2010-04-09
■ [筆記][伝奇][三国][上等]オペレーション・キャッチ・ザ・スリーピング・ドラゴン~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その2) 
消えてしまった部分を書き直す。
臥竜出廬のあたりから、酒見先生のツッコミはどんどん普通の、常識的なものになってゆきます。それは何故かというと、『演義』の方のテンションが異常なまでに揚がってしまいむちゃくちゃな展開を繰り出してくるため、ツッコミは常識的にならざるをえないのです。しかし、普通の『三国志』ワールドでは、こうした異常な展開を当然ととらえて幾百年を過ごしてきたのですから、常識的なツッコミが、むしろ異常に見えてしまう…… まあ、筆の滑りは酒見先生もおあいこでしょうか。
孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す
『三国志演義』の第三十六回から第三十八回まで異例の長さを費やした臥竜出廬のはじまりである。第三十四回からしつこく伏線が張られていることも勘定に入れれば、なんと五回にわたる花道の長さである。ゴージャス・スーパースターは最高の演出で迎えられ、スモークがたかれ、スポットライト、七色のレーザー光線の交錯のきらめく中で華々しく登場しなければへそを曲げてしまう。『三国志』中、最大のブルシット、我儘役者といっても過言ではない。
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p490-
というわけで、酒見先生もこの宣言をしてから150頁ちかく出廬のくだりをツッコミ続けるのですから尋常ではありません。
孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す
じつのところわたしは臥竜出廬の経緯、諸葛孔明、なにゆえ農村の一変人、海の物とも山の物ともわからない若輩者が、劉備玄徳、こちらも明るい未来がまったく見えない弱小軍閥(やくざもの)の親分に仕えるに至ったか……について、知りたいと思うところは大であるが、さんごくし、それは言わない約束でしょ、とばかりにそっとしておきたい気持ちもまた大である。
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p491-
水鏡先生のご推薦と、徐元直の言い残し、というだけでは確かにマユツバですよねえ。人材マニアの曹操であればともかく、劉玄徳がこんなにこだわったのって、臥竜先生ぐらいですからねえ。趙雲とか、馬超とか、ほんとにいつの間に心をつかんだのか不思議。
孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す
いちど書いてしまえば、量子論的ブレがあろうがなかろうが、それは固定されてしまう。つまりはこの小説の中では既に起きてしまったこと、事実となってしまうわけである。
固定しないでおけば、後になっても、ああだったろう、こうじゃないのか、あの研究者はこう片付けている、あの作家は触れもしない、ちょっと待ったそれは無茶すぎる、あり得ない、どこを調べたらそんなデタラメが出てくるんだ、等々、いろいろ想像して楽しむことができるわけだが、いったん書いてしまうと、読む人にわたしの解釈(つくり話)ではこうなっている、と思われても仕方がなくなってしまう。それに私の中でもなにかが固定されてしまう。言うなれば自由を失うのである。
書かなければ無限の大海、大いなる可能性があるのである。書いてしまうと極めて限定されて窮屈になってしまう。
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p491-
いまさらそんな。それは小説家の宿業ではないかと思うのですけれども。つまり、頭の中は無限でも、言葉は、あるいは原稿用紙は有限であり、しかしわたしたちの内宇宙が外界と通じ合うためには、有限のメディアを通すしか手段がないわけで、言葉を使ってそれを最高の技術に高めるのが、小説家、もしくは広く文学者であると思うんですけれどもね。三国志とは関係ない話。

- 作者: 酒見賢一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/10/09
- メディア: 文庫
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2010-04-03
■ [筆記][伝奇][三国][上等]ミステリアス・サノバビッチ~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その1) 
歴史上等。その結果がこれだとすれば、あまりに恐ろしい未来が実現してしまったものです。雑誌『歴史上等』刊行のあかつき(たそがれ?)には、信長もワシントンもこんな感じで小説化されてしまうのでしょうか。
酒見氏一流の孔明伝。というわけで、話の筋はおなじみの『三国志』。8章まで読み進めて、まだ三顧の礼まで来ていません。徐庶が「臥龍」を推挙して劉備の許を去ったところまで、ですが、酒見節が、ひどいというか、『陋巷に在り』でいえば「あとがき」の筆で本文も書いている、という感じなのですよ。『後宮小説』のハイ・ファンタジー性や、『墨攻』のハード歴史の、面影すら見えません。
劉皇叔、危難に遭いて水鏡の垂れる釣り針をみる
わたしはif SFが好きではないからこれ以上述べないが、
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫
酒見先生、あの作品やこの作品や、あのあとがきは「if」ちゃうかったのですか? もはや何も信じられません。
この作品は孔明の一代記であるため、いわゆる『三國志』(陳寿の正史と裴松之の注)や『三国志』(『演義』以下、和訳や亜流作品のこと)からすると、話が途中から始まることになります。そこで、三国志のおおまかな話を、酒見氏自身が解説してくれているので引き写します。
孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す
リュー・ベイ(劉備)とクワン・ユー(関羽)、チャン・フェイ(張飛)はピーチ・ガーデン・プレッジ(桃園結義)以来、互いを”ブラザー”と、クリスチャンチックなのかヤング・ギャング風ブラックスタイリッシュチックなのか、呼び合っており、チャン・フェイが敵をヒットしたりすれば、リュー・ベイ、クワン・ユーは、
「ナイス・アタック! ブラザー」
とビッと親指を突き立てて拳を握ったりするわけだし、黄巾賊を追い詰め鏖にするときも、キャプテン・リュー・ベイが、
「ヘイ、キル・ゾーズ・フェローズ!(奴らを吊せ!)エクスタミネート、イエロー・ターバンズ!(黄色頭巾どもを血祭りに上げろ!)」
とイエローどもを人間と思うな、とメキシコ人密入国者を狩るときのように豪快に命令し、ツァオ・ツァオ(曹操)がド汚いことをすれば、
「ファック、ツァオ・ツァオ! ガツッ・ダムン・シット」
と口汚く罵るのがよく似合う。
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫
孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す
お話の前半、リュー・ベイ・ブラザーズが馬を駆って激走し、敵を狩り殺す様はインディアンと戦う騎兵隊というしかなく、一騎打ちはガンマンの決闘である。ドン・ヅォ(董卓)は涼州の乾ききった荒野からやってきた血も涙もないアウトローたちのボスで、リュ・ブ(呂布)は愛した女に裏切られ、殺しに取り憑かれるしかなかった非常のロンリー・ソルジャーだ。
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫
孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す
中盤からは話が少し変わる。
マーベラス・クレバー・ワン(天下の奇才)は、ニックネームをスリーピング・ドラゴン(臥竜)またはヒドゥン・ドラゴン(伏竜)と呼ばれている実態不明のミステリアス・サノバビッチである。かれはスリーピング・ドラゴンズ・ヒル(臥竜岡)に棲んでいて、勇者は手みやげに玉でも持って万難を排して会いに行かねばならないのである。ドクター・ウォーター・ミラー(水鏡先生)がアンクル・リュー(劉皇叔)に、
「あのグレート・ファッキン・ボーイをスカウトしストラテジストとすれば、ハン・エンパイア(漢室)をリストアできよう」
と説くのだが、そのくせジェネラル・リュー(劉将軍)が、
「フー・イズ・ヒドゥン・ドラゴン?」
と何度質問しても、オールド・ウォーター・ミラーは、
「グッド、グッド」
とリプレイするだけであった。
ちなみに鳳雛はフェニックス・フレッジリング(駆け出し不死鳥)というらしい。竜とドラゴンは本当はちがう生き物なのだが、現代では一緒くたにされてしまっており、チャイナ・ファンタジーはお好きですか? というしかあるまい。
シュー・シュー(徐庶)が去る前にコン・ミン(孔明)に後任を頼みに行ったとき、コン・ミンが
「ユー、ゴー・ツー・ヘル! オレをザ・ヴィクテム・オブ・ユア・サクリファイスにするんじゃねえ」
と激怒するのは原作通りである。しかし「貴様の身代わりにいけにえ」というフレーズは原作以上の怒りと呪い感がこもっている。またシュー・シューの母を讃える歌は、
ハイル! マザー・シュー
ユア・メモリー
ホイル・オブ・タイム・ロールズ・オン
シャル・ネバー・ダイ
(賢なる哉徐が母、芳を千古に流せり)
と、もはや永遠のブルースとなっている。
さてアンクル・リューはスリータイム・ビジットの後、ようやく”ザ・マスター”とも称されるエキセンットリック・ミラクル・ガイ、スリーピング・ドラゴンに面会がかない、ウルトラ・ワイズマンであるコン・ミンはとうとう世に出ることになる。文中にはかっこいいポエムやソングがたくさん挿入され、なんだかネイティヴ・アメリカンの口承物語をミュージカルにして観ているような錯覚すらおぼえるほどである。
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫
孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す
この後のスペル・マエストロ・コン・ミンの活躍やいかに。スリーピング・ドラゴンが、チョウ”ビューティ・ザ・マン”(美周郎)が、ワンダフル・サイエンティフィック・ミリタリー・プランを戦わせながら、ザ・グレート・バトル・オブ・レッド・クリフ(赤壁大戦)にてんやわんやの活躍をする
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫
うんぬん。
いちおう三国志とは関係のない部分を省略して引用してはいますが、一体これは三国志なのか、まあ三国志なのでしょうが、小説なのでしょうか。歴史上等だけではなくて、小説上等にまで突きぬけようとしているのでしょうか。
いや、このへん読んでてあまりのアホらしさに涙すら……間違い。
孔明、五禽の戯れに醜女を獲る
ええかっこしいの孔明は、
(羞ずることなし)
と気にするそぶりを抑え、堂々としていたが、それでも目が心の汗で潤ってくるのは何故?
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫
目が心の汗で潤ってきました。
孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す
話を戻す。
まあ、要するにロング・ロング・タイム・アゴー……イン・トゥーブレント・エイジ(乱世)にロイヤル・ブラッドのベリー・ナイス・ヒーローを二人のスーパー・ストロンゲスト・グラジエーターがサポート&アシストしながらテリブルに暴れ回り、ある晴れた日、ハーミットであったドラゴン・ウィザードまたはドラゴン・ソーサリーが出てきて、プラン・オブ・スリー・キングダムズ(天下三分の計)でまやかし、マジックやオカルティック・アートを駆使してドミネーション・オブ・ザ・ワールド(天下制覇)のために邁進していくレジェンド・ストーリー、それが『三国志』なのだっ。持ってけ、ファンタジー! 歴史解釈とか糞食らえな感じといおうか。荒唐無稽で上等、男の生き様とかロマンも、その場がかっこよくさえあれば別にどうでもいい。
酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫
全然要してないのですが、わたしがまとめるとすると、要するに「三国上等」なのです。
いやあ、しかし、本当にあとがきの筆致で本文を書いていたとは。
歴史上等
「オレら歴史上等っスから。織田信長だろーが諸葛孔明だろーが、ただイクだけっす」
というようなカブキ心
酒見賢一『陋巷に在り』2 新潮文庫
歴史上等
歴史は女が作る、ともいう。よってレディースだって上等だ。
「いいか、テメエら、これからの歴史小説はアタイたちがシキる。だから歴史上等! ヨロシク」
酒見賢一『陋巷に在り』2 新潮文庫
イキ過ぎ感も否めませんが、星落五丈原までこのテンションが続けば、それはそれで偉大だと思います。

- 作者: 酒見賢一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/10/09
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2009-06-25

■ [筆記][シャーロキアン][上等][児童文学]山本周五郎『シャーロック・ホームズ異聞』作品社 
収録作品の、まだ「シャーロック・ホームズ」しか読んでいませんが、大満足!
ひどすぎる! 笑いが止まらない!
ハードカヴァーでお値段が\2800であったため買うのをためらっていましたが、「愛って、ためらわないことさ」と刑事さんが言っていたのでついに購入。

- 作者: 山本周五郎,末國善己
- 出版社/メーカー: 作品社
- 発売日: 2007/10/25
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編者解説より
「シャーロック・ホームズ」(「新少年」一九三五年一二月別冊附録)
博文館の少年雑誌「新少年」の別冊附録に一挙掲載された長編で、本書が単行本への初収録となる。
山本周五郎『シャーロック・ホームズ異聞』作品社
本作は、コナン・ドイル原作、山本周五郎訳述とされているが、翻訳でも翻案でもなく基本的に周五郎のオリジナル・ストーリーである。北原尚彦『シャーロック・ホームズ万華鏡』(本の雑誌社、二〇〇七年八月)によると、「確認されている最も古いホームズ・パロディは、『シャーロック・ホームズの冒険』が『ストランド』誌に掲載されて数か月後には書かれている」とある。本作も伝統あるホームズ・パロディの一篇といえよう。
山本周五郎『シャーロック・ホームズ異聞』作品社
何が素晴らしいのかというと、「探偵活劇+乱歩風味+パロディ」の息もつげないたたみかけですね。文子姉さんが死んだ場面で、失礼ながらニヤニヤが止まりませんでした。
例によって勝手に目次を作ります。
シャーロック・ホームズ
- 五号館殺人事件
- 浮浪児凡太郎
- シャーロック・ホームズ
- 奇怪な足跡?
- 酔っぱらいの男
- 支那街の冒険
- 老婆の訪問
- 跟ける凡太郎
- 死美人の身許
- 怪ラマ食人種
- 男爵邸の事件
- 緑色の脅迫状!
- 真田男爵
- モンゴール王の宝玉
- 三通の「王の書面」
- 死の魔手迫る
- 凡太郎の活躍
- 悪漢と名探偵
- 逆襲
- 附け狙う眼
- 虎狼の牙
- 寝がえりをうつ?
- 裏のまた裏
- 狼と虎の取引
- 捕縛
- 「王の書面」が揃った
- 第二の殺人事件
- 二つの花束
- 虎狼罠を破る
- あ! しまった!!
- 庭の足跡?
- ホームズの死
- 意外な事は外にも
- 軽井沢山荘
- あ! 空だ!!
- ホームズの死
- 怪しい老人
- 雨の支那街
- 海上の狙撃者
- 雨中の追撃
- 壮烈なる血戦
- まだらの紐
- こちらはホームズ
- 奇妙な邂逅
- 第三の殺人事件
- まだらの紐
- 美しき出帆
- 夜の冒険
- 危機一髪!
- 万事解決!
- 大団円・美しき出帆
活劇パート
ホームズは、グールド先生の研究*1では1854年生まれ。本作の設定は1934年ですよ! つまりホームズ80歳。ロイヤルゼリーパワーで元気とはいってもタクシーに悪漢の自動車がぶつけてくるし、蒸気船で追いつ追われつするし、お爺ちゃん、無理しすぎ。とうぜんバリツの腕前も健在です。
「あッ畜生!」
寒石麟は猛然とホームズに跳りかかった、刹那! ホームズは一歩ひらいて、寒石麟の腕を掴むと、肩にかけざま、
「やっ!」
と叫んでみごとに投出す、――同時に二三人の刑事が跳りかかって手錠をはめた。
山本周五郎『シャーロック・ホームズ異聞』作品社
ラストシーンも、お爺ちゃん、無理しすぎ。ジョセフ・ジョースターもビックリの元気老人ですよ。
乱歩パート
うち捨てられた洋館に、和装麗人の死体。
支那街の演し物「怪ラマ食人種ショー」。まあ、植民地からきた謎の人物が事件を巻き起こすのは正典でもそうですけれど、怪ラマ食人種て。矮人で毒の吹き矢って。
パロディパート
真田男爵の次女静子さんは「ホームズもの」の愛読者。メタ文学! この世界では、原作者はドイルでしょうかワトスン君でしょうか。
軽井沢の冒険で唐突に瀧壺へと落ちてゆくホームズ! いよっ名人芸!
文子姉さん死す! もちろん死に際に「紐…」! ドースル、ドースル?
しかし私だってベイカー街に乗りこんだら、火かき棒をためす欲望に勝てるか分からないのであります。
*1:シャーロック・ホームズ年譜 Ⅰ.初期 を参照
2009-01-12
■ [創作][降臨][上等]空から女の子がオチ 
桶屋が死んで取り残された母娘。世話する人があるというので、江戸から下って赤羽へ。
子供連れでは足も進まず、予定を越えて夜になってしまいました。
やむを得ず、おいなりさんのお堂を借りて夜露をしのんでおりました。
草木も眠る丑三つ時。ふいに表に人の声。
素性も知れぬ荒くれどもが、どうやらお堂に来たらしい。
娘を起こして逃げる算段、ところが賊は戸を開ける。
かのとき早く二人は梁へと必死にのぼる。
げに恐ろしき山賊は、今日も今日とて盗みの準備。
梁の上では、生きた心地もありません。
次第に疲れて辛抱たまらず、娘のからだがぐらりとかぶく。
母はあわてて帯を解き、落ちる娘にゆわえつけ、ぎゃくにはずみで自分が落ちる。
母の重きに絶えかねて、娘の体は……屋根を貫き天を舞う。
山賊たちはこれを見て、「たがやぁ~~~」
■ [創作][降臨][上等]鉄の勇気を受けついで 

- 作者: アポロドーロス,高津春繁
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1978/06/16
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ミーノースはテーセウスとその仲間の逃亡を知って、ダイダロスに罪ありとし、彼とミーノースの女奴隷ナウラクテーとの間に生れた子イーカロスを迷宮内に幽閉した。彼は自分と子供のために翼を作り上げ、(アポロドーロス 高津春繁訳『ギリシア神話』岩波文庫)
「イーカロス、翼をきちんとつけたか?」
「はい、ダイダロスお父さん。」
「翼で飛ぶときに、約束を守れるか?」
「はい、ダイダロスお父さん。イーカロスは翼が太陽のためにその膠が溶けて放れないように高みを、また翼が湿気のために放れないよう、海の近くを飛ばぬようにします。」
生まれたときから迷宮にあり、母親どころか父以外の人間を見たことのないわが子を、ダイダロスは憐れんだ。
「迷宮を抜ければ、世界がある。太陽があり、海がある。おまえはきちんと父の後を飛ぶのだ、イーカロス。」
「はい、ダイダロスお父さん。」
「イーカロス、外へゆけばたくさんの男や女や男女や、牡牛や牝牛や魚や鳥を見ることができる。そうして私たちは仕事を見つけて、生きてゆくのだよ。」
「はい、ダイダロスお父さん。」
「イーカロス、イーカロス、イーカロス」
「外の世界にはたくさんの誘惑がある(太陽や海もそうだが)。イーカロス、私たちは強く生きなければならないのだよ。イーカロス、この暗い迷宮の中で強く生きてゆくために、私はおまえに強い名前を与えた。」
「ダイダロスお父さん、イーカロスの名は私を強くしてくれました。」
「外の世界に出たら、おまえはおまえ自身の名前で生きてゆくのだ。」
ダイダロスは、ほっと息をついでから告げました。
「おまえは、女の子なのだよ、イーカロセー」
■ [創作][降臨][上等]魔女が空から降ってきた 
空から降ってきたんだと、思う。女の子は1階の屋根から僕の部屋をのぞき込んで、にっこり笑った。可愛い。6年生くらい?
「誰?」
質問には答えずに、女の子はベランダのガラス戸から入ってきた。
ずいぶんと大きかった。僕の身長の何倍もある。
「あんたは、庭。」気づけば僕は犬だった。
もうひとり、かっこいい男が入ってきた。
「人間界で修行だって?僕をおいていくなんてひどいじゃな~~い。」
「なに、邪魔しに来たの?」
「逆だよ、この大魔法使いロランドが手伝ってあげるのに」
女の子はこれも無視して僕の左耳をむしり取った。絶叫してもがいても、彼女は顔色一つ変えなかった。
「片方がピーンとしてて、もう片方が折れてるようにしたかったんだけど、失敗だわ。」
窓から放り投げられた。背中を強くうった僕は庭に犬小屋があるのを見つけた。名前プレートまである。「チギレ」と書いてあった。
台所からママの声がする。
「ナナちゃ~~ん、今へんな音がしなかったぁ?」「なんでもないわ、ママ。」
見あげると、かっこいい男は、「わかったよ、じゃ、僕は隣の家に住むから」と、窓を飛びだしていった。
女の子が殺伐としない状況にしてみました。すると周りが無残。これはたしか『西遊記』で、下生した天女に懸想していた神の一人が同じように天から落ちて妖怪となり、転生した天女をかどわかす話。
2009-01-10
■ [創作][降臨][上等]名門!儒林館高校スカイダイビング部! 
断片
絶対ココロの中だけで叫んだ。
「センパイ!センパイの胸に飛び込みたいんです!高度5000フィートから!」
あたしは、天使じゃない。でも、天使になるのが夢だった。
タンデムでしか飛べない初心者だから、絶対笑われるから、誰にもいわないけど、センパイの胸に飛び込むのは、あたし。あたしが最初。
「そろそろ一年坊もパラシュートを用意しないとなあ。」小野センセイはいちいち嘘くさい台詞を吐く。「一年坊」って、バカか。でも、そんなバカは、嫌いじゃない。あたしのいうことを聞いてくれたら、(センパイとの)結婚式にはよんであげてもいいかも。
今日も、女の子たちが空から降る。でも、天使なのはあたし。センパイの天使なのは。
(筆者より。記録によれば儒林館高校のスカイダイビング部は「初歩的な事故」で活動を自粛することになる。それが、この手記の女の子やその先輩、あるいは関わりのある人物であるかどうかはつまびらかではない。読者のみなさんで考えていただいてもよかろうと思う。それではこれにて? グート・バイ)
■ [創作][降臨][上等]その後の、もしくはその前の話 
その後の、もしくはその前の話
いつもの悪夢に落ちてゆく感覚を味わいながら、それを止めることができない。いつもとなんの変わりもない。
少年のころにもどっている。山の上の小さなほこらで泣いている。一緒にいたはずの兄はいない。ほこらの下の深い穴に落ちてしまったのだ。そのことで泣いているわけではない。自分が明後日の夕方に村の人たちの捜索隊に見つけてもらうまで山の上にいなければならない、そのことで泣いているわけではない。兄弟から目を離したことで折檻を受けたねえやが里へ帰されてしまった、そのことで泣いているわけではない。兄が消えたことで母親は正気を失い、来週には生まれたばかりの妹を釜で煮殺してしまう。そのことで泣いているわけではない。
深い穴は、待っている。それが恐ろしくて泣いている。
意識はだんだんと眠りと距離をおき、ホテルの一室にまで戻ってきた。日付のかわるまえでちょうどいい。今から出かければ、誰にも会わずにあの山の上にまで行けるはず。体を起こし、準備をする。毛布でくるんだ、かつて女の子だったものを積みこんだ車を飛ばした。
あのあと、穴に許してもらうために多くの石や木の枝や、蛙や魚、それからどんなものか分からないがたくさんのものを放り込んだ。小学校を卒業すると教科書もランドセルも。とにかくなにかあればそれは穴に放り込んだ。
それから、穴に呼ばれることはずっとなかった。はずなのに。
村を出て、穴のことなど忘れたころ、それは夢に出てくるようになった。また、求めているのだ。何を? 何を求めているのだろう。
思ったよりも山道に手間取ってしまった。あの頃と変わっていないほこらと、深い穴。ずるずると穴の縁にそれを運ぶと、昔となんにも変わらない、穴は底なしのやみへ呑みこんだ。
しばらくたって、ほこらが火災になりあの穴はどこかの業者が埋め立てることになったと聞いた。
小石が落ちて、「おーい、でてこーい」と空から声がした。