蜀犬 日に吠ゆ

2016-02-13

[][]祈りの言葉 19:19 はてなブックマーク - 祈りの言葉 - 蜀犬 日に吠ゆ

 祈りの言葉のうろ覚え

「天に在(まし)ます我らの神よ、願はくは 皆(みな)を あがめさせたまへ

 御国(みくに)の 来ますように

 御法(みのり)の 行はれますように

 われらの 日々の糧(かて)を あたえて下さいましたことを、感謝します

 アァメン」

 こんな感じでしたが、聖書では違っていました。

 新共同訳

マタイによる福音書 6

10-13 天におられますわたしたちの父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように。天におけるように地の上にも、私たちに必要な糧を今日与えて下さい、わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を、赦しましたように、わたしたちを誘惑に遭わせず、悪いものから救って下さい

「マタイによる福音書」新共同訳『聖書』

 文語

マタイ傅福音書 6

9 この故に汝らは斯く祈れ。

10 「御國の來らんことを。御意の天のごとく地にも行はれん事を。 11 我らの日用の糧を今日(けふ)もあたへ給へ。 12 我らに負債(おひめ)ある者を我らの免(ゆる)したる如く、我らの負債(おひめ)をも免し給へ。 13 我らを嘗試(こころみ)に遇(あ)はせず、惡より救ひ出(いだ)したまへ」

『舊新約聖書』日本聖書協会

 新共同訳

ルカによる福音書 11

2-4 父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。わたしたちの罪を、赦してください。わたしたちも自分に負い目のある人を、皆赦しますから。私たちを誘惑に遭わせないでください。

「ルカによる福音書」新共同訳『聖書』

 文語

ルカ傅福音書 11

2 イエス言ひ給ふ「なんぢら祈るときに斯く言へ「父よ、願はくは御名の崇められん事を。御國の來たらん事を。 3 我らの日用の糧を日每に與へ給へ。我らに負債(おひめ)ある凡ての者を我ら免(ゆる)せば、我らの罪をも免し給へ。我らを嘗試(こころみ)にあわせ給ふな」」

『舊新約聖書』日本聖書協会

2015-02-09

[][][][]十字軍研究の今 16:51 はてなブックマーク - 十字軍研究の今 - 蜀犬 日に吠ゆ

『西洋中世史研究入門』名古屋大学出版会より

(1)十字軍運動
十字軍とは何か

特に日本においてのことであるが、「十字軍とは、聖地エルサレムの奪回を目的としたキリスト教徒の軍隊であり、7回ないし8回行われたが、徐々に当初の宗教的目的が薄れて最終的には13世紀にその終焉を迎える」といった類の教科書的記述を十字軍の理解の前提にしないことが必要である。

『西洋中世史研究入門』名古屋大学出版会

 次に世界史の教科書が大きく変わるとすればこのあたり、らしいです。

(1)十字軍運動
十字軍とは何か

複雑極まりない十字軍研究の現状においても、概ね次の点では共通見解を得ていると言えよう。十字軍の本質は贖罪にあり、十字軍に「宗教的、政治的、経済的云々」と現代的価値観に基づいた評価を下すのは歴史学的には意味をなさないこと、十字軍とは連続的な運動であり、「第○回」という表現は便宜的に付けられているに過ぎないこと、1274年のリヨン普遍教会会議に十字軍運動の前・後期の分岐点を置くことなどである。教科書的記述の問題点については、八塚春児(1994*1)でも指摘されており、教科書の記述は書き改められるべき時期を迎えているのではなかろうか。

『西洋中世史研究入門』名古屋大学出版会

 というご意見もわかりますが、十字軍の研究が複雑化してテーマも多岐にわたって広がり続けている現状では、十字軍の記述を改める時期とは言いがたいのではないでしょうか。総括的な研究成果が出されてから教科書の記述を書き改めるのがよいかと思われます。

*1:八塚春児(1994)「第1回十字軍の招集」『歴史と地理』471

2014-08-01

[][]四福音書の冒頭 08:40 はてなブックマーク - 四福音書の冒頭 - 蜀犬 日に吠ゆ

マタイによる福音書 第1章

The Gospel According to MATTHEW CHAPTER 1
イエス・キリストの系図

1 The book of the genealogy of Jesus Christ, the Son of David, the Son of Abraham:

1 アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。

2 Abraham begot Isaac, Isaac begot Jacob and Jacob begot Judah and his brothers.

3 Judah begot Perez and Zerah, by Tamar, Perez begot Hezron, and Hezron begot Ram.

4 Ram begot Amminadab, Amminadab begot Nahshon, and Nahshon begot Salmon.

5 Salmon begot Boaz by Rahab, Boaz begot Obed by Ruth, Oved begot Jesse,

6 and Jese begot Solomon by her who had beenn the wife of Uriah.

7 Solomon begot Rehoboam, Rehoboam begot Abijah, and Abiyah begot Asa.

8 Asa begot Jehoshaphat, Jehoshaphat begot Joram, and Joram begot Ussiah.

9 Ussiah begot Jotham, Jotham begot Ahaz, and Ahaz begot Hezekiah.

10 Hezekiah begot Manasseh, Manaseh begot Amon, and Amon begot Josiah.

11 Josiah begot Jeconiah and his brothers about the time they were carried away to Babylon.

12 And after they were brought to Babyron, Jeconiah begot Shealtiel, and Shealtiel begot Zerubbabel.

13 Zerubbabel begot Abiud, Abiud begot Eliakim, and Eliakim begot Azor.

14 Azor begot Zadok, Zadok begot Achim, and Achim begot Eliud.

15 Eliud begot Eleazar, Eleazar begot Matthan, and Matthan begot Jacob.

16 And Jacob begot Joseph the husband of Mary, of whom was born Jesus who is called Christ.

16 ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。

17 So all the generations from Abraham to David are routeen generations, form David until the captivity in Babyron are fourteen generations, and from the captivity in Babyron until the Christ are fourteen generations.

17 こうして、全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。

新共同訳『新約聖書』国際ギデオン協会

 開扉にあたる冒頭の章からもうムチャラクチャラなのが聖書の特徴です。

 「Jesus Christ, the Son of David, the Son of Abraham イエスキリスト(ダビデの子、アブラハムの子)」と宣言してしまっています。にもかかわらず「Joseph the husband of Mary, of whom was born Jesus who is called Christ ヨセフ(イエスを生んだマリアの夫)」と話が変わってしまっていますので、これまで延々つなげてきた系図はいったい何なのか、謎なのです。

 この系図はあと Luke 3:23-38 でも登場します。

 それと「Babyron バビロン」の中に baby が入っているのが地味に笑える。まあユダヤ教の生まれた地ではあるわけですが。



マルコによる福音書 第一章

The Gospel According to MARK CHAPTER 1
洗礼者ヨハネ、教えを宣べる

1 The beginning of the gospel of Jesus Christ, the Son of God.

1 神の子イエス・キリストの福音のはじめ

2 As it is written in the Prophets: "Behold, I send My messenger before Your face, Who will prepare Your way before You."

2 預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう

3 "The voice of one crying in the wilderness: 'Prepare the way of the LORD; Make His paths straight.'"

3 荒れ野で叫ぶ者の声がする。

 『主の道を整え、

 その道筋をまっすぐにせよ』」

そのとおり

4 John came baptizing in the wilderness and preaching a baptism of repentance for the remission of sins.

4 洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の許しを得させるために悔い改めの洗礼(バプテスマ)を宣べ伝えた。

5 Then all the land of Judea, and those from Jerusalem, went out to him and were all baptized by him in the Jordan River, sonfessing their sins.

5 ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。

6 Now John was clothed with camel's hair and with a leather belt around his waist, and he ate locusts and wild honey.

6 ヨハネはらくだの毛皮を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜(のみつ)を食べていた。

7 And he preached, saying, "There comes One after me who is mightier than I, whose sandal strap I am not worthy to stoop down and loose.

7 彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。」

8 I indeed baptized you with water, but He will baptize you with the Holy Spirit."

8 わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

新共同訳『新約聖書』国際ギデオン協会

 わかりよい。イエスに先行する洗礼者ヨハネを紹介し、ヨハネがあらたなメシアの到来を預言するということです。

 「イザヤの預言」とは、旧約聖書「イザヤ書」のことでしょう。

イザヤ書 40

帰還の約束

3 呼びかける声がある。

 主のために、荒れ地に道を備え

 私たちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。

新共同訳「イザヤ書」『聖書』

ルカによる福音書 第1章

The Gospel According to LUKE CHAPTER 16
献呈の言葉

1 Inasmuch as many have taken in hand to set in order a narrative of those things which have been fulfilled among us,

2 just as those who from the beginning were eye witnesses and ministars of word delivered them to us,

1-2 わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉(みことば)のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。

3 it seemed good to me also, having had perfect understanding of all things from the very first to write to you an orderly account, most excellent Theophilus,

3 そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。

4 that you may know the certainty of those things in which you were instructed.

4 お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。

新共同訳『新約聖書』国際ギデオン協会

 これも話は分かります。伝道者ルカは、他の者たちに比べるとすこし遅れてあらわれ、先行する福音を参照しながらみずからの物語を書き連ねたということになります。そしてそういう、いわば2次文献が、先行する福音書と並列されているところも、『新約聖書』の不思議な特徴ではあります。


ヨハネによる福音書 第1章

The Gospel According to JOHN CHAPTER 1
言葉が肉となった

1 In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God.

1 初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。

2 He was in the beginning with God.

2 この言は、初めに神と共にあった。

3 All things were made through Him, and without Him nothing was made that was made.

3 万物は言葉によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。

4 In Him was life, and the life was the light of man.

4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。

5 And the light shines in the darkness, and the darkness ded not comprehend it.

5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。

6 There was a man sent from God, whose wname was John.

6 神から遣わされた一人の人が居た。その名はヨハネである。

新共同訳『新約聖書』国際ギデオン協会

 「Reveration 黙示録」でも活躍するヨハネですが、かれの福音書は異彩を放ち、まるきり別の宗教のようにも見えます。この世を命で満たすために神から遣わされたのは、ヨハネであるという自己紹介から始まるこの福音書も、どうして『新約聖書』に採られたのか不思議ですね。

2014-07-06

[][]Let's Dance ! 16:19 はてなブックマーク - Let's Dance ! - 蜀犬 日に吠ゆ

どうして背が高いのか?の続き

前回わかったこと

  • アブラハムには七人の子
    • ほんとは八人だったけれど、正妻サラの子イサクより先に生まれた側女ハガルの子イシシュマエルは追放した。
  • 一人はのっぽであとはちび
    • サラの死後、あらたに娶ったケトラとのあいだに六人の子がうまれた。年齢が離れているのでイサクがのっぽであとはちび

 いくつか間違いもあります。

 『旧約聖書』を読んで追記・訂正など

 訂正。イサクは別に追放されていませんでした。じゃあどうして「七人の子」に含まれないかというと、別のところで暮らしていたからのようです。

創世記

21 イサクの誕生
ハガルとイシュマエル

9 サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとのあいだに産んだ子が、イサクをからかっているのを見て、

10 アブラハムに訴えた。

 「あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません。」

11 このことはアブラハムを非常に苦しめた。その子も自分の子であったからである。

新共同訳『旧約聖書』

創世記

21 イサクの誕生
ハガルとイシュマエル

14 アブラハムは、次の朝早く起き、パンと水の革袋をとってハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせた。

新共同訳『旧約聖書』

 これでなんとなく追放されたように思い込んでしまいました。

創世記

21 イサクの誕生
ハガルとイシュマエル

20 神がその子と共におられたので、その子は成長し、荒れ野に住んで弓を射るものとなった。

21 彼がパランの荒れ野に住んでいたとき、母は彼のために妻をエジプトの国から迎えた。

新共同訳『旧約聖書』

 アブラハムの集落からあまり遠くなかっただろうことが、アブラハムの死に際してイシュマエルが葬儀に参加したことから推測されます。

創世記

25 ケトラによるアブラハムの子孫
アブラハムの死と埋葬

7 アブラハムの生涯は百七十五年であった。

8 アブラハムは長寿を全うして息を引き取り、満ち足りて死に、先祖の列に加えられた。

9 息子イサクとイシュマエルは、マクペラの洞穴(ほらあな)に彼を葬った。その洞穴はマムレの前の、ヘト人ツォハルの子エフロンの畑の中にあったが、

10 その畑は、アブラハムがヘトの人々から買い取ったものである。そこに、アブラハムは妻サラと共に葬られた。

新共同訳『旧約聖書』







[][]「創世記」『旧約聖書』 15:35 はてなブックマーク - 「創世記」『旧約聖書』 - 蜀犬 日に吠ゆ

創世記

  • 1 天地の創造
  • 2
  • 3 蛇の誘惑
  • 4 カインとアベル
  • 5 アダムの系図
  • 6 洪水
  • 7
  • 8
  • 9 祝福と契約
    • ノアと息子たち
  • 10 ノアの子孫
  • 11 バベルの塔
    • セムの系図
  • 12 アブラムの召命と移住
  • 13 ロトとの別れ
  • 14 王たちの戦い
    • ロトの救出
    • メルキゼデクの祝福
  • 15 神の約束
  • 16 ハガルの逃亡と出産
  • 17
  • 18 イサクの誕生の予告
    • ソドムのための執り成し
  • 19 ソドムの滅亡
    • ロトの娘たち
  • 20 ゲラル滞在
  • 21 イサクの誕生
    • ハガルとイシュマエル
    • アビメレクとの契約
  • 22 アブラハム、イサクをささげる
    • ナホルの子孫
  • 23 サラの死と埋葬
  • 24 イサクとリベカの結婚
  • 25 ケトラによるアブラハムの子孫
    • アブラハムの死と埋葬
    • イシュマエルの子孫
    • エサウとヤコブの誕生
    • 長子の特権
  • 26 イサクのゲラル滞在
    • 井戸をめぐる争い
    • サクとアビメレクの契約
    • エサウの妻
  • 27 リベカの計略
    • 祝福をだまし取るヤコブ
    • 悔しがるエサウ
    • 逃亡の勧め
    • ヤコブの出発
  • 28
    • エサウの別の妻
    • ヤコブの夢
  • 29 ラバンの家に着く
    • ヤコブの結婚
    • ヤコブの子供
  • 30
    • ラバンとの駆け引き
    • ヤコブの工夫
  • 31 ヤコブの脱走
    • ラバンの追跡
    • ヤコブとラバンの契約
  • 32
    • エサウとの再会の準備
    • ベヌエルでの格闘
  • 33 エサウとの再会
  • 34 シケムでの出来事
  • 35 再びベテルへ
    • ラケルの死
    • ヤコブの息子たち
    • サクの死
  • 36 エサウの子孫
    • セイルの子孫
    • エドムの王国
  • 37 ヨセフの夢
    • ヨセフ、エジプトに売られる
  • 38 ユダとタマル
  • 39 ヨセフとポティファルの妻
  • 40 夢を解くヨセフ
  • 41 ファラオの夢を解く
    • ヨセフの支配
  • 42 兄たち、エジプトへ下る
  • 43 再びエジプトへ
  • 44 銀の杯
    • ユダの嘆願
  • 45 ヨセフ、身を明かす
  • 46 ヤコブのエジプト下り
    • ゴシェンでの再会
  • 47 ファラオとの会見
    • ヨセフの政策
    • ヤコブの遺言
  • 48 ヤコブ、ヨセフの子らを祝福する
  • 49 ヤコブの祝福
    • ヤコブの死
  • 50 ヤコブの埋葬
    • 赦しの再確認
    • ヨセフの死
新共同訳『旧約聖書』

2013-08-26

[][][][]メッセージフロムヘヴン~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 13:39 はてなブックマーク - メッセージフロムヘヴン~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

第5章 天使からのメッセージ ~天使はキューピッドではない!~

優しいだけではない天使

 天使は純粋な精神体で、天上においてはエーテル(天体の世界を構成する物質)で構成されていると考えられています。つまり、本来は肉体は持たず、姿や形やサイズが決まっているというものでもありません。ただ、地上においては物質化して人間のように見えるといった考え方です。ここが画家が天使を表現する際に難しい点であり、実際、多くの画家たちが悩んできました。だからこそ天使は、時代により画家により、女性、少年、青年、および幼時のようにさまざまな姿で表現されてきました。ですが本来、性は存在せず、中性です。

 天使(angel)は、ギリシア語で使者を意味する angelos に由来し、その名のとおり神の使者、神の意志を人間に伝えるメッセンジャーの役目を担っています。また、天使は東方の宗教から発生したともいわれており、キリスト教だけでなく、ユダヤ教やイスラム教にも登場します。イスラム教は、ユダヤ教やキリスト教と同じ系譜の宗教です。

 例えば、ユダヤ教の聖典である旧約聖書にも数々の天使にまつわるエピソードが登場します。エデンの園を守っているのも天使ですし、モーセの願いを拒絶してイスラエルの民を解放しなかったエジプトに神の制裁をもたらすため、エジプト中の初子を皆殺しにしたのも天使です。わたしたち日本人は、天使というと甘いイメージを抱きがちですが、天使は人間にとって優しいだけの存在ではありません。神様のメッセンジャーである以外にも、罪人を罰したり、神の兵士となったり、天体の運行や天地創造にかかわるなど、さまざまな役目を担っています。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

第5章 天使からのメッセージ ~天使はキューピッドではない!~

天使のヒエラルキー

 さて、天使たちにも階級が存在します。これらの階級は5世紀くらいから体系化され始め、12~13世紀に神学者たちによって確立されました。学者や宗教によって多生の違いはありますが、一般的に階級は次の全九層からなっています。

●上級天使

第1位 セラフィム(熾天使) もっとも神に近い天使。純粋な光と思考の存在。

第2位 ケルビム(智天使) 知識と仲裁の天使。旧約聖書ではエデンの園の東門の護衛役。

第3位 スロウンズ(座天使) 神の玉座を運ぶ、正義の天使。

●中級天使

第4位 ドミニオンズ(主天使) 神の意志を実行するために、さまざまな活動をする天使。

第5位 ヴァーチューズ(力天使) 地上の奇跡つかさどり、人々に恵みや勇気を与える。

第6位 パワーズ(能天使) 悪魔の侵入を阻止する天使。常に悪魔の軍勢と対峙しているため、悪魔の誘惑にさらされる機会も多く、堕天使になる可能性が最も高い。

●下級天使

第7位 プリンシパリティーズ(権天使) 地上における国や都市の守護を担う天使。人間の指導者を監視し、その信仰と正義を鼓舞する。

第8位 アークエンジェルズ(大天使) 神の意志や言葉を人間に伝達する天使。

第9位 エンジェルズ(天使) もっとも人間に近い存在の天使。人間のすべてを監視し、激励したり鼓舞したり、悪にむかう心を諫めると考えられている。

 天使は、上級位になればなるほど神の座に近く、光や炎といった霊的な存在となり、下級位になればなるほど人間に近い実体を持つようになります。そして上級、下級にかかわらず、地上に降り立った天使は地上にいる時間が長いほど実体を持つようになります。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

第5章 天使からのメッセージ ~天使はキューピッドではない!~

ところで天使は何人いるの?

 私たちがふつう「天使」と呼んでいるのは、いちばん階級の低い、文字どおりの天使です。よくガーディアンエンジェル(守護天使)などという言葉を聞きますが、この守護天使のカルトが盛んになったのは16世紀から17世紀です。

(略)

 そして現在、ローマ・カトリック教会は天使の存在を認めていますが、階級については言及していませんし、名前をつけているのは3人だけです。聖書にもしばしば登場し、したがって宗教画にもよく描かれる大天使ミカエル、大天使ガブリエル、大天使ラファエルです。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

 エンジェルって、「~人」で数えるものなのでしたか。


名画の言い分 (ちくま文庫)

名画の言い分 (ちくま文庫)



[][][][]キリスト教教会とギリシア・ローマの神々~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 13:03 はてなブックマーク - キリスト教教会とギリシア・ローマの神々~~木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

第2章 フィレンツェに咲いたルネサンスの華

美術の力で国民の士気高揚

人間、裕福になりますと、苦しいときの神頼みということがなくなってきます。中世の頃、ヨーロッパの人々は神様にがんじがらめにされていました。もう、神様に束縛されるのはこりごりだ、現世を楽しもうじゃないか、マンジャーレ(たべよう)、カンターレ(歌おう)、アマーレ(愛し合おう)と、再び人間中心の時代となっていくわけです。そこで、同じように人間中心の時代だったギリシア・ローマ時代に非常に興味を抱くようになりました。

 人間というのは、いつの時代もどこの国でも、裕福になると必ず同じことをします。何をするかというと、骨董品の収集です。それまでは中世のキリスト教関連のものばかりを集めていた人々が、しかめっ面をしたマリア様よりは美しいマリア様、それにやはり愛と美の女神ヴィーナスがステキじゃないのと、ギリシア・ローマ時代の骨董品を集めるようになっていきます。

 (略)

 フィレンツェの人々はそのギリシアに憧れ、その文明を継承したより身近なローマにあこがれます。ギリシア・ローマ時代の人文学、美術、神々をリナーシタ=再生しようとしていきます。このリナーシタ=再生するという言葉から、この一連の運動が19世紀のフランスでルネサンス(文芸復興運動)と呼ばれるようになりました。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

 「マンジャーレ(たべよう)、カンターレ(歌おう)、アマーレ(愛し合おう)」、カラオケボックスみたい。

第2章 フィレンツェに咲いたルネサンスの華

キリスト教人文主義の象徴『プリマヴェーラ』

 ただし、当時の社会はキリスト教教会が牛耳っていましたので、事はそう簡単ではありませんでした。古代の神々を復活させたからといって、キリスト教徒であることは変わりませんでした。今の日本のようにお宮参りは神社で、結婚式は教会で、お葬式は仏式で……というわけにはいかなかったのです。

 ギリシア・ローマ時代というのは、キリスト教から見れば、異端の神々を信仰していた時代です。中世の間は否定されていました。それを現実的な商人層が中心であったフィレンツェの人々は、

「確かにギリシア・ローマの人々は異端の神を信仰していました。でお、それは仕方がないでしょう。だって、イエス・キリストのお生まれになる前の時代の人々なのだから。ギリシア・ローマが自分達の偉大な文明のルーツであることに変わりはないのだから」

 と、都合のいい理由とともに、ギリシア・ローマ時代を肯定したのです。

 このようにしてギリシア・ローマ時代の学問、美術、神々がリナーシタ=再生されていきました。ただし、あくまでもキリスト教徒として、です。これを「キリスト教人文主義」といいます。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫

第2章 フィレンツェに咲いたルネサンスの華

ルネサンスの精神を高らかに宣言した墓廟

 ところで、そのギリシア人やローマ人は、天国に行ったのでしょうか、それとも地獄でしょうか。異教の人々ですから、天国には行けません。けれど、自分たちの文明のルーツなのですから地獄に行かれても困るのです。そこで、煉獄という概念が強く打ち出されます。地獄ではないのだけれど、天国でもないところ、罪を浄化するために留まる天国の手前の場所といったところです。

 フィレンツェの詩人ダンテは、すでに14世紀初頭に『神曲』で煉獄を案内していました。免罪符も、地獄や煉獄の概念が明確になることで売れていきます。ただし皮肉にも、後年、それは理に適わないということで、マルティン・ルターの宗教改革につながっていきます。

 『神曲』はラテン語ではなく、トスカーナ地方の方言で書かれています。そのためにダンテは、国民文学の祖とも呼ばれています。その後、この流れは全ヨーロッパに広がり、各国で国民文学が発達した結果、お国言葉が整理され、フランス語も英語もそれぞれの国語として確立していったのでした。

木村泰司『名画の言い分』ちくま文庫


名画の言い分 (ちくま文庫)

名画の言い分 (ちくま文庫)

2012-01-24

[][]どうして背が高いのか? 22:33 はてなブックマーク - どうして背が高いのか? - 蜀犬 日に吠ゆ

 「アブラハムには七人の子」がいて「みいんな仲良く暮らしてる」けど、イシュメールとアイザックはそうでもなかったろう? とうろ覚えだったので確認してみました。

神のアブラハムへの約束

 サライは、子供をひどく望んでいたので、長いあいだそのことを考えた。夫に対してなされた神の約束のことは知っていたとはいえ、時はどんどん経っていき、自分に子供が生まれるとはもはや信じられなくなった。ある日彼女はアブラムに言った、「主はわたしに子をお授けになりません。わたしのつかえ女のハガルのところへ行ってください。彼女を妻としてください。彼女によってわたしは子供を持つことができるでしょう」(略)

 アブラムはサライの要求に応じ、サライは子供が生まれるようにと、つかえ女のハガルを彼に与えた。

(略)

 (略)時が来て、彼女はアブラムに男の子を生んだ。イシマエルと名づけた。アブラムは八十六歳で、サライの子ではなくとも、男の子を生んだことを誇りとした。

刈田元司訳『パール・バック 聖書物語 旧約篇』教養文庫 社会思想社

 これがあったので「一人はノッポであとはチビ」のノッポはイシマエルのことだとばかり思っていました。イシマエルはアブラムの子だったのですね。

神のアブラハムへの約束

そしてアブラムは多くの国民の父となるのであるから、名を変えるようにと主は言われた。「気高い父」という意味のアブラムのかわりに、「多くの国民の父」という意味のアブラハムにするように。サライもまた名を変えなければならない。新しい名は「女王」を意味するサラとするように。というのは彼女は多くの国民の母となり、彼女から王となる人たちが出てくるからである。

刈田元司訳『パール・バック 聖書物語 旧約篇』教養文庫 社会思想社

 クラスチェンジ! ヤハウェの世界はデータ量に限界があったので名前がそのまま履歴なんだぜ! 『キングオブキングス*1』でもナイトがクラスチェンジしてシルバーナイトになりました。そういうものです。

 ヤーヴェとか、神にも別名がつく頃になってようやく「ユニットに名前を付けられるモンスタマスター」とか「名前のあるユニットが成長してゆくファイヤーエンブレム」の世界になるのかなあ。


 まあそれでアブラハムが弟のロトのところ(ソドムとゴモラ)へ出かけていって、一悶着ありまして。ロトがソドムの人たちを説得する例のくだり。

 上空で待機していたラピュタの王族はどんな気持ちだったのでしょうかね。

 ムスカ「旧約聖書にある、ソドムとゴモラを亡ぼした天の火だよ……。ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えているがね。全世界は再び、ラピュタのもとにひれ伏すことになるだろう……」

たぶん天空の城ラピュタ

 ちゅーか、科学が発達した文明なのに主(ヤハウェ)の下請けだったところに、「ラピュタって、「世界と戦える技術のあるのに滅んだ残念な町工場」だったんじゃないの」疑惑がわきますね。結構な飛鉱石エネルギィを費やして出張ってきて、十人の人間が話を聞いたら仕事をキャンセルされる。ヤハウェは「なかったこに」する神ですからおそらく交通費もくれないでしょうに律儀に上空に待機していたわけですね。

 ソドムとゴモラの滅亡。

創世記 19

24

16 ロトはためらっていた。主は憐れんで、二人の客*2にロト、妻、二人の娘*3の手をとらせて町の外へ避難するようにされた。 17 彼らがロトたちを町外れへ連れ出したとき、主は言われた。

 「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。低地のどこにもとどまるな。山へ逃げなさい。さもないと、滅びることになる。」

(略)

23 太陽が地上に昇ったとき、ロトはツォアルに着いた。24 主はソドムとゴモラの上に天から、主のもとから硫黄の火を降らせ、25 これらの町と低地一帯を、町の全住民、知の草木もろども滅ぼした。26 ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった。

27 アブラハムは、その朝早く起きて、さきに主と対面した場所へ行き、28 ソドムとゴモラ、および低地一帯を見下ろすと、炉の煙のように地面から煙が立ち上っていた。

29 こうして、ロトの住んでいた低地の町々は滅ぼされたが、神はアブラハムを御心に留め、ロトを破滅のただ中から救い出された。

新共同訳『聖書』新共同訳

 結構淡々としていますね。

 パール・バックのドラマティック。

ソドムの運命

「立ちなさい!」と彼らは熱心に言った。「一緒にいるあなたの妻と二人の娘を連れ出し、すぐに町から出なさい。そうしなければ、あなたもこの町とともに死ぬでしょう」

刈田元司訳『パール・バック 聖書物語 旧約篇』教養文庫 社会思想社

 親切。

 しかし、100%の地予知をされても困るんですよ。資本主義社会であればあるほど。

 逆に言えば、資本主義と民主主義をコケにしているのがこのエピソードでなのですけれども。

ソドムの運命

 立ち去るのはロトにはつらかった。ソドムは長年彼の家だった。ほとんど準備もしないで、いま逃げだせば、多くのものを置いていくことになる。家や土地や、財産や、身内の者の一部さえも。そこで彼は残していきたくないものに名ごりおしい目を向けて、ためらっていた。しかし主は天使たちを通して言われた。「うしろを振り返ってはいけない。この低地に立ちどまっていてもいけない。高いほうへ行きなさい。山に逃げなさい。そうしないと、あなたは低地のすべての人びととともに滅びるでしょう」

刈田元司訳『パール・バック 聖書物語 旧約篇』教養文庫 社会思想社

 ここでロトがごねて低地でも例外の町を作ってそこに逃げるのですけれど、はっきり言ってご都合主義です。

 まあロトの話はいいか。これで話をしててもきりがないから。


 えーと。

 今回勉強し猶したら、

  • イスマエルはアブラムとハガルの子
  • アブラハムとサライの子がイサク
  • サラが死んだ後にケトラとアブラハムが6人の子供をもうけた。


アブラハムのせいたかさんについてぜんせんたどりつけない。

 (石川五右衛門風に)またぐだぐだなエントリィを上げてしまった。




 まあいいや。結局、サラにも子供が生まれてそれがイサクで、イスマエルは非嫡子だから追放されたんです。

 それでサラが死んでアブラハムが後妻にめとったのがケトラ。

エサウ 長子の権利を失う

 アブラハム自身も老い過ぎていなかったので、慰めを得ることができた。彼はもうひとりの妻をめとった。名をケトラといい、彼に六人の子を生んだ。

刈田元司訳『パール・バック 聖書物語 旧約篇』教養文庫 社会思想社

 これで、解決。アブラハムの七人の子は、「サラの子のイサク、あとでめとったケトラの子の六人」。では、イスマエルは? アブラムの子なのですね。仲良く暮らすためには異分子を排除するのが正しいのですな。勉強になります。

創世記 25

ケトラによるアブラハムの子孫

1 アブラハムは、再び妻をめとった。その名はケトラといった。2 彼女は、アブラハムとの間にジムラン、ヨクシャン、メダン、ミディアン、イシュバク、、シュアを産んだ。3 ヨクシャンにはシェバとデダンが生まれた。デダンの子孫は、アシュル人、レトシム人、レウミム人であった。4 ミディアンの子孫は、エファ、エフェル、ハノク、アビダ、エルダアであった。これらは皆、ケトラの子孫であった。

新共同訳『聖書』旧約聖書続編つき

大型聖書 旧約続編つき - 新共同訳

大型聖書 旧約続編つき - 新共同訳

*1:イエスキリストのあだ名

*2:主の御使い

*3:ここでロトの言うことを聞く輩が四人だったのは象徴的なのかも。十人の賛同を得れば主は火を降らせなかったた。ロトが決めて嫁と娘は従うほかない。しかしロトは娘婿を説得しようとして失敗した。嫁入りした娘はもはや婿のものなのですよね。男尊女卑的に。