかね。

 「殺した理由」は、もちろん「身代わりを立てた理由」に関連していることでしょう。あとから間諜に探りを入れさせていますからこの身代わり作戦には意図があったと考えて問題ないはずです。

 訳注をつけた森(三樹三郎)先生がはじめにいう「トリック暴露を恥じた」というのであれば、曹操は匈奴の使者との知恵比べとして身代わりを立てたのだろうということになりましょうが、名前も出てこない単なる使者が、曹操と知謀を競いますかね。曹操の「なぞなぞいたずら」というのは「闊」や「一人口」の逸話のように「みんなをからかう」イメージがあります。それで、いたずらなら、見抜かれて殺すというのもやり過ぎのように思えます。

 見抜いた匈奴の使者を「能力がある」として殺すなら、なぜ引見したのか。魏は基本、匈奴よりも烏丸と激しく争っていたので、匈奴が有能ならそれを外交的に操作した方がよいはず。この程度のすり替えを見抜くだけで危険レベルを認定していては、魏は外交なんぞできない状態になってしまいます。中華帝国が世界最高の時代ならともかく、中原に鹿を追っている最中に対外強硬姿勢すぎます。これもあまり曹操らしくない。

 わたしの考えとしては、曹操が自分の容姿にコンプレックスを持っていたというフロイト博士の説に賛成。そうしたら案に相違して見抜かれてしまい、「国家使節との会見で不義理」という汚名がのちのちの対外交渉にマイナスになるとおもって口を封じたのだと思います。

 

中国古典文学大系 (9)

中国古典文学大系 (9)

2012-07-02

[][][]三国志異聞 22:50 はてなブックマーク - 三国志異聞 - 蜀犬 日に吠ゆ

 三国志の話題をするとき、正史なのか演義なのかを共有しないと困ると言う話。


 常識人の三国志。

目次

      • 関連地図 10
      • はじめに 13

正史『三国志』の話……15

    • 1 正史とは 16
    • 2 紀伝体とは 21
    • 3 陳寿のこと 31
    • 4 『三国志』について 34
    • 5 裴松之の注について 40
    • 6 『三国志』の注釈、研究 45
    • 7 『資治通鑑』について 48
    • 8 『三国志演義』について 50

一 混沌(カオス)のはじまり……53

      • 董卓 呂布 54

二 曹操をめぐる勇士傑物……75

    • 1 曹操の武将
      • 夏侯惇 76
      • 典韋 82
      • 許褚 88
    • 2 曹操の参謀
      • 荀イク 94
      • 華歆 98
    • 3 曹操にたてついいた男
      • 陳宮 105
      • 華佗 110

三 北方の勇者たち……117

      • 公孫瓚(附)劉虞 張燕 118
      • 袁紹 130
      • 沮授(附)田豊 許攸 133

四 献帝とその周辺……141

      • 献帝 142
      • 董承 148
      • 伏皇后 153

荊州の人々……157

      • 劉表 158
      • 蒯越(附)蔡瑁 161
      • 黄祖 167
      • 徐庶 170

六 西方の暴れ者……175

      • 北宮伯玉(附)辺章 王国 176
      • 傅燮 187
      • 馬騰(附)馬超 194
      • 韓遂 205

七 孫権の家臣……213

      • 張昭(附)顧雍 214
      • 周瑜 222
      • 魯粛 232
      • 闞沢 240

八 劉備の配下……251

      • 龐統 252
      • 関羽 238
      • 張飛 264

九 益州・漢中の人たち……269

      • 張松(附)法正 270
      • 張魯(附)劉焉 279

十 女たち……291

      • 丁夫人 292
      • 呉夫人 299
      • 甄皇后(附)郭皇后 毛皇后 305

十一 四大スター……315

      • 曹操 316
        • 人の呼び方――殺戮記略――帝王の風格――人材論
      • 孫権 342
        • 若い三代目――魯粛評価――公孫淵事件――呂蒙事件――皇太子問題
      • 劉備 338
      • 系図調べ――不良青年――「部曲」をつれて――呂布との関係
      • 諸葛亮 384
        • 素性について――就職問題――「天下三分の計」――法家の手法――北征――『三国鼎立』の実相――秋風五丈原――木牛流馬――八陣図

あとがき 424
文庫版あとがき 426

関連元号西暦対照表 430
人名索引
高島俊男『三国志 きらめく群像』ちくま文庫

 三国志異聞

『三国志 英雄妖異伝』目次

占卦篇

  • こんなに中(あた)っていいのだろうか――菅輅  16
  • 的中率なんと九十パーセントの夢占い――周宣  20
  • 曹丕の本当の寿命は四十歳――朱建平  23
  • 神明を謳われた太乙(たいいつ)の秘法――劉惇  26
  • 避けられぬ刑死の運命を呪う――張裕  27
  • 夢を文字に置きかえて吉凶を知る――趙直  30
  • 呉の滅亡を五十八年前に予言――趙達  33
  • 関羽の捕縛は明日の正午だ――呉範  36

妖異篇

  • 木が血を流したのを見て死の床に――曹操  42
  • 斬られた幽霊が残した結婚――鍾繇(しょうよう)  45
  • 自分を陥れた男をとり殺す――游殷  48
  • あの世からの息子の頼み――蔣済  50
  • 麻酔薬を用いて外科手術――華佗  53
  • 母猿を射殺して己の死期を悟る――鄧芝  57
  • 天の使者から出火を教えられる――糜竺  59
  • 代々の墓地から五色の雲気が――孫堅  61
  • 殺した于吉の姿が鏡に映る――孫策  63
  • 四百年前の先祖とそっくり――呉綱  67
  • 水の上を歩く仙人――葛仙公  69
  • 飲み食いしても姿が見えない神様――王表  71
  • 棍棒で禁の術を破る――賀斉  74
  • 隠行(おんぎょう)の術を会得した仙人――介象  76
  • 凶兆に気づかず暗殺される――諸葛恪  78
  • 主人の死を告げる死者――柳栄  82
  • 司馬氏の簒奪を予言――熒惑星(火星)の化身  85
  • 遠く離れて劉表の死を知る――華容県の女  88
  • 胡麻塩頭の生きているような死体――(?)  90
  • ゆらゆらと揺れ動く肉塊――公孫淵  92

奇行篇

  • 糞尿を呑みこんで毒下し――郭汜  96
  • 才知を鼻にかけて殺された空論の男――孔融  98
  • 悪口雑言を吐き散らして哀れな最期――禰衡(でいこう)  102
  • 癇癪を起こして筆を踏み躙(にじ)る――王思  106
  • 一風変わった路上生活者――石徳林・扈累(こるい)  109
  • 醜侯と諡(おくりな)されたほどの変わり者――呉質  112
  • 天に禁酒を誓うから一盃持ってこい――劉怜  115
  • 吝嗇(けち)には見境などあるものか――王戎・曹洪  117
  • 上司の人形に朝な夕な矢を放つ――時苗  120
  • 憎い魏延の首を踏みつける――楊儀  122
  • 降虜于禁・糜芳よ恥を知れ――虞飜  125
  • 生まれ変われたら酒壺になるぞ――鄭泉  128
  • 戦いを前に髪振り乱して絶唱――留贊(りゅうさん)  130
  • 犬一頭に兵士一人を当てがう犬狂い――何定  132
  • 夫の愛妾を殺して丸坊主に――劉氏  134

機智篇

  • 命を救った『七歩の詩』――曹植  138
  • 象の目方はこうして計る――曹沖(そうちゅう)  143
  • もう一つの「空城計」――文聘(ぶんへい)  146
  • 人質もろとも賊を討て――韓浩(かんこう)  148
  • 智恵が回り過ぎてあえなく刑死――楊脩  151
  • 孤城を守って孔明を退ける――郝昭  155
  • 天には耳も足もあれば姓もある――秦宓  158
  • 孔明を戒める――楊顒  161
  • 鼠の穴から宦官の悪企みを暴く――孫亮  166
  • 弓矢ばかりか機転も利いた――太史慈  170
  • わが君は聡明仁智雄略の持ち主――趙咨  173
  • 孟嘗君譲りの機智――薛綜  176
  • 孫晧の論難者を逆に凹ませる――李仁  179
  • 奇策を用いて宦官に取り入る――孟他  182
  • 曹操に一泡吹かせた大胆な行動――李孚  184
  • 音楽を演奏させている間に脱出――呂布  187
  • 酒に酔わせて書法を盗む――梁鵠  190
  • 的確な見通しで一族の子弟を救う――辛憲英  193
  • 財産よりも徳義こそ大切――習氏  195
  • 欠けるものは眉目麗しさだけ――阮氏  198
  • 靡いたふりして夫の仇を討つ――徐氏  201

機智篇

  • 熱気球を何征と北伐に使用――諸葛亮  204
  • 雲南省にキリストの兄がいた――諸葛亮  209
  • 「三顧」の前に自ら訪問――諸葛亮  212
  • 国家神として君臨する――関羽  216
  • 『蒟蒻問答』は俺のほうが先だぞ――張飛  222
  • 今もつづく『桃園結義』――義兄弟の末裔たち  227
  • 臍で灯芯を燃やされるとは――董卓  229
  • 不遇だった三国志版ダ・ヴィンチ――馬鈞  232
坂口和澄『三国志 英雄妖異伝』青春文庫

(あとでかく)

三国志 きらめく群像 (ちくま文庫)

三国志 きらめく群像 (ちくま文庫)

三国志英雄妖異伝 (青春文庫)

三国志英雄妖異伝 (青春文庫)

2012-01-05

[][][][]酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第弐部 文春文庫 21:20 はてなブックマーク - 酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第弐部 文春文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ようよう地の果て宇都宮にも配本が来ました! わーい。並べるのが遅いですよ!

泣き虫弱虫諸葛孔明 第弐部 (文春文庫)

泣き虫弱虫諸葛孔明 第弐部 (文春文庫)

 しかも相変わらずひどい。

孔明、途端にいきなり博望坡(はくぼうは)を燃やす

 新野は劉備軍団のせいで有名になってしまっただけの何の罪もない天然な小城にすぎないのであった。新野は何故か(もないものだが)『三国志』関連の地図には必ず大きめの点が打たれて目立ち、それこそが異常というしかないのは承知せざるを得ないところだ。大げさに言えばバスケットボール大の地球儀の日本列島の真ん中あたりに、サンフランシスコと同じ大きさの黒点で、”新宿”と打ってあるような(Tokyoはその隣)、何かの間違いであろう。これでは衛生軌道上から新宿区をピンポイント爆撃するにも誤差がありすぎで、宇都宮に命中してしまっても仕方がない。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第弐部 文春文庫

 仕方がない、で済ます気ですかぁーーーーー! 宇都宮にだって、穀潰しやニートが済んでいるんですよ!! まあ衛生軌道上から新宿が爆撃される事態に至ったら、文句も言えないのでしょうけれどもねえ。

 しかし相変わらず酒見先生ひどい。体調を崩されているとのことで、ご健勝をお祈り申し上げます。

 

2011-09-07

[][][][]曹操の評価~~『中国史』2三国▼唐 世界歴史大系 山川出版社 20:16 はてなブックマーク - 曹操の評価~~『中国史』2三国▼唐 世界歴史大系 山川出版社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 曹操悪玉論を目にして、歴史に詳しそうな人が「曹操は永遠の悪玉」みたいな言い方をしていたので「正史以外では、そうでもないよ」「そういう時期ばかりでもなかったよ」という話を。

第一章 三国

補説1 曹操にたいする評価について

 中国の古典劇における曹操は顔を白くぬってあらわれる。白ぬりは姦悪(かんあく)の役柄である。曹操のイメージは悪く、三歳の子供でさえも彼をひどく憎んだと現代中国の歴史学の大家郭沫若(かくまつじゃく)氏はいう。しかし曹操にたいする評価はそれでもって一貫してきたわけではない。

 曹操評価の基準というべきもののひとつに正統論がある。つまり、魏と蜀漢のいずれを正統王朝として認定するかという問題が曹操評価に関わってくるのであるが、正統論は時代状況によって大きな影響を受ける。晋は魏の禅譲をうけたから、西晋時代の論者は魏を正統とみなす。陳寿(ちんじゅ)の『三国志』が魏を本紀であつかい、呉・蜀の君主を列伝のなかであつかっているのはその代表例であるが、彼は曹操に「非常の人、超世の傑(けつ)」という肯定的な評価を与えている。

『世界歴史大系 中国史』2 三国▼唐 山川出版社

 しかし、北方異民族に蹴散らされて「華夏族の優越」を誇るしか取り柄がなくなった東晋以降はことさら漢が賞揚され、その後継である蜀漢こそ正統であるとの常識がうみだされていきます。

第一章 三国

補説1 曹操にたいする評価について

同様のことは宋代にもみられる。北宋では魏正統説が中心であった。司馬光(しばこう)は、天下統一がなされなかったゆえに魏を完全な正統とは認めないものの、『資治通鑑(しじつがん)』では実質上魏を正統としてあつかっていて、曹操のとらえかたも肯定的であるし、蘇軾(そしょく)の「赤壁(せきへき)の賦(ふ)」は曹操を英雄としてとらえている。いっぽう、南宋では華北をうばった金を魏に、みずからを蜀漢に比定する考え方がおこなわれる。そして朱熹(しゅき)(朱子)が『資治通鑑綱目』において蜀漢を正統としたことは、正統論の帰結を定めたのである。

『世界歴史大系 中国史』2 三国▼唐 山川出版社

 中華帝国に余裕があって全体的な言説をバランスよく見渡せるなら曹操は傑物であり、国難状態で漢民族のアイデンティティが脅かされる時代には蜀漢、劉備礼賛がはじまるのですね。

 「どこで生まれたか」なんぞという些細な事象しかプライドのよりどころがない国ってのは、落ち目にある訳ですね。ひどい結論だ。

2010-04-18

[][][][]ドラゴンクエストⅡ~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その5) 23:26 はてなブックマーク - ドラゴンクエストⅡ~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

 龍の探索、二回目。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 さて臥竜訪問一発目が不発に終わった劉備は、関羽の言を聞いて孔明の消息をしらべてから、再度急襲することに決めた。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p516

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 そして数日後、密偵の報告では、

「孔明と思われる怪しい男が自宅にいるのを確認した」

 ということだった。

「よし。関羽、張飛、現場にいそぎ飛ぶぞ。劉備軍団の威信に賭けて、今度こそヤツの身柄を押さえる」

 とはいうものの劉備の乗り気のなさに変化はない。

(雪降ってて寒いのに。面倒くさいな、行きたくないな)

 とか、登校拒否児童のような、かなり嫌気がしている。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p516

 歴史を既に知っている我々は、二度目の訪問も空振りになることが分かっているので、「晴れてからでいいジャン」とか思いますが、結果を知ってから動くことが出来ないのが、人生なのでしょうね。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

先に張飛が(略)不満顔で吠えた。しかし先に本音を鳴らされると、なんか同意したくなくなるへそ曲がりな気持ちは誰にだってあろう。劉備は、例によってきりりと表情を引き締めポーズをつくり、きっと張飛を睨み付けた。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p518

 意地っ張りでとりあえず臥竜岡にむかう義侠三兄弟。そこに、孔明の罠ならぬ、龐徳公の罠が炸裂!

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 隆中に入ると、さすがに今日は農夫たちの姿はない。雪に馬の足が沈み、難渋しつつさらに行くと路傍にぽつんとたつ酒家が見えた。しかもこの大雪の中でも営業しているらしく、中から高吟談笑の声が聞こえてくる。

(はて? 先日足を運んだ折には、こんな店はなかったが)

 関羽、張飛もそう思ったらしく、訝しげな表情だ。(略)

 怪異譚ではこういう場合、狐か狸か妖怪か仙人が、疲れた旅人に幻覚を見せているか、思い切り夢だったというオチが定説である。疑うべきであった。しかし渇きに苦しんだ末にオアシスを見つけた旅人の心中には疑念が湧き起こる余裕などないものである。劉備らは馬を繋ぐ手ももどかしく、鼻水垂らして酒家に駆け込んでいった。『三国志』の読者はこのくだりを変に思わないのだろうか。恥ずかしながらわたしも最初は何とも思わなかった。恐ろしいことだ。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p519

 わたしも酒見先生に指摘されるまで何とも思っていませんでした。恐ろしいことです。